第282話 彼女の年末年始祭
2324年クリスマスから2325年正月にかけての年末年始祭。
これはシルビアが皇帝となって初めて行うものであり、
彼女にとっては、それ以上の感慨があるものだった。
何しろ、
「あれからもう、一年経つのね……」
シルビアはジェット機の窓から、眼下に広がる帝都の街を見た。
巡幸中にケイがいろいろ進めてくれているのだろう。
街中が旗や幟やらに彩られ、白昼の下鮮やかである。
「あれから、あの日々から」
あの日々。
シルビア、そして梓がこの世界へ来てからの人生。
振り返ればいくつもターニングポイントがある。
もちろん破滅ルートの入り口に舞い降りたこともそうだが、
その直後バーンズワースに巡り会えたこと。
ここから全てが始まっただろう。
リータと運命が重なり、カーチャとも縁を繋いでもらった。
同盟へ放逐されたことも、彼女の人生を大きく変えた。
ジャンカルラとの友情を不変のものとし、
アンヌ=マリーは掛け替えのない愛をもたらした。
彼女が皇帝となる夢に
『戦争の終結』
『平和をもたらす』
という理想を重ねたのも、同盟での日々のなかである。
多くの出来事が彼女の今へ至る指針を形成した。
その途中にあった多くの戦いに勝利したのも、
このターニングポイントのなかで出会った人々に助けられてのことである。
イベリア、ビッグ・シップ・プレス、二度の暗殺未遂、ステラステラ、
同盟への放逐と捕虜生活、St.ルーシェでのテロ、
第一次皇位継承戦争、ユースティティア戦役、第二次皇位継承戦争、
全て、出会った人々の助けがなければ、生き残ることはできなかっただろう。
シルビアの人生は、よいことも悲しいことも、全て出会いでできている。
であれば。
この時の出会いも、ターニングポイントとして欠かすことはできない。
それが、初めての年末年始祭である。
今宰相として彼女を大きく助けているケイもそう。
『悪役令嬢シルビア』としては長らくの付き合いでも、『梓』としては初めて。
運命が別れゆくこととなったクロエと友になったのもこの時。
彼女らもまた、シルビアの軌跡には欠かせない人物に違いない。
ゆえにシルビアにとってこの祭は、非常に思い出深い出来事の一つなのだ。
『皇帝として初めて執り行う』
という今やこれからのこと以上に、
ここに至るまでの大切なひと時として。
12月25日より始まった2324年の年末年始祭は、壮麗を極めたという。
彼女が皇国の支配者となって以来、式典は清貧を極め、宴は催されなかった。
例外など、内戦による戦死者の国葬くらいのものである。
全ては
『自分たちのせいで多くを失い傷付いた国民がいるのに、贅沢などできない』
という、政道としても個人の感情としても筋の通った方針からである。
それが今回をもって、大きく変えられた。
これについては、ケイが
“たしかに復興が終わったわけではない。『そろそろ禊ぎは済んだだろう』とも思わない。”
“しかし、今年に去っていった方々を送る意味で、国民に新しい時代を約束する意味で。”
“マイルストーンとなる、希望ある夜明けを示す必要があるだろう。”
“姉帝も私も、そこは認識を同じくしていた。”
と後年、自伝に書き残している。
また、後世の歴史家たちには
『ここまで元老院を粛清・制度を解体したり、国民感情のため宴席を自粛したり。シルビアは“貴族主義の廃絶”と見られかねない動きが目立った』
『しかし、実際に本人がそういう思想を持っていたかはさておき。現実問題、内乱後の新政権においては、彼らの協力なくして運営はままならない』
『ゆえに今回の祝祭は、締め付けた分の“宥和政策”だったのかもしれない』
と考察するものもいる。
が、一方で、
『民間企業などと組んで街中をペナントやイルミネーションで飾り付け』
『広場ではショーや音楽祭を主催し』
『パレードも行い、市井を賑やかせた』
ものの
『宮殿内での宴席は、例年どおり豪華な酒食が並びはしたが』
『管弦楽団など、華やかなものは街中へ放出したため』
『そういう意味では、絶対値として華美でも例年よりはやや質素と言えるだろうか』
という記録も残っているため、結局彼女の貴族との距離感はよく分からない。
国家としての年末年始祭はこんなところである。
では、シルビア個人はどうだったのかというと、
「皇国バンザーイ! 皇帝陛下バンザーイ!」
「ふぇ、へへ」
「お姉ちゃん笑い方気持ち悪い。もっとロイヤルな笑顔して」
「ちょっ、そんな言い方ないでしょ!?」
「では、皇国と陛下の、万世に渡る繁栄を願って! カンパーイ!」
「カンパーイ!」
「陛下! あなたこそは一度下々の世界に触れ、そこから昇り詰めた真の王者!」
「その経験と力で、我らをお導きください! 全ての臣民が陛下に期待しております!」
「私もあなたたちを頼りにしているわ。どうか来年も、私に力を貸してちょうだいね」
「シルビアさま、『おべっか使いやがって』って顔してます」
「昔はそれで大喜びだったのに、お姉ちゃんも変わったな」
「もったいないお言葉です陛下! もったいないついでで恐縮なのですが、このあと
「そう。是非伺わせていただくわ。何時からかしら?」
「本当でございますか!?」
「まさか本当に、陛下にいらしていただけるなんて! ハサネイン家末代までの栄誉でございます!」
「そう言ってもらえるのなら、私も来た甲斐があるというものだわ」
「なんと素晴らしいことか! 今夜は飲み明かしましょう! ロカンタン閣下も!」
「あ、未成年なんで」
「シルビアさま、起きて」
「ああぁ……寝させて……」
「朝から予定が目白押しですよ」
「今何時……」
「7時」
「3時間しか寝てないんだけど……」
「ご自身で入れた予定ですよ」
「二日酔いなの……」
「残念。朝から爆音マーチングバンドの鑑賞が入ってます」
「……リータおいで。一緒に昼まで寝ましょ」
「ふざけるな」
『死にそう』
『連日連夜パーティに出てるケイはバケモノ。ディーゼルエンジン積んでる』
『社交界の華ってバオバブかなんかだったのね』
という語録を量産していたことが、多くの人物によって書き残されている。
とにかく、
『早く終われ早く終われ』
と。
そんな、お盆に親戚が集まった家の人みたいなことを言い出すシルビア。
別に、それに応えるわけではなかろうが。
時間なんてのは過ぎていくものである。
彼女が苦しみつつも、年末年始を切り抜けた2325年1月7日。
早速戻りたくなるような、青天の霹靂がもたらされる。
「陛下っ! ケリュケイオン方面にて同盟軍に動きありっ!」
「なんですって!?」
「こちらへ侵攻してくる模様です!!」
そう、
「さて。卿も皇帝となった。数ヶ月掛けて軍備も整えた。ようやく休戦期間も明けたのだ。
年を跨いだ因縁に、決着をつけようではないか」
年末年始祭と言えば。
欠かすことのできないターニングポイントと言えば。
そのなかで出会い、互いの運命を大きく変えた男によって。
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