第57話 時には普通の女子のように

「うわ、増えてる」


 無事、陛下の了承も得たシルビア以下3人が部屋へ入ると。

 日記を書いていたリータの第一声はそれだった。

 ちなみに部屋はもちろん、一人一部屋与えられている。シルビアが童女拉致監禁事件を起こしているだけである。


 ちなみにそのあとは、カーチャとシロナも呼んで賭けなしテキサスホールデム。

 年長者カーチャのディーラーはそれっぽく、主人公は女神に愛されていた。

 が、一時間したかしないかくらいで、


「明日は早いですよ!」


 クロエが手を叩いて急かしはじめた。


「早いって?」

「お出かけしたいんです! ショッピングモールに行ってみたり! チェーン店でご飯食べたり! 買い食いしたり! アミューズメントパークで遊んだり!」


 シルビアは彼女が泊まりたがった理由、ちょっとした理由が分かった。

 屋敷からは家中かちゅうの人間に止められて、市井しせいへ遊びに出られないのだろう。

 なので外泊を経由したかったのだが、周囲の止める親心おやごころも分かる。

 ゆえに罪悪感があって、なかなかスパッと言い出せなかったのだ。


 が、やはり千載一遇のチャンス。同行者が軍人なら、護衛としても申し分ない。

 勇気をくれた友人の眼差しもあって、17才だか18才だかの大冒険に踏み切ったのだ。


 後押しするようにケイもクロエと肩を組み、二人で高らかに歌い上げる。


「変なTシャツ着てみたーい!」

「ミニスカートも履いてみたーい!」

「ハンバーガーが食べてみたーい!」

「ラーメンも啜ってみたーい!」

「フライドチキンにかぶり付いてみたーい!」

「ポテトチップスも貪ってみたーい!」

「コーラガブガブ飲んでみたーい!」

「乳酸菌飲料も味わってみたーい!」

「ボウリングでストライク取ってみたーい!」

「バッティングセンターでヒット打ってみたーい!」


「分かった、分かったから!」


 ということでカーチャとシロナは解散、消灯

 したのだが。






「あのー」

「明日早いんじゃなかったの?」


 真っ暗になってから10分もしないくらい。


「いえ、お風呂での恋バナ、続きがしたいなって♡」

「ミッチェル少将は不在だけど?」

「シルビアさんは何かないんですか? いや、あるに決まってる!」

「ノーコメントで」

「ごめーん。背中痛いんだけど、クッションか何かない?」

「枕くらいなら」

「いいのよリータ。ケイあの子が自分から『床で寝てみたい』とか言い出したんだから」

「お慈悲を……」

「なーにが『お慈悲を』よつらと相談しろ」

「うわ何これスッゴイ美少女」

「暗闇なのに見えるんです?」

「明るくても鏡がないと見えないと思うよ」

「とにかくリータ。ここはもうあなたの部屋なんだから、ベッドも枕も気兼ねなく使いなさい」

「私の部屋なら、なんで床に3人も寝てるんかな?」

「そんなこと、恋バナすればどうでもよくなりますよ! で、ですね、シルビアさん?」

「ノーコメント」

「えー、じゃあリータちゃんは」

「えー?」

「あるわけないでしょ。男なんか連れてきても認めないわ。挽き肉にしてニュートラローフよ」

「『娘を奪う代わりに一発殴らせろ』レベル100じゃん」

「娘さん貰えてないんだけど……」

「『八仙飯店之人肉饅頭』」

「何それ?」

「リータのことだから古い映画でしょ」

「ぐふふ、気になりますか……?」

「やだ、タイトルがすでに怖い……」

「実は実在の事件が元になってましてね……。二度と観たくない」

「ダメじゃん」

「それってそもそも14才が観ていい映画なんスか?」

「リータちゃん、やめよ? ね?」

「だめ。思い出したら気持ち悪くなってきた。みんな道連れにする」

「部屋からの追い出し方独特すぎません?」

「リータ気分悪いの? こっち来なさい。抱きしめてあげる」

「変態じゃねぇか」

「帰れ」

「暗黒の世界へ帰れ」


 そんなこんなで騒いでいた結果、三時間すら寝られなかった。

 二時間は寝られたのでよしとする。






「朝だ朝だ朝だーっ!」

「もうちょっと寝させて……」


 ケイが大声あげながらカーテンを開け閉め。

 体はアラサーより若返り、軍隊生活で早起きにも慣れたシルビアではあるが。

 さらに若い娘たちのハイテンションにはついていけない。


「ダメダメダメダメ! 時間は限られてるんだから! 今すぐ起きて今すぐ出かけよう!」

「一階のレストランで朝ごはん食べてきなさい……。そのあいだに起きとくから……」

「朝も外で食べるに決まってるでしょおー!?」

「あとで合流するわ……」

「姉貴よぉ〜!」


 肩を揺すられてもベッドを揺らされても、無理なものは無理である。


「リータちゃん、髪といてあげるね」

「させぬっ!」

「変わり身早っ!」


 眠くても手足の腱が断裂していても、譲れないものは譲れない。






 それでも若いもので。起きてしまえばなんとかなる。夕方には地獄を見るだろうが。

 それでも一行は街へ繰り出した。


 賑やかな街は冷たい空気の中でも忙しい。

 昨日までのクリスマス商戦の売れ残りを移動させ、飾りを片付け。来たる新年需要へと総入れ替えに奔走している。


「で、朝ごはんは何食べるの? サンドイッチ?」

「情報によると、この先のカフェで1日の数量限定のパンケーキが。これ写真」

「げっ! 朝からそんな生クリーム爆弾食べる気?」

「今日はエネルギーがいるのだ!」

「あとあと必要だからって、今の体が受け付けるとはかぎらないわよ」

「大丈夫! 準備万端だから!」


 皇女の腕が力コブを作る動き。あまりにも細い。






「申し訳ありません。限定パンケーキはランチタイムからの提供となっておりまして」

「えー、そんなー」


 彼女たちは準備万端でも、店は違ったらしい。


「じゃあしょうがないねー。時間潰して出直そっか」

「そうしよっか」

「二人もそれでいいかな?」


 ここで「うるせぇ! アタイは上級国民だぞ!」とか言い出さないあたり。

 さすが主人公と親友である。


「えぇ、いいわよ。ね、リータ?」

「はい」

「……へー」


 シルビア自身はどうでもいいので引き下がると、ケイは変な顔でこちらを見つめる。

 ここまで真顔が似合わない人間も、そうはいないだろう。


「何よ」

「いや、随分変わったんだなって」

「あー」


 逆に悪役令嬢シルビアならゴネるのだろう。梓入りシルビアは苦笑した。


「ま、いいや。じゃあ代わりにどこかで伝説の朝カレーを」


 気を取り直したケイが店を出ようとドアへ。

 しかし一行を先導しようと振り返っていたため、前方不注意。

 ちょうど店内へ入ってこようとした集団とぶつかってしまった。


「あっ、ごめんなさいっ!」

「あん?」


 しかも具合の悪いことに、


「なんだぁテメェら?」


 相手は明らかなチンピラ二人組だった。

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