第275話 一歩、そして次の一歩へ
シルビアの即位に関して、国民の反応はまずまずだったと言われている。
もっとも、彼女の人望というより時勢だろうと歴史家たちは考えているが。
誰だって、せっかく新皇帝に変わったのだ。
何はなくともネガティブな視線から入っては、気が滅入ってしまうのだろう。
彼らはもうボロボロなのだ。
国民が政治へ絶望できるのは、壊される平和と安寧があるからなのだ。
さて、だからといって、猫も杓子も手放しで新帝を讃えるわけではない。
何事も初動が大事である。
政治家が耳触りのいいことをするのは最初だけ、なんて言われるが。
その最初
政権の寿命が大きく変わる。
分かりやすいのはお金のバラ撒きや減税。
昨今の帝都で切実なのは、治安の回復だが。
「警察だけで手が回らない分は、軍も手を貸すのはどうでしょう」
「そうね、それがいいわ。そのへんはあなたに一任するわ、カークランド少将」
「小官でよろしいのですか?」
「えぇ、私は忙しいの。そんなことに構ってられないわ」
「そんなことって」
この会話は即位式から2時間と経たない皇帝執務室でのこと。
ジーノ・カークランド少将(このあとすぐに大将へ昇進することとなる)は手記にそう記している。
皇帝になっても玉座でうっとり噛み締める暇はなかったことが窺える。
また、
「そんなこと、よ。帝都の治安維持回復は帝都の問題、帝都にいる我々の都合でしかない。でも、今回の内戦で、いえ、戦争はいつも。皇国中を巻き込むわ。皇国のどの星の人々も、愛しい人を軍隊に取られ、喪う」
「御意」
「だから私はまず、皇国全ての人々へ向けたことをしなければならない」
彼はこの一連の会話を、
“私が彼女と出会った頃には、すでにその素行は改まっていた。”
“ゆえに、何故か宮中に敵が多いことを疑問に思い、諸々調べたことがある。”
“そこで初めて、かつては『悪徳令嬢』と鳴らしたことを知ったものだが、”
“まさかその彼女が、真っ先に広い国民感情へ言及するとは。”
“皇族出身など特に、帝都こそが国家の全てと捉えそうなものである。”
“普段から戦闘中に犠牲を悼む発言は多い人であったが”
“私はこの時初めて明確に、
『まさか他ならぬ悪徳令嬢によって、皇国史上初の庶民派皇帝が誕生するのではないか?』
そう思った。”
“あと、幼き同輩ロカンタンへの接し方を見るに。別段素行は改まっていなかったと訂正しておく。”
とも書き残している。
そんなシルビアが実際に取った初動は、
「捧げーっ、筒っ!!」
即位式の翌日、13時から。
パイプ椅子に座って居並ぶ喪服や軍服、文武の高官から、一般の人々まで。
その正面、空砲を捧げた兵士たちを挟んで、向き合うように。
手向けられた花の塊と化した台の上、埋もれそうになっている、
ジュリアス・バーンズワース
タチアナ・カーチス・セナ
イルミ・ミッチェル
イーロイ・ガルシア
以下、シルビアがカピトリヌスに入ってからこの日まで、
集められるだけ集められた、戦没者たちの顔写真。
皇国禁衛軍地上部隊の演習場を解放し、メディアの中継カメラも片っ端からかき集め。
少しでも多く、遠くの国民にも届くように。
政策や国家の復興という点で見れば、正直毒にも薬にも。
なんならその金や労力を他に回せとすら言われかねないが。
それでも新皇帝は、最初の事業にこれを選んだ。
この事実には、多くの歴史家が腕まくりで彼女をプロファイリングする。
特に注目されるのは、即位のタイミング。
カピトリヌス入りからいつでも宣言はできたのに、実に一週間以上かけている。
そのあいだ皇帝はノーマン、あるいは空位ということになる。
皇国の体制としては、大変よろしくない。
それでもシルビアは即位を引き延ばした。
これについて、ユトランド大学皇国史専門のジャネット・ポーリー教授は
“勝利の時点ではなく、全ての汚点を身ぎれいにしてからの完璧な即位にしたかった。”
“敵対者と血を完全な過去のものにして、皇帝として生まれ変わるために。”
という見解を、ドキュメンタリー番組にて述べている。
また、クローチェ大学マルコ・ダシャ・ヴィンセント教授は
「ねぇリータ、ケイ」
「私語いいの?」
「いいのよ。ワイワイやる方が喜ぶ人たちだったから」
「兵士の一人一人までそうとはかぎりませんけど」
参列者の最前列、中央にて。
軍服でパイプ椅子に座るシルビアは、正面を向いたままポツポツ呟く。
「写真になると目を瞑る人っているけど」
「またエラく、古いカメラの話をするね」
「……そうね。でもジュリさま、バーンズワース閣下は、関係なく目を細めてらっしゃるのね」
「細めてというか、細いというか」
「セナ閣下も、相変わらずの笑みなのね」
「もうちょっと大きく笑ってもいいと思いますけどね」
「ミッチェル少将、大将は逆に、こんな爽やかに笑ってる写真があったのね」
「あんたあの人のことなんだと思ってんの」
「
「なんかは?」
「……こうして見ると、鹿人間にちょっと似てるかも」
「なんですかそのクリーチャー」
彼がどこかで、こんな会話の記録を目にしたかは分からない。
が、
“あまりそういった、潔癖や
“ただ、皇帝になって最初の事業を、散っていった愛する人たちへの追悼にしたかった。”
“その証拠に、かつてショーンを裁いた時もまだ皇帝が決まっていなかった。しかし実質の支配者として、御前裁判所にて『御前裁判』を行なっている。”
“にも関わらず、ノーマンの裁判はわざわざ一般の裁判所で行われている。”
“これは御前裁判を、『国葬より先に皇帝として何かを執り行う』ことを明確に避けている。”
と著書に記している。
参列者たちが自由に弔意を示す時間を除けば、式典自体は1時間としなかった。
こうしてシルビアの、新皇帝としての第一歩。
即位式を加えれば第二歩は無事に幕を下ろした。
国民の反応は、特別よくも悪くもなかったとは言われる。
が、彼女自身としては、まぁ満足のいく内容。
一区切りのマイルストーンとするにはじゅうぶんだったらしい。
このあと、新皇帝は新たな施策を始める。
そう、
シルビアが皇帝を目指した一番の目的は、まだまだこれからなのだから。
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