第277話 いづこも同じ

 シルビアの抜けたリアクションに、カークランドは小さく首を左右へ。


「やはり忘れてらっしゃいましたか。まぁ『一応お耳に入れてはおきますが、今は国内のことへ集中を』と申し上げたのは小官ですが」

「えっ、いつ」

「9月の、26、7、くらいでしょうか?」

「あー……」


 思い当たる記憶はない。

 が、その頃はカーチャ、ガルシア、バーンズワースと訃報が立て込んだ頃。

 からのホノース決戦直前の進軍中である。

 彼女のメンタルは限界で、結構フワフワしていた頃である。

 そんな状況で『あまり気にするな』的ニュアンスで言われ、もうすぐ一ヶ月。

 そのあいだにも粛清、国政、悲しい裁判などもあった。

 覚えている方がまぁ難しかろう。

 皇帝ともなると、それでも頭に入れておくことを求められるのかもしれないが。


「なんでもっと早くリマインドしないのよ!」


 キーッ! と両腕を振り上げるシルビアに対し、彼はマントを掲げてガードの姿勢。


「ですから皇国の立て直しの方が先でしょう! どうせ我々に外征する体力はない! 同盟が内戦してようが関係ありませんし!」

「まぁ、それは、そうね」


 彼女は正論でおとなしく椅子に腰を下ろすと、


「じゃあ、その内戦の原因っていうのは」


 頬杖のような姿勢で右手の親指を立て、頬を強く押す。

 問うような口調だが、目はカークランドを向いていない。自問自答のかたちである。

 が、几帳面な彼はわざわざ自身のタブレットを起こす。


「はっ。以前より同盟内では、評議会と軍部高官とのあいだで対立が激しく」

「ガルシア提督から聞いているわ。ゴーギャン提督がうまいこと評議会をかわすから、ヘイトがあるのよね」


 彼が亡命することになった原因でもある。






 そもそも何故、評議会がここまで口を出したがるのか。

 もちろんガルシアが言っていたように、


『軍部の暴走は悲劇を招く』


『だから文民統制が安全安心のブランドなのだ』


 というのはある。



 が、何よりの問題は『地球圏同盟』というである。



 そもそもこの世界で人類が宇宙へ進出しているのは、金持ちの道楽ではない。


 資源問題、食料問題。

 新たなフロンティアを求めての開拓である。


 そのために限られたエリートだけでなく、多くの人々が遠くへ遠くへ進出していった。


 ゆえに本来人類は、どんどん外へ外へ、膨張、拡張していかなければならない。

 消費した分だけ、それを埋められる分だけ。



 そんな人類の最前線、開拓史の一番外側で勃興したのが皇国である。



 別段同盟領をドーナツ状に包囲しているわけではないが。

 それでも内側の人々が進みたい方向を、蓋する配置で存在している。


 しかもそれだけではない。

 逆に地球圏で既得している資源豊かな惑星、穀倉地帯にした惑星へ逆侵攻を始めた。

 そして実際に、幾つもの星が奪われた。



 ゆえに政治家は、軍をコントロールしたいのだ。


 ただ戦闘に勝つのではなく、勝って手に入れたい土地があるから。

 それが


『この星は何があっても手に入れろ』


 とか、


『このルートは意地でも打通し確保しろ』


 とか。

 現場へ命令として下されるのである。


 時には、疲弊し、そのような体力のない現場の実情すら無視して。

 時には、それぞれの政治家のポジションからなる、利権絡みの政策で。



 それに不満を持っているのが多くの同盟軍人であり、

 反発し、指示があっても出撃しなかったのがアンヌ=マリーであり、

 そういった軍人たちの態度を可能たらしめていたのが、






「そのゴーギャン提督派と評議会派のあいだで、ついに衝突があったようで」

「なるほどねぇ」


 右手で頬杖だったシルビアは、両手にあごを乗せている。


「しかしそれなら、勝負にならないと思いますけどね」


 リータは腕を組み、呆れたように呟くが、


「いえ、それが意外と。表向き周囲に同調して、意外と裏で利益の分配を受けていた者。または政治畑からのコネクションで地位を得た軍人も少なくなかったようで」

「どこも誰かが腐ってるな」

「それで死ぬのは真っ当な人よ」

「いづこも同じ秋の夕暮れ」


 女性陣3人、腕組み頷き合う。

 あまり国家の中枢に見えない雰囲気のなか、男一人話をまとめに入る。


「もっとも、現在は収束に向かい、和睦の準備をしているそうですが。まぁこちらが向こうの内乱に見向きもしなかったように。講和を持ち掛けても、『今世界で一番忙しい』と返されるのがオチでしょう」

「なるほどね。ままならないものだわ」


 また頬杖に姿勢を戻すシルビア。

 せっかく内戦が終わり、嫌な裁判も終わり。

 ここからは明るい未来へ向かって、と、悲しく愛おしい過去とも一時の決別。

 今がテンション上り調子のイケイケドンドンだというのに。

 その出鼻に『待て』は、すごく不満だが。


「でもま、悪いことばかりじゃないわね」


 調子がいいとは、不調を知らないのみにあらず。

 目先を切り替えたり、詰まってもすぐに復調したり。

 柔剛両方の頑丈さを併せ持つものである。


「おかげで私たちも内戦をしてる時、向こうが攻めてこなかったってことでしょ? そこは正直、助かったわ」

「御意。腹背に敵を抱えていては、追討軍に勝てても皇国の必敗だったでしょう」

「それは今後もそうよ。戦いが終わっても傷痕は消えない。失った兵も、装備も、閣下たちも、帰ってはこない。このズダボロの皇国軍で、万全の同盟とは継戦できないわ」

「かといって講和も、足元見られて成立しないだろうね」


 ケイの言葉に、シルビアも鼻の下で両手の指を組みつつ頷く。


「えぇ。逆にお互い疲弊している、継戦が苦しい現状なら。向こうもとりあえず応じてくれるはずだわ。そのあいだに拗れてしまった原因を紐解いて、一つずつ解決して。協力体制を組み上げて行けたなら……」


 その呟きに、リレーのように今度はリータが頷く。


「であれば、今は足止め期間ではなく。その内容をじっくり考える期間としましょうか」

「よし、冷静に考えればこれは、いえ」


 新皇帝は背筋を伸ばす。



「冷静に考えられる者には、なんだって追い風なのよ」



 皇国の未来は。

 自身の行く道は明るいというように。

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