第281話 シャクシャインと秀吉

 ゴーギャン座乗艦『一級品ブランド』がカラネミ宇宙港へ到着したのは、26日14時13分。

 彼らは40分前後ミーティングを行い、それからホテルへ出発した。

 調印は17時開始の予定であった。



 もちろんゴーギャンとて、暗殺に関してまったくの無警戒だったわけではない。

 むしろ警戒し、対策は重ねていた。


 15時7分、『一級品ブランド』からタラップを降りた一団がリムジンに乗り込む。

 副官のナオミも含まれており、これこそまさしくゴーギャン一行


 と思わせておいて、彼自身はそこにいなかった。


 実際はカラネミに入るまえから僚艦の『常に紳士的Dandy holder』へ移乗。

 15時49分、わずかな供回りを連れ、当時民間で流行したセダンで港を出発した。

『Smooth Criminal』のマイケル・ジャクソンめいた変装をしていたという。

 女性士官のリアクションは大絶賛と大ブーイングに分かれたとか。

 この時の


『目立つなボケ』


 が、ナオミ自身が直接ゴーギャンと交わした最後の会話だった。






『囮』がホテルに到着したのは15時43分。

 ゴーギャンが到着したのは16時22分。


 大きく間を開け、ナオミたちが襲撃を受けるかで相手の出方を確認。

 その後また別の軍服の一団を裏口からコソコソさせ、自身らはロビーでチェックイン。

 格好以外は一般観光客のフリをしてホテルに入った。


 また、ナオミたちは811号室に入り、裏口チームはそちらへ合流。

 一方で彼らは701号室へ入るという、徹底した撹乱ぶりであった。


 しかし、それが裏目に出たか。

 いや、



 どんな対策も、内通者の一人もいれば、簡単に逆手に取られてしまうのだろう。



 16時35分。


「ルームサービスです」



「あぁ、そういうことね」



 提督シャーロック・ゴーギャンは701号室にて襲撃を受け、

 左肩から腹部へかけて、7mm口径を6発被弾。


 ギリギリナオミたちへ

『頼んでいないルームサービスが来た』

 という連絡が間に合っていたため、トドメを刺されるまえに救援が間に合ったが。


 搬送された『一級品ブランド』にて、12時間近くに及ぶ治療を受けたものの、




 10月27日4時56分。

 45歳で脳死判定がくだされた。






 以上が、ナオミによって語られたという、当日の詳細な出来事である。


 なお、残された武断派は、あるいは矛を収め、あるいは抵抗を続けたが。

 統率を失い、コズロフ相手には抵抗できず、瓦解していったという。






「そう……。大変だったわね。月並みだけれど、そうとしか言葉が見つからないわ」

「お気遣い痛み入ります」


 いくら戦争が勝てば官軍、負ければ何にもならないと言えど。

 はっきり言って人道にもとる、あんまりな謀殺である。

 政治家なんて裏で何かしているもの、とまでは穿うがちすぎかもしれないが。

 こんなことを堂々やるのでは、国民からの支持など大丈夫か。他人ながら心配になるほど。


 そんな手段で知り合いを、ある種恩もある相手を殺されたシルビアだが。


 彼女が今回のことで、特別同盟を糾弾する声明を出すことはなかった。

 ガルシアの時のように、追悼や式典をすることもなかった。


 しかし、



 現在、国民にすらあまり知られていないが、実は


 皇国では10月26日を、こっそり『ビール忌』と定めていたりする。


 由来を知る者もほぼおらず催しもないので、存在しないようなものではあるが。






 しかし、こう言ってはなんだが。

 ゴーギャンの死を区切りとして、シルビア周りは少しのあいだ平和になっていた。

 亡命したナオミ周りの抗議が同盟からあったり、宇宙海賊討伐はあったが。


 特に取り立てて大きな戦闘・身の危険というものはなかった。


 そこかしこで凄惨な戦いがあったのだ。

 国内でも同盟でも、誰にもどこにも争う気力体力は残っていなかったのである。


 もちろん、だからといって暇だったわけではない。

 内政人事治安回復、国家の建て直し事業は継続。


 それらがケイやリータ、カークランドたちによって回せるようになっても、


「認可」

「認可」

「認可」

「うーん、ちょっと時間置いて考えましょ」


 承認するのは彼女の仕事。

 信頼できる人たちが、その専門性やセンスをいかんなく発揮しているのだ。

 基本的に『不認可』印の出番はないが、かといって


『んも〜リータが言ってるんだから1発OK♡ ちゅっちゅっ♡』


 なんて態度で臨んでは、他ならぬリータに


『1発アウト♡ ぶしゅっぶしゅっ♡』


 首筋へハルバードされてしまう。

 もうこの世界へ来て一年以上経つ『梓』だが、


「敷島さんも、大変だったのねぇ」


 生前の上司が今頃偲ばれる。

 あの頃の彼女は、企画を立案し、現場で動き回るエースであった。

 なので、オフィスにいる上司にダメ出しや『あーしろこーしろ』をくらうと正直


『あんたに何が分かるってんのよ! イケメン糸目になって出直してきなさい!』


 と、パワポを投げ付けたい物理超越欲求を抱くこともあったが。


 今この立場になって、


『現場にいないながら俯瞰し、企画者の意図や目的を汲み取り、実情とも比較し』

『そのうえで適切な判断や評価、修正を下さなければならない』


 ことが、いかに難しいか理解できる。


 そして、皇帝となった今になって感じることに、


「艦長だー方面派遣艦隊司令官だー元帥だーって出世してきたけど」


 シルビアの脳裏で、たくさんの人が微笑む。


「結局はずっと、上や下から支えられて。現場走り回るだけでいいようにしてもらってたのね」


 生きている人も、いなくなった人も浮かぶ。

 しかし、それはここ最近の悲しい面影ではなく、優しい思い出。


「ホント、忙しくしてるうちに傷は癒えるものね。葬式ってよくできてるわ」


 そんな感慨に浸っている彼女だが、



 実は今現在、執務室ではなく皇族専用のジェット機に乗っている。



 宰相や元帥によって『認可』というリモートでもできる業務が増えた現在、

 皇帝シルビアの目下の業務は巡幸となっている。


 自身が即位する以前から戦争や災害で被害を受け、復興中の星々や都市がある。

 それらを新しい為政者として慰問してまわるのだ。


 一応ケイも皇族・宰相として分担はしてくれている。

 彼女が不在の時はケイが、ケイが不在の時は彼女が。

 そうやって常にどちらかは帝都にいるシステムのため、いつもいつでもではないが、



「あぁ〜もう! 皇帝になったのに、全然リータとイチャイチャできないじゃない!」



 結局今も、現場走り回ってるのはそう変わらないらしい。



 こうしてシルビアの日々は、二度目の年末年始へと暮れていくのであった。

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