第56話 振り返ればヤツがい……誰?

「いやあああああぁぁ!!?? リータがここ何年分かの成長ホルモンを取り戻してるぅぅぅぅぅ!!??」


 当たりまえのような顔してそこにいる彼女は、確かに若いが童女ではない。

 シルビアより少し下、ハイティーンくらいか。


「ホルモン? 食べたいねー」


 リータみたいな食欲発言だが、声も明らかに別人である。

 冷静に考えたら騒ぐほどのこともないが、


「リータ!? リータっ!?」


 周囲を見回しても彼女の姿がないので、シルビアは加速度的にバグる。

 ちなみに当のリータは、湯当たりするまえに引き上げている。今頃マッサージチェアの上でフルーツ牛乳しているだろう。


 そんなリラックス少女などつゆ知らず。

 風呂場ではヤバい人が見ず知らずの他人へつかみ掛かる事件が発生。


「リータ! まだ早いわ!! あと50年くらいは小さいままでいて!? 縮んで!?」

「えっ、何、長っ、怖っ。てかなんの話?」

「あいつはお稚児ちご趣味なんか?」

「人事異動で引き剥がした方がいいのでは?」


 バッチリ上司たちにマイナスの印象も与えたところで。

 ようやく事態が収拾に向けて動く。



「ケイちゃん!」

「やっほ」



 知り合いらしく、クロエが声を上げた。当の『ケイちゃん』も手を挙げて応える。

 岐阜県のソウルフードしか思い付かないシルビアだが、



「どうしたの? 誰かお探し?」



「あっ」


 少しずつ思い出してきた。

 シルビアに似た髪の色。

 似ていない虹彩の色。

 柔和そうな目元に反する、活発そうな眉のライン。

 音の高低よりも、その『賑やかさ』で形容したくなる声


「あなた、もしかして」

「『もしかして』って。数ヶ月会わなかっただけで、ヒドくない?」

「ケイ……」

「クロ公の話、聞いてなかったんスか?」



「ケイ・アレッサンドラ・バーナード……」



「うわメッチャ他人行儀。そんな、いくら皇籍外され疑惑だからって」


 ケイ・アレッサンドラ・バーナード。皇国第五皇女。

 第四皇女であるシルビアの妹に当たる。

 ちなみに第四、第五皇女とか称されているが、『皇女として4人目5人目』ではない。

『皇帝の子として4人目で性別は女性』である。


 というのは置いておいて。


 クロエに対して『クロ公』などと気安く呼ぶことからも分かるように(気分によるので呼び方は一定しないが)。

『梓』が転生したゲームにおいて、『主人公の親友ポジ』にいるキャラクターである。

 上流社会でも礼節を超えたフレンドリーさで接してくれる存在。

 時には姉である悪役令嬢シルビアからも、無礼を覚悟で守ってくれる存在。

 また、最初は深窓の令嬢というか、引っ込み思案でスタートする主人公クロエ。

 彼女を本日のパーティーの時のような、明るくグイグイ来るタイプ。みんなに好かれるタイプへ導いてくれる人なのだ。

 ちなみに。全ての攻略対象を回避し続けると入る、彼女とのソフト百合ルートも人気。


 と、やり込みプレイヤーだった梓には。転生したシルビアには。

 見ず知らずの他人ではなかったのだが、気づかなかった。

 普段はギブソンタックとシニヨンの中間みたいなのを左側頭部高めに結んでいるが。

 今は入浴中で違うまとめ方。サウナハットもあって、全然気付かなかった。

 そもそも周回からは攻略最短ルートへ突き進んで、スキップされがちだったし。


 そんなディアマイシスターにうまくリアクションが取れないシルビア。

 気まずくなるより先に、クロエが盛り上がってくれる。


「サウナに行ったんじゃなかったの? 『私はここで新時代の夜明けを見届ける』って」

「やー、気づいたんスよ。『あれ? ここ窓ないから夜明け見えねー!』って」


 それ以前に、クリスマスから正月までサウナで過ごすのは人体的に不可能だが。


 お調子者のように笑いながら。お調子者のようにクロエの両肩へ手を置いてクルッと回りながら。


 自然な動きで、シルビアとのあいだを陣取る。


 おそらく、二人が近い距離にいるのを見かけたのだろう。

 それでシルビアにはクロエをいじめていた印象が強い彼女は、それとなく守りにきたのだ。


「せっかくだからクロ公驚かそうと思って忍び寄ったんだけど。なんかおもしろ〜い話してたから、聞き入っちゃって」


 いつものように、クロエにバレない、気を使わせない調子で。

 ちなみに、明らかに危険視されているが。

 これでもいじめ問題を挟まなければ、姉妹仲自体は悪くないとか。


 が、ジリジリ気まずいことに変わりはないだろう。

 善人に気苦労を掛けるのも忍びない。


「サウナに入ってたのなら、あんまり長湯しないのよ? じゃ、私はお先に」


 シルビアは引き上げることにした。

 話題が切れた隙にイルミも逃走したし、リータもいないし。


 と、そこに。


「あ、シルビアさん!」


 クロエがわざわざ立ち上がって引き留める。


「何かしら?」

「あの、今夜の宿舎はどちらに?」

「そりゃもちろん、軍関係者用に確保したホテルだけど」

「そうですか、あの」


 彼女は少しだけするような動きをする。シルビアとしては、湯冷めしたくないので早くしてほしいのだが。

 昼間の勢いからすればめずらしいというか素が出ているのだが、その代わりケイがいる。

 自らの積極性の故郷と目を合わせ、勇気をもらったクロエ。

 両握り拳を胸の高さへ持ってくる。



「お泊まりしにいってもかまいませんか!?」



「あ、そう。私はいいけど、別に」


 シルビアの反応は淡白。逆に思った以上に大きい声が出て、言い出した本人が驚いている。

 が、その表情は驚きの硬直から返事を反芻する間へ。やがて意味を理解し、喜びに破顔する。


「本当ですか!?」

「でも、閣下の許可をいただかないと」


 カーチャの方へ目を向けると。

 湯船の縁の外側からイルミを牽制する任務を終えた彼女。今度は内側から寄りかかってリラックス。

 そのままこちらを見もせずに片手をヒラヒラ。


「機密漏らすなよ〜」


 自分が乗る予定の新型艦のことすら、何も聞いちゃいないのだ。

 彼女から漏れる機密など、リータのプライベートと健康診断の結果くらいである(大問題)。


「じゃ、そういうことで」

「やったぁ!」


 話がまとまると、成り行きを見守っていたケイも動く。


「姉上姉上シスター上」

「何語よそれ」

「私も久しぶりに、姉妹の語らいがしたいな♡」

「はいはい」

「いや、殿下は皇帝陛下のご許可を取っていただかんと」


 カーチャが至極真っ当なストップをかけると、


「そこはほら、ダイジョブですヨ。無碍むげにするわけにもいかないんでー!」

「あらー、マジかー……」


 ズブズブと沈んでいく元帥閣下。

 貴重な彼女の轟沈シーンである。

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