第276話 一つのゴール
戦没者の国葬が終わると、次は生者の話である。
式典が終わったからといって、そそくさと立ち去っては印象が悪い。
シルビアたちは18時を目処に場を引き上げた。
その後3人は夕食へ。
空腹もあり、また
『この情勢ではいかに皇族といえど贅沢は敵! そもそものんびり食べてる暇はない!』
と、簡素なメニューにしている夕食は一瞬で平らげたが。
一日中立ちっぱなしで、下手な社交界より応対に忙しかったのだ。
せっかくさっさと食べたのに、結局1時間椅子から立てず、時間を潰した。
そんなならもう夜だし、早く寝て明日に備えた方がいい。
そう思うのが当然だが、
「さて、リータ。明日の段取りだけど」
「はい」
「まぁ、一度経験してるから、大体分かるわね?」
「同じですね?」
「えぇ」
19時を回った皇帝執務室にいるのは、シルビアとリータ。
シルビアは椅子に座って、リータはその横に立って、デスクと睨めっこ。
その明日には正式発表となることを、今日のうちに詰めねばならない。
ならないのだが。
「そうだわ、せっかくだからちょっと着てみせてよ」
「えー? どうせ明日には着るんですが」
「だからこそよ! 他人より先に私だけが見ていないと許されないわ」
「こんな暴君では、この国の未来はお寒い」
ウキウキでデスクに置かれた箱を開けるシルビア。
イチャイチャする気満々、さっさと寝ろ。
「ほら着替えて! マントと帽子だけでも!」
「せっかくマントきれいに畳んであるのに」
ブツクサ言いながらもリータは軍帽を脱ぎ、マントの留め具を外す。
もちろんロリコン・ナイトが始まるのではなく、
「あー! あー! あ゛っ!! やっぱり似合う!!」
「うるさいなぁ」
箱に入っていたのは、皇国禁衛軍の制服。
フォルトゥーナが青をあしらう裏地や軍帽の徽章は、
「やっぱり天使は白よね〜! 純白の天使〜!」
200種類あるとか言われる白の中でも、おろしたてのシーツのように清い白。
「大・満・足。まるで最初からあなたのために用意されたデザインだわ」
自分が作ったわけでもないのに、シルビアはドヤ顔で鼻からムフーッと息を吐く。
対する少女は軍帽を手に取り、
「色はいいにしても、徽章がなぁ」
「何よ。何が嫌なのよ」
「へっ」
「笑ったわね!? 今笑ったわね!?」
この扱い。
それもそのはず、と言ったら悪いが、禁衛軍の徽章は、
当代皇帝の横顔のレリーフ。
つまり、左側から見たシルビア。
「これはなぁ」
「最高じゃない! ついに私を身に付けるのよ!?」
と宣うシルビアではあるが。
こんなの半分ノリであり、実は彼女自身このデザインには不満がある。
なんたって、この横顔、
妙にリアル寄りである。
なんだか古代ローマのコインみたい。
ゲーム世界なんだから、そのへんカワイクしといてほしいものである。
「それにしても、汚れと返り血が目立つ色してるなぁ」
逆に半分ノリで、言うほど不満はないらしいリータがマントを翻す。
「そういうのとは無縁のところに行くのよ」
動きごと包み込むように、シルビアは彼女を背後から抱き締める。
その手にリータも手を重ねながら、
「いいんですか? 皇国軍がガタガタになってるこの時期に、私が前線から離れて」
軍帽が邪魔そうに振り向いて彼女を見上げる。
「いいの。だって、中央から全体を俯瞰して立て直すのも欠かせない役割よ。専属メイドにしないだけ、今の私には分別があるわ」
「であれば、分別あるシルビアさまがやった方がいいのでは? 一昨日まで元帥だったんですし」
「次の元帥がやるのよ。あなたが」
「私15歳なんですけど。務まりますか?」
「なんなら14歳に戻ってもいいのよ?」
「あーもう」
シルビアが頬擦りしようとするのを、少女は邪魔そうにしていた軍帽でガードする。
それでも構わず、彼女は軍帽に頬を埋めると
「それに」
今までの道のりを噛み締めるように目を閉じる。
「戦わなくていい時代が、もうすぐそこまで来てるんだから」
翌日。
「リータ・ロカンタン上級大将」
「はっ!」
またも『黄金牡羊座宮殿』玉座の間にて。
「あなたにはフォルトゥーナ方面派遣艦隊司令官から、禁衛艦隊司令官への転属を命じます」
「はっ!」
14時ちょうどから式典を開始。
「また、それと同時に。先の内戦と私の即位に伴い、皇国軍は全ての元帥を失いました」
「御意」
「元帥は軍を統帥する者であり、シンボルであり、全ての臣民の希望です。欠かすことはできません。よって」
新たな制服の載った盆を手に取るシルビア。
先日これでキャッキャしたために、感慨が薄れるのは少し失敗だったか。
しかし、それはおくびにも出さず、
「あなたにその任を与えます」
「リータ・ロカンタン、拝命いたします!」
予定どおり、任官式を終えた。
リータを前線から引き離し、自身の側に侍らせる。
叶わなくなった夢、失われた愛がいくつもあるなかで。
シルビアの想いが一つ、実った瞬間である。
それにしても。
皇帝という国のトップに昇り詰めた自分。
目の前で立派な敬礼を見せる、元帥という皇国軍のトップに昇り詰めたリータ。
思えば、遠くまで来たものね。
期間で言えば短いものかもしれない。
しかし決して楽ではない道を、
『私たちは同じ運命を分けた、二人で一人』と駆け上がった。
そんな感慨に、彼女は目頭が熱くなるのだった。
かくして一つのゴールへたどり着いたシルビアだが。
まだまだ終わりではないのだ。
むしろここからが本番。
全てを安泰たらしめる、友との約束がすぐそこにある。
であればもう、今が人生の絶頂期。
悲しみたちを振り切る意味でも、勢いそのまま取り掛かるべきだろう。
式典を終えたシルビアたちは、早速ケイとカークランドを捕まえた。
そのまま皇帝執務室に引っ張り込み、目下最大の目標を打ち上げる。
デスクにつき、椅子には座らず、両手で机を叩き、
「いい!? もちろん皇国を建て直すのが最優先だけど! それと並行して、『地球圏同盟』との講和!」
力いっぱいに吠える。
「戦争の終結、平和を目指した動きを展開していくわよ!!」
彼女は鼻息荒く、相槌も鬨の声も待たずに指示を飛ばす。
「宰相! カークランド大将! そういうわけで、まずは同盟軍のゴーギャン提督とコンタクトを取るわよ!」
希望によってエネルギーが湧き上がる。
モーターの馬力が上がったかのように、ぶるんたったと腕を振るシルビアだが。
「陛下」
「
存外、元副官は乗ってこない。
どころか
「現状、それは難しいかと思われます」
冷や水のような言葉を返してくる。
「そんなこた分かってるわよ。『そんなことしてる場合じゃない』って思うでしょうけど。それでもこれにはやる意義が」
「そうではありません」
「あ?」
その様子に、勢いがある分『興が削がれる』と荒れ気味な彼女だが。
続くカークランドの言葉は、その硬くなった態度が至極真っ当な内容だった。
「同盟軍は現在、二派に分かれての内戦状態になっております」
「え?」
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