第278話 もう一方の行く末
一方その頃。
シルヴァヌス星域『地球圏同盟』領
シルヴァヌス方面軍統帥府
提督執務室。
「失礼します。おっ」
「淑女の部屋に入るなり、結構なリアクションするじゃないか」
「いえ、まぁ。それで、いかがなさったのですか?」
字面ほどは焦ったリアクションをしていない男。
副官アラン・ラングレー。
対して、初手から露骨に不機嫌な様子。
椅子の前後を逆にし、足を開いて、背もたれの上に両腕とあごを乗せている
ちょうど休み時間に後ろの席の子と話しているような大勢の彼女は、
『地球圏同盟』シルヴァヌス方面軍提督、ジャンカルラ・カーディナル。
「本日、両提督が和睦の席へ着かれます。何をそんなにムスッと」
「だからさ。意識してしまうんだよ。僕ら、うまいことヤラれたなぁって」
「あぁ、たしかに」
同盟内で内戦が勃発していた頃。
名にし負う『赤鬼』提督と、最精鋭たるその部下たちは何をしていたかというと。
何もしていなかった。
ちょうどその頃彼女らは、皇国の内戦に介
もとい、亡命したイーロイ・ガルシア提督を追ってシルビア派に加
もとい、偶然遭遇し突っ掛かってきた皇国艦隊を撃滅していた。
あるいはその帰途にあったくらいのタイミングである。
ゆえに彼女らは距離や補給の時間もあって、戦場に間に合わなかった。
よって自重し、シルヴァヌスに留まっていたわけである。
「嵌められたよな」
ジャンカルラは憎々しげに天井を見上げる。
「正直、おっしゃるとおりかと」
ラングレーも力なく首を左右へ振る。
「あのタイミングでガルシア提督を亡命に追いやったこと。彼と親交があって、シルビアの盟友で。正直一番不適格な僕を追っ手に任じたこと」
副官も自身と同じ思いであるならと、彼女は遠慮なくため息をつく。
「全部全部、僕らを戦場から遠ざけて、ゴーギャン提督の戦力を削ぐためだ。ふざけんなチクショウ、卑怯なやつらめ」
心底気に入らないのが足癖に出ている。
ジャンカルラは背もたれへ抱き付くように足を交差させる。
別にその怒りが自身へ向けられているわけではないが。
上官にはご機嫌でいてもらいたいのが副官というもの。
ラングレーは彼女のためにコーヒーを淹れはじめる。
「まぁまぁ。それももう集結するのですから」
しかしジャンカルラは、目を閉じ『いーっ!』と歯を剥く。
「何が集結なもんか! あんな獅子身中の虫がいて、安心して戦争できるもんか!」
「安心な戦争とは」
「いつ背中から撃たれるかも分からないぞ! なんならその背後を絶たれるかも」
「さすがに自滅を避けるべく和解するのですから、そこまでは」
「いーやダメだね! たしかに戦争や政治は清濁併せ持ってだが、評議会連中には美学がない! 統率者たる帝王学がない!」
「ウチは皇国ではありませんからね」
彼が聞き分けのなさが愛らしい子どもでも見る目で、インスタントを溶かしていると
『提督! ユンです! 提督!』
執務室のドアを激しくノックする音が響く。
「なんだぁ? まだドーナツデリバリーは注文してないぞ? 気が利くやつだなぁ大佐は」
ジャンカルラの軽口な返事も、
「失礼します!」
まったく取り合わず部屋へ入る。
「いったいどうしたんだい」
彼女は相変わらずの姿勢で座ったまま。
正直提督ともあろう人物が、部下の報告を聞く態度ではない。
が、本人は『僕は今機嫌が悪い』を剥き出し。年齢にあるまじき拗ね方で、改める気配が微塵もない。
ラングレーはラングレーで、『この人はこうなると頑固だ』と心得ているのだろう。
特に改善を促すこともない。
そして
彼は彼で、そこに拘泥するより報告を済ませたいのだろう。
敬礼もそこそこに、声を張り上げる。
「申し上げます!
大事件です!!」
それから数日後。
動乱の10月が明けた11月1日。
昼食を摂り終え、午後の業務が始まるような時間帯。
皇国の中心、『黄金牡羊座宮殿』。
そのまた中心、皇帝執務室。
そこに一通の電報が届いた。
内容はシルビアから同盟、シャーロック・ゴーギャン提督へのお便りの返信である。
一時はカークランドに『相手にされない』と止められた彼女だが、
『でももう和睦に入るんでしょう?』
『御意』
『だったら、「落ち着いたら平和についてお話しましょう」くらいは送っておいてもいいと思うの』
『そうでしょうか』
『むしろ、私たちが生まれるまえから続いている戦争を終わらせようというのよ? 誰しも終わらせ方が分からなくなってしまった戦争を。だったらあらかじめ、「こういうプランがあるんだけど、どう思う?」くらい伝えておくべきだわ』
『それは、たしかに一理あるかと』
『何もね、勇み足と願望だけで言ってるんじゃないの。私はかつて同盟にいたことがあるわ』
『ありましたね。忘れもしません』
『リータちゃん鼻血鼻血』
『そんなに長い期間いたわけじゃないわ。関わった人たちの全てを見たわけじゃない。でもね。
私、確信があるわ。ゴーギャン提督は終戦に、前向きに取り組んでくれる。そういう人よ』
『閣下、いえ。陛下がそうおっしゃるのであれば、小官に否定はできませんが』
『でも、そんな人でも、急にこんな話持ち掛けられたら困ると思うの』
『でしょうな』
『だからやっぱり、軽くアナウンスしておくべきだわ』
ということで、一応
『皇国サイドにはそういう方針がある』
とだけは送っておいたのである。
それに対する正式な返答が、この日に届いたのである。
その文面は、
『我々はただ、戦場にて雌雄を決するのみを望む。
提督 イワン・ヴァシリ・コズロフ』
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