第55話 種を蒔く日々があれば
それからイルミがジュリアスとまともに話すことはなかった。
何かの講義でたまたま近くに座っても。何かの訓練でたまたま同じ班やペアになっても。
彼女からはなんとなく話しかけづらく、また、彼から話しかける理由もなく。
あの日の
そう思えるほど、次の日には、彼女の世界は彼女だけのものに戻った。
厳密には少しだけ、変わったこともなくはない。
戦術論の講義。いつもは教科書に載っている内容を答えるだけだったが。
戦史の教科書にある、『教科書どおりじゃない勝ち方』を引用してみたりした。
それもある意味『教科書どおり』には違いない。時には教官に、「さすがにその時とは条件が違いすぎる」と返されることもあった。
それでも意外と、教官ウケはよかった。ある日廊下でばったり会った時、
「そのまま視野を広げていくといいぞ」
とお言葉をいただいた。
そうしているうちに、気づけば得意科目も少し伸びていて。
中の中だった学内順位も、中の上から上の下くらいをうろつくようになった。
が、その頃にはもう、順位表は見なくなった。
それくらいのことだった。
大きくは変わらないし、変えようともしなかった。
何せ、
変わらなくてもいいと思えたから。
変わらなくていいと言ってくれたから。
変わらず、自分らしく成長していけば、また何か言ってもらえるんじゃないか。
変わらず、必要としてもらえるんじゃないか。
そんな期待を、してしまったから。
変わらない変えない日々は、運命の悪戯や天変地異が起きることもなく。
日が昇るとともに訪れ、日が沈むとともに過ぎ去り。
彼女の数年間、士官学校生活を卒業まで飲み込んだ。
卒業式の日も、ジュリアスは友人や他の女子に囲まれ、話す機会はなかった。
晴れて少尉となったイルミは、ルーナ方面軍にて駆逐艦の副官を拝命した。
駆逐艦は少ない人数のコミュニティで運命共同体となる。
また、小型艦でキャスティングボードを握る展開になろうはずもなく。
アットホームな職場で、ジュリアスの予想どおりな教科書どおりの任務をこなす日々。
元より堅物真面目者な自覚はある。同じことを繰り返し、ブラッシュアップしていくことに苦はなかった。
目立った武功を挙げることはなかったが、その姿勢と実力が周囲に評価され、支持を得て。
赴任して一年するかしないかの頃。
彼女に、『重巡洋艦の副官へ転任してほしい』との打診が来た。
なんでも今の副官が独立するらしく、後任が必要だとか。
『転任しろ』という『辞令』でないのは、上層部の決定事項ではないから。
なんでもイルミの上官が当の艦長と元上官部下の関係らしく。
個人的に話す機会があって、向こうの希望もあって人事に推薦してくれたらしい。
「出世だな! 上がった給料は有意義なことに使えよ!」
「少尉なら艦種変わってもそつなくやれますよ!」
「バカおまえ、中尉にもなられるんだよ!」
「皆さん、今までありがとうございました!」
それからまた、一年は経った。二年はどうだったか。
もちろん戦闘はある。命の危機だって何度もあった。
それでも結局はやはり、できることをやるしかない。戦闘にも慣れてくると地道な日々。
得意なことではあるが、ここまで来ると逆になんというか。ドラマのない寂しい人生なのか、自分の感性が死んでいるのか。
淡々としたイルミに、ある日突然それは訪れた。
いや、続けた努力の先に待っていた成果と言えよう。
「艦長、お呼びでしょうか」
彼女が艦長室に顔を出すと、アラフォーおねえさま艦長はエビス顔だった。
「ミッチ! あなたすごいわよ! 素敵よ!」
「何がですか」
やたらと激しくシェイクハンドしてくる艦長を宥めると、ようやく本題に入る。
「辞令よ! あなたにスカウトが来てるのよ!」
「スカウト?」
「そうそうそう!」
彼女はデスクの引き出しから書類の束を引っ張り出す。
「はいこれ! 今度エポナ方面軍で、最新鋭の戦艦が就航するんだけどね? そこの副官にあなたをどうしても! って! 向こうの艦長から!」
「は、はぁ」
「軍人としても大出世だし! 皇国最強艦のクルーなんて、飛び抜けて実力がないとなれないし! 艦長も皇国一番の有望株だし! そのお眼鏡に適ったってことだし! 何よりイケメンだし!」
「落ち着いてください」
肩を抑えて座らせようとするイルミだが、その手を逆にまた取られる。
「艦長さん、直接あいさつにいらっしゃってるのよ!」
「それはまた大層なことで」
艦長は扉へ手を差し向ける。
「さぁ、お入りください! バーンズワース大佐!」
「えっ?」
「失礼します」
激しくはなく、しかし澱みなく開かれるドア。
現れたのは、
「久しぶり、ミチ姉」
「ジュリアス!」
1日だけの思い出しかないのに、未だ忘れえぬ懐かしき顔。
「(『責任を背負うのが苦手』っぽいこと言ってたから、代わりに上官として)責任、取りに来たよ」
「えっ……? 責、任?」
こうして今に至るまでの、ジュリアスとミチ姉の物語が幕を開けた。
「……ということだ。以上!」
語り終えたイルミの顔が赤いのは、湯船に浸かっているせいだけだろうか。
「「「「フ〜ッ!!」」」」
オーディエンスも盛り上がる。
「いい話でした……!」
「嫉妬でおかしくなりそう」
「これでまだ上司と部下とか正気か? 肉体関係くらいないんか!?」
「もう付き合っちゃえよ! 襲えよ!」
「うるさーい!!」
両手を振って解散を促すイルミだが、乙女の恋バナ熱がこれで収まるわけもない。
「そんなこと言ったってねぇ」
シルビアがリータのいた方を振り返ると、
「ネー!」
「へ?」
湯船なのにサウナハット被った、なんか知らない人がいた。
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