第58話 ここは江戸じゃないのでケンカも花じゃないです

 スカジャンと革ジャン。冬なのに二人とも第二ボタンまで開けたシャツ。下はジャージとジーンズ。

 二人合わせて数キロありそうな、ジャラジャラゴテゴテした金のアクセサリ。

 バリアートが入った虎柄のツーブロックとヒゲ坊主サングラス。


 まさかこんな、絵に描いたようなチンピラがいようとは。

 まさかこんなチンピラが、生クリーム山盛りパンケーキが売りのカフェに来ようとは。


「地上げ屋?」

「あー」


 リータの言うとおりかも、と思ったシルビアだが、納得している場合ではない。


いてぇじゃねぇかよ」

「ごめんなさい。お怪我はない?」

「ガキにぶつかられた程度で怪我するかよ。んなことより、謝って済むとでも思ってんのか?」


 チンピラどもはポケットに手を突っ込み、腰を曲げてケイにガン飛ばす。言動も100点、蝋人形館に飾れるクラスのチンピラである。


 本来なら第五皇女相手にこんな態度取れないだろう。

 しかしタイミング悪く、今日の彼女はお忍びスタイル。普段からニュースなど見ていなさそうな連中には、気付くべくもない。


「ケイちゃん!」

「止めるわよ」

「本当、ニシン樽はいつでもニシン臭いものです」

「あなたたち! おやめなさい!」


 シルビアたちが割って入るも、


「あんだぁ、嬢ちゃんらは?」


 チンピラどもには効果なし。


「痛ぇ目見たくなきゃ引っ込んでな。それとも何か? あんたらが『お詫び』でもしてくれんのか?」

「そっちの赤髪はともかく、こんなおチビがか?」


 軍服相手にこの態度。

 特別ガタイがいいわけでもない女性に童女。完全にナメられている。


 が、


「痛い目? 口がしゃべるまえに、七度舌を回らなければなりませんよ?」


 残念ながら、こちらにいるのは。


 極寒のオプス、動きにくい寒冷地装備で2メートル50の槍斧ハルバードを振り回した怪力リータ。


 しかももう一つ、これもオプスで判明したことだが。

 ジャンカルラへの態度を見るに。

 彼女はシルビアへの忠誠心が高いだけで、特別温厚でもなんでもない。

 むしろ根はケンカっ早い。


 マズい!!


 シルビアはリータとチンピラのあいだに割って入ろうとしたが。

 両者はプロレスラーがトラッシュ・トークをする間合い。隙間がない。


 かといって、ここでリアルファイトクラブしてしまったら。

 軍人が街中で市民とケンカなど、営倉入りさせられる問題行為である。


「待ちなさいリータ!」

「デカけりゃエラいと思ってるやつが、艦載機蜂の一刺しで沈むんですよ」

「あぁ!?」


 もうダメである。完全に『おチビ』呼ばわりにプッツンしている。

 孤児院育ちで大事な時期に栄養が足りなかった、切実おチビのリータ。

 彼女にとって発育系はNGワードなのである。


「やめてリータ! 私はロリロリなあなたを愛してるわーっ!」


 渾身の説得も虚しく、


「ジャリでも手加減しねぇぜ!」


 チンピラの手が動いた瞬間、


 パキッと、


 軍靴の踵が親指の骨を踏み潰す音がした。

 制止効かないし、言うほど忠誠心高くないかもと訂正しておく。






 この一件が警察に通報されて大騒ぎ。

 誰ぞのパーティーに呼ばれていたカーチャの耳に入り、

 シーガー家の家令の耳にも入り、

 皇帝陛下の耳にまで入り。


「ごめんなさい……」

「いいのいいの! 元はと言えば私の前方不注意だし! 気にしないで!」


 お出かけは中止となった。

 一応


・皇女をお守りした(ギリギリ絡まれてないけど貴族の姫君もいた)

・相手が過去にも問題起こしてるチンピラだった

・先に手を出そうとしたのは向こう、という店員さんの証言ももらえた


 ことから、公式にはお咎めなしということにはなったが。


「ま、ケジメっちゅーもんはあるよな。一応31日の公式パーティーまではホテルにいよっか」


 謹慎、というか。リータはカーチャに外出自粛を命じられた。


「なぁに、ホテル内にも食べるとこ遊ぶとこある。温水プールと映画館行ってりゃ退屈しない。チョコパフェも食べ放題さ」

「タマネギも?」

「タマネギ? あ、うん、そうね。タマネギもね。……たぶん」

「大丈夫よリータ! 私が一日中そばにいてあげるわ!」

「オメェはもう帰ってくんじゃねぇ変態」


 ちなみにカーチャも監督責任としてホテルに籠るらしい。


「これでしばらく、付き合いのパーティーにも実家にも顔出さんで済むね」


 と喜んでいた。

 どこまでケジメのためだったのか、分かったもんじゃない。






 翌日。よく晴れているけど、季節がら空の青が寒さを助長する昼下がり。

 逆にカーチャより追放令を受けたシルビア(もちろんジョークではある)。

 まずは昨日の早起きの分までたっぷり寝て。

 それから軍服の冬仕様に守られつつ、取り敢えずお出かけしたのだが。


「どうしたもんかしらねぇ」


 することがない、アテがない。


 どこかのパーティーに行けばジュリさまに会えるかしら?

 まぁ招待されてないから入れないけど。


 しかし気付いた時にはもう宮殿。

 他にすることもないし。拳銃とナイフを守衛に預け、当てなくいると。


「あっ、シルビアさん!」

「クロエさん」


 昨日ぶりのミントグリーンが手を振っている。

 シルビアも敬礼しかかって、途中でやめて手を振る。たかだか数ヶ月で、すっかり軍隊式がスタンダードになったものである。

 クロエはこちらへ駆け寄ってくると、挙げられている手を両手で包み込む。


「よかったぁ! お会いできた!」

「あら、私をお探し?」

「えぇ! 先日のことをお詫びに伺いたくて! でも、爺やに『街へは出るな』と怒られてしまって……」

「まぁ、そうでしょうね」


 もしかしたら彼女も、パーティーにはオジさまオバさまばかりで退屈なのかもしれない。

 そのまま立ち話で盛り上がっていると、


「おぉ、シルビアか」


 不意に話しかけてくる、聞き覚えのある声。


「あなたは」


 そこにいたのは、撫で付けられたダークブルーの髪。

 初日のパーティーで少し話した、ショーン・サイモン・バーナード。


「ショーンお兄さま」

「来ていたんだな、シルビア」


 彼は爽やかというか、いまいち感情の薄い笑顔を浮かべる。


「ちょうどよかった」


 今日はやたらと、求められる日のようだ。

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