第283話 こいこい来るな来るな
「ええい! 持ち堪えられんのか! せめて撤退の時間稼ぎを!」
「ダメです! 支えきれません!」
「『
「脱出艇は!?」
「ありません!」
同盟軍動く。
その一報より4日後、1月11日19時57分。
同盟皇国両ケリュケイオン艦隊は衝突。
激闘の末、同盟軍が皇国艦隊旗艦を撃破。
指揮官カールソン上級大将を敗死させるなど、大戦果を上げた。
「提督! 我々の勝利です!」
歓声の上がる同盟艦隊旗艦『
しかし、
「……」
「提督? どうかなさいましたか?」
「いや」
勝利の立て役者、イワン・ヴァシリ・コズロフは、
「哀れな、と思っただけだ」
「は?」
ニヤリともしなかったという。
「連中は内戦で疲弊した、と言うが。その実態は、双方に味方せず静観を決め込んだ艦隊も多い」
「前皇后の手紙によるもの、と聞きますな」
そんな、全方面軍共通のゴールドのライン以外、ボトムスすら漆黒。
まるで皇国軍ケリュケイオン方面派遣艦隊のようなカラーリング。
原点回帰のような軍服で仁王立ちの指揮官の様子を。
副官エールリヒは、
右腕があったら、腕組みしていたのだろうな。
なんて頭の隅に浮かべながら、相槌を打つ。
「つまりやつらの多くは、ここで示さねばならんのだ。『あぁ新皇帝陛下! 私はあの時お味方しなかったが、決してあなたに逆心があるわけではない! 陛下の忠実なる
「それは、あるでしょうね」
「だから敵将カールソンは死んだ。本来なら指揮官は後方にあって、いざなれば逃げ出すことも一つであるものを。前線にて奮戦し、アピールをせねばならないゆえに」
「なるほど、哀れな」
真面目な副官が雑談に乗ってくる。
そのことにコズロフは状況を再確認する。
「副官」
「はっ」
「追撃戦の指揮は卿に任せる。オレは艦長室で事後の動きを練る」
「はっ! 承知いたしました!」
彼はそれだけ告げると、艦長席後ろのドアから艦橋をあとにする。
ハキハキと指示を飛ばす副官の声を背中で聞き、思わずニヤリと笑みを浮かべる。
勝ちが確定して、集中が切れたのではない。
かといって実は、頼もしい部下の働きに満足しているのでもない。
なんなら艦橋を去るのも、事後策を練るためだけではない。
彼はしばらく廊下を歩き、艦橋からも離れ周囲に誰もいないことを確認すると、
「くっくく……!」
壁に左の拳から肘までを沿わせ、肩を振るわせ、
「ふあっはっはっはっはっはっはっ!!」
知人が見たら似合わないと思うような高笑いを響かせる。
だから艦橋を出たのだ。
こんなもの、人には聞かせられない。
いや、何も聞かれたら恥ずかしいという話ではない。
「敵将が哀れだと!?」
ただ、
「一番哀れなのはなぁ!」
オレとシルビア・マチルダ・バーナードの因縁!
そこに巻き込まれる卿ら自身に他ならないぞ!
「……ふん」
こんな心理、知られるわけにはいかない。
「我ながら悪魔になったものだ。自分一人の妄執で、誰も彼も平気で地獄へ放り込むのだからな」
ひと通り吐き出したコズロフは、一転静かに自室へと向かった。
ケリュケイオン方面大敗。
この報せは同日中にシルビアへもたらされた。
その頃彼女は1日の業務を終え、自室にてリータとパジャマで花札に興じていた。
そこにカークランドが現れるわけであるから、最初こそムッとしてみせたが。
内容を聞けばすぐに
「そう。そう、ね。そうなるでしょうね」
静かに頷くばかりとなった。
その後、女性二人寝間着ということでカークランドは退散。
シルビアはリータと今後の対応を考えることに。
「ユースティティアまで追い掛けてきたくせに、今度はケリュケイオンとはね」
「好きな子がいなければ、他所の
「リータ。ケリュケイオンはどうなるかしら」
「艦隊決戦で敗れたうえに、指揮官が戦死したのです。組織的抵抗は見込めないでしょう」
「食い止めるには増援が必要ね。あ、取られた」
「はい青短」
お互いの顔はろくに見ず、花札をしながら。
まるでそれが戦場の地図かのように。
「うーん、結構点差ついたわね」
「まくるのはそこそこ骨ですよ?」
「なんのまだまだ」
二人で札を混ぜ、新たに初期位置へ配置しなおすと、
「大役決めればまだ目はあるわ」
シルビアが初手から『梅に赤短』を取る。
「四光とかですか」
「そうそう」
「へー」
対するリータは、
「あっ! ちょっ!」
「待ったなしですよ」
あっさり光札を取ってしまう。
「手痛いわねぇ」
「仕方ありません。容赦をしていては機を逸してしまいます」
「じゃあ対応は早くないと。で」
しかし、シルビアも負けてはいない。
即座に
「
柳の光札を取り、顔の隣へ掲げてみせる。
すると少女はため息一つ、
「いたらば元帥にはなりません」
「手札が精彩を欠いているわね」
「さっきの混ぜ方がよくなかったのでしょう。必要なものが、山札深くに埋まってしまった」
「……どのくらいいかれる?」
眉根を寄せて問うシルビアだが、
「まぁ、いくつかの基地は失陥するかもしれませんが。思ったより酷いことにはならないかも」
リータの方は、相手の手が動かないのを見て微笑む。
「どうして?」
「カークランド大将の報告では、どうやら味方も力戦した様子」
「そうね」
「であれば」
相槌の代わり。
手詰まりで引かれた山札すら、場札が取れない。
スカッた彼女が相手を窺うように顔を上げると、
少女はにっこり笑っている。
「向こうもそうそう、手が続かないと思いますよ」
これには皇帝も
「それもそうね」
手札を投げ捨て、少女の太ももへ頭を投げ出した。
しかし、
1月20日のことである。
西陽差し込む皇帝執務室。
シルビアがケリュケイオンの後任人事に関する書類へ目を通していた頃。
『陛下! 皇帝陛下!』
またしても、カークランドの大声が響く。
「……どうぞ」
いい気はしないが、今回はノックなしに乗り込まないだけ前回よりマシ。
そう考えてシルビアは入室を許可する。
「失礼します!」
「今度は何」
「はっ!」
カークランドは着帽敬礼すると、その姿勢のまま報告する。
「同盟軍バックス艦隊が前線基地を出発いたしました!」
「今度はバックスね……。でもたしかそこは、以前ゴーギャン閣下のお膝元だった艦隊。内戦にも参加して、疲弊していたはずよ。そこまで脅威になるとは」
「それが」
何よ、と言いたげな目を向ける彼女へ、カークランドは一瞬迷う表情をしたあと、
「敵艦隊に、『
申し上げにくそうに、声を絞り出した。
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