第280話 敬天愛人真逆の人なれど
まず開戦の発端だが。
これはマッチポンプである。
評議会の圧によってガルシアが皇国へ亡命したのは周知のとおり。
それに対して彼らは、
『
『これでは同盟の内情が筒抜けになってしまう』
『この事態を防げなかった軍部には、非常に重い責任がある』
と責任追及、
という名の、武断派将校に対する過剰なまでのペナルティを行なった。
弾圧である。
それは当然ゴーギャンにも及んだが。
まぁ彼自身としては、
「僕ももう歳だからねぇ。後ろでのんびり、前線に配給するビールでも数えるのがちょうどいいよ」
と嘯き、特に反抗する様子はなかった。
まぁ政治基盤もあるのだ。
ほとぼりが冷めればいつでも復帰できる算段があったのだろう。
が、それは彼に限った話である。
のちにジャンカルラが許されるように、その彼女ですらのように。
多くの軍人は基盤を持たず、復帰の目処はない。
おそらくゴーギャン復権の暁には元に戻されたことだろう。
しかし彼らはそう思い至らなかったか、
それとも武断派と言われるレベルの軍人たる、一本気なプライドが許さなかったか。
評議会の処分を無視して基地に立て籠ったり、
中央からの使者が乗ってきたシャトルを艦隊で威嚇したり、
さまざまな反抗をして対立を激化、状況を泥沼化させた。
それに対してまた、追加の処分が加えられ、反発し……
怒り狂い、かつ追い詰められた彼らが考えたのは、
『地球から一歩も出ない臆病者どもが! イタリア製の革張りソファでキューバの葉巻煙突をするだけのブルジョワジーどもが! 駆逐艦のコンソール一つ動かせん生っ
『こうなればむしろ、腐った政治家どもを一掃してくれる!』
『そうせねば、我々が生き残る術はない!』
『軍人を舐めるな!』
武装蜂起である。
そして彼らは、その指導者をゴーギャンに要請した。
彼自身がやりたかったか、やりたくなかったか。
それ自体ははっきりしていない。
おとなしくやり過ごしたかったかもしれないし、恨みの丈があったかもしれない。
が、先ほどのビール係のように、
「じゃあ僕が、やりすぎないように引率しとかないとね」
嘯いてばかりで、本心など見えないタイプ。
そこにあるのは、ただ
“引き受けた”
という記録のみであり、
それを聞いた皇帝シルビアは
「まるで南北戦争の西郷どんね」
と呟き、リータに
「アフリカン・サムライの解放ですか?」
と突っ込まれている。
ちなみに彼女は日記にも
“シルビアさまの脳内では、ユリシーズ・グラントとタカモリ・サイゴウが戦争している”
“奇しくも両者は、同じ時代の人物だったりするそうで”
と書き残しており、相当この言い間違いが気に入ったらしい。
それはさておき。
どのような意図であれ。
そもそもゴーギャンは負け戦を引き受けるような人情家ではない。
やるからには勝てるという算段があったことだろう。
何せ、精強な武断派は皆、こちらへ付くのだから。
そういった目論見で9月23日、
ついに武装蜂起を開始。
25日には正式に声明も発した
のだが。
思った以上に、ことはすんなり運ばなかった。
そう、
評議会側の総司令官にこの男、
イワン・ヴァシリ・コズロフが立てられたのである。
歴戦の男にして、皇国にいた頃はゴールドの軍服を着ていたような男である。
彼は武断派に比べて見劣りする兵力をよく率い、果敢に戦った。
ちなみに皇国の軍服に、色による上下優劣は特にない。
そんなことより、コズロフの奮戦によって。
不利だとか完全に拮抗したとまでは言わないが、思った以上に苦戦する武断派。
楽勝ムードから入って影が差すだけに、難しい空気となった。
同じく武断派と思われ、ステラステラ決戦にも呼ばれた名将オーウェン・ニーマイヤー。
彼が
『自身は現在、要地ステラステラの任期に当たっている。防衛戦略上ここを留守にすることはできない。健闘を祈っている』
と不参加を表明したこともアテが外れた。
もっともゴーギャン自身は
「まぁ彼は、どっちに大義があろうとなかろうと。『内戦は絶対悪』とかで嫌う中道派だから」
と、予想していた様子だったが。
とにかく、こうした要因で武断派はまず精神面から疲弊しはじめ、
一進一退、その攻防の中で勝っても思うように勝ちきれないフラストレーション。
プライドで始めた戦いで、評議会派の軍人ごときに圧勝できず傷付くプライド。
華々しい勝利にも誇り高き敗北にも発散されない泥沼が一ヶ月近く続いた頃。
評議会側が
ナオミによると、この決定がなされた会議で、ゴーギャンは意見を述べなかったという。
その後も彼女が和睦について見解を問うも、
「ま、ダラダラやっててもしんどいからねぇ」
とのみ答えたという。
これについてナオミは、
“嘯くことができない、という事実。それが何より、言葉にする以上の”
“武装蜂起に及びながら初志貫徹できない味方への、深い失望に聞こえた”
と言い残している。
それでも、ゴーギャンは周囲の決定を覆さなかった。
ついに両陣営が和解で合意し、その方向で話が進められることとなった。
かくして2324年10月26日、両派代表のあいだで調印が行われることとなり、
彼は運命の現場、
惑星カラネミのスミソニアン・グレートロックホテルへ向かったのである。
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