第279話 巨星堕ちて地鳴動す
この文面を見た時、皇帝は小さくため息をつき、電報をデスクの端へやり、
それからもう一度手に取り、
「憎らしいほどの縁ですわね、閣下」
人差し指で署名をなぞったという。
が、逆に取り立てて驚愕することもなかったのは、
こうなることを知っていたからである。
ジャンカルラがユン大佐から報告を受けた『大事件』。
発生から数時間後には、シルビアの元にも情報がもたらされた。
時勢が時勢だけに自制。
リータの昇進にも公的な祝賀会は行われず。
そのためにまた、親しい間柄だけでの祝宴を画策。
皇帝ともあろうものが宅配ピザのチラシを見ていた、18時まえのことである。
「陛下っ!」
カークランドがノックもせずに執務室へ入ってくる。
「あらカークランド閣下。せっかくだから、あなたもピザ生地一枚選んでいいわよ」
本来侍従長くらいしか許されない行為なのだが。
その時の彼女は機嫌がよかったのでスルーしておいた。
しかし、
「ペパロニかサラミかなどと迷っている場合ではありません!」
彼はその温情すら、それどころではないといった様子。
さすがに『ちょっと』と思わなくもないシルビアだが。
彼のただならない様子。
持ち前の律儀さすら、わざわざ捨てねばならないという判断。
何より、忙しいはずの身で、人を遣らずに自身で報告に来ている。
彼女がチラシを床へ落とし、背筋を伸ばすと、
それを相槌と受け取ったか、もしくは『どうぞ』を待つ気がなかったのか。
カークランドは電報もタブレットも出さず、身ひとつ声を張り上げる。
「シャーロック・ゴーギャンが銃撃されました!!」
「なんですって……!?」
「詳しいことはまだ分かりませんが、和睦調印会場のホテルで襲撃を受けたと!」
「そ、そんな」
あくまで皇国が忍び込ませた諜報員が速報したことである。
この時点で詳細までは分からず、シルビアはただ愕然とすることになり、
翌日、朝食中に改めて、
『乗艦「
との訃報を受け取った。
ゆえにシルビアにとって、この返信は想定される範囲のものであった。
さすがに、
「まさかゴーギャン閣下への私信が、あなたに届くとは思わなかったけど」
たしかに、ガルシアが亡命してきた時の話では、
『政治家連中がゴーギャンに対抗すべく擁立した提督がコズロフ』
とのことだった。
つまり今回の内戦、文民派トップとして彼と争ったのもコズロフで、
暗殺によって決着がついた今、勝者として軍全体のトップに立ったのも彼だろう。
であれば、今まで軍筆頭であったゴーギャンのポジションをそのまま受け継ぐこと。
その結果彼の連絡網も引き継ぎ、ポストに入ったものを真っ先に目にすること。
何もおかしくはない。
「アンヌ=マリー……! あなたが引き換えに残した男が戦争をするわ。博愛主義も考えものよ……!」
たとえそれが、またもや彼女に立ち塞がる運命の綾であったとしても。
シャーロック・ゴーギャン暗殺について、『地球圏同盟』側で確かな資料はない。
おそらく評議会の連中が記録するのを許さなかったのだろう。
こんな時代になっても、歴史は勝者によって好き放題ペイントされる。
だが、それはあくまで同盟側の話。
実は皇国側には、この事件に対する貴重な資料が存在している。
それも、確実で詳細な。
2324年11月23日。
皇帝シルビアはこの日、一人の人物と謁見していた。
過日死亡せしゴーギャン提督の副官、ナオミ・ビゼーである。
「このたびは亡命を受け入れてくださり、誠にありがとうございます」
「ジャンカルラの紹介とあればね。当然よ」
彼女は暗殺事件の現場を生き残っていた。
しかし、ゴーギャンの側近であった自身は当然粛清されるであろうと考えた。
よって、最初は残された副官として、ゴーギャン艦隊の降伏・解体の事務に着手。
素直で従順、協力的な態度を見せておき、かつ
『用済みになったら消される立ち場』
という、逆に利用できるうちは生かされるポジションについておいて、
多少マークが緩んだ隙に逃亡。
ゴーギャン派で最も力のある、ジャンカルラの元へ落ち延びたのである。
この時のジャンカルラの立ち場はというと、非常に複雑であった。
彼女がゴーギャン派、武断派でも有数の人物であることは明らか。
下手をすれば、ナオミなどより真っ先に粛清されるような人物である。
しかし、
『内戦に参加されるとさすがに不利』
との判断から、ガルシア追討にやられていたことが幸運に転じた。
直接反抗していないため、『汝罪ありき』と言われなかったのである。
戦闘後で補給を優先し、シルヴァヌスでおとなしくしていたことも功を奏した。
馳せ参じようと出発した形跡すらないため、
『そもそも意外と反抗的ではない』
という評価を得られたのだ。
もちろんそれが全てではない。
むしろメインは戦後の処理である。
いくらゴーギャンを討ったからと言って、残された武断派がまるっと服従するか。
否である。
むしろ和睦は反故、泥沼化するだろう。
だからこそ、絶滅戦争を避けるための、彼らの
宥め
そこで選ばれたのが、ゴーギャンに次ぐ武断派人気の猛将であり
若く、彼ほど老獪な政治手腕と基盤を持たないジャンカルラだったのである。
「まさかアンヌ=マリーじゃなくて僕がアイドルにされる日が来るとはな。タトゥーの差かな」
と呟いたとか呟いてないとか。
が、都合で許されているとはいえ、デリケートな立ち場には変わりない。
逃亡者、政治犯となったナオミを匿っては、さすがに潰されるだろう。
それも、政治力の面から迅速に。
そのため、見殺しにはできないが、どうしてやることもできない彼女は、
素知らぬ顔で、ナオミを亡命させたのである。
以上の経緯で皇国へやってきた彼女が、詳細を知りたがった皇帝に語ったという内容。
それが次のようなものである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます