第284話 タクティクス・プロファイリング

 1月20日より始まったバックス侵攻。

 同盟艦隊は25日に皇国軍同方面派遣艦隊を撃破。

 2月2日に惑星スアデラを奪取した時点で、疲弊に伴いその足を止めた。






 2月17日。

 同盟軍プロセルピナ方面軍動くとの報あり。

 同時に『我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』の姿も確認される。

 こちらでは19日に両軍が衝突。

 ほぼ痛み分けに近いかたちで同盟軍が辛勝するも、その後の侵攻は断念、撤退。






 2月26日。

 同盟軍ユウェンタース方面軍が

 艦隊中核の一団に『我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』の











「まさかまさか、ね」


 相次ぐ報せを、シルビアは昼中の旧円卓の間で聞いていた。

 今や元老院は廃されたため、使われなくなった丸テーブルは撤去。

 ケイが回転するよう改造し、懇意の中国料理店へプレゼントしてしまった(後年彼女が亡くなった際に、国立皇族博物館へ寄贈されている)。


 そして今、空白となったスペースには、

 巨大で四角く分厚い、およそ宮殿の優美さからほど遠い液晶テーブルが鎮座している。


 映っているのは、皇国同盟両勢力の領宙が接する範囲を広範に捉えたもの。

 つまりは前線の地図である。


 皇国の祖たる宇宙海賊はいざ知らず。

 数代経て国家が安定・軍組織が成熟してからは、皇帝が軍事に携わることはなくなった。

 もちろん余計な口を出すことはあるが。


 とにかくそういう流れで、今まで宮殿内にこのような代物は配備されていなかった。


 それが今回、シルビアの肝入りで導入されたのである。

 これに関して歴史家たちは、


『このあたりは“さすが軍隊あがり”であり、“自ら戦い抜いて平和を導く”という彼女の思想が反映されている』

『事実、即位後3日で豪奢なドレスは脱ぎ捨て』

『特注のマントが表裏とも真っ赤な軍服に着替えている』


 とか、


『空いてしまったスペース、憎き元老院を感じる残滓。それらを塗り潰したかったのだろうが、軍人の彼女には他に思い付くセンスもなかった』


 いろいろ見たいように見ているが、



 まぁ彼女がこの『作戦司令室』を気に入っていたのは事実だろう。


「まさか、一方面の一提督、その枠組みを越えてくるとは、ね」


 シルビアはテーブルの四辺をなぞるように、周りをうろうろ回っている。

 ちなみに軍服にしたのは、単に慣れないドレスが邪魔でしかなかったからだが。


「あらゆる戦場を統括し、自由に戦略を練り、『同盟軍』を率いて戦う。言うなれば大都督とか大総統あたりでしょうか」


 逆にリータはというと、一辺に着いてじっと動かない。

 テーブルの縁に手をつき、『地図は正しい角度から正しく見るもの』という顔をしている。

 シルビアも最終的に、彼女を背後から包み込み被さるようにデスクへ手をつく。


「私だって元老院制度を破壊したけど、それは皇帝だからよ」

「それでもピーキーな政策ですけどね」

「そうよ。それだけ制度や指揮系統を破壊するのは大きいこと」


 彼女は画面を睨みつつ、少女の頭にあごを乗せる。


「それを、外様のコズロフ閣下が、ねぇ」

「まぁ、利害の一致でしょう」


 リータが脇の下から逃げようとするのを、シルビアは腕を狭めてホールドする。

 ぎゃあ! と短い悲鳴が上がる。


「今まで文民統制と謳いつつ、各方面軍の自主性と裁量権が強かった。今回評議会がまさったとはいえ、完全支配とはいかないでしょう」

「それを閣下が一手に掌握しているかぎりは、都合がいいと」

「です」

「にしても」


 画面ではあちこちで、敵艦隊を表す赤い三角、動きを示す赤い矢印が点滅している。


「こんなヤケクソみたいなゴン攻め、よく許可が降りるわね」

「まぁ今まで言うとおりに戦わないのが気に入らなかったわけですし」

「あとは、あれね。ある程度閣下の好きにさせる必要があるわよね。功労者だし、彼がヘソを曲げたら全部無駄になるし」

「それはあるでしょうね」


 一つの結論を導き出し、頷き合う二人だが。

 彼女らの仕事は、彼らを歴史家のようにプロファイリングすることではない。

 この状況を打開する策を練ることである。


 ここからは真面目な話、というように。

 シルビアもリータを開放し、隣に並ぶ。


「で、目下の問題は、侵攻にどう対応するか、ね」

「はい」

「あのイワン・ヴァシリ・コズロフに対抗しるだけの戦力を」


 彼女は改めて液晶を睨む。

 点在する三角の魚群。


「神出鬼没、とまでは言わないけれど。単なるカニ歩きで戦場を移すでもない彼の行き先へ、的確に、間に合うように」

「しかもリソースは限られています」


 リータはデスクから手を離し、腰へ遣って鼻からため息。


「何より軍事として致命的なのは、常にこちらが対応する側。イニシアチブを取られるということです」

「向こうは自由に動けるし、失敗した戦場は移ればいい。でも、こっちは一つ対応をミスするだけで被害の計算が立たない」

「です」

「どうしましょうか」

「どうしましょうね」


 ようやくマップから目を離し、腕を組んで向き合う二人。


「アプローチは」

「二つですね」

「『相手の行き先をコントロールするため、誘き寄せる』」

「『相手が神出鬼没であろうと、神速で間に合わせる』」

「脳筋じゃない」

「メンタリストかマジシャンですか?」


 ともすれば、ふざけ合っているような会話。

 そこから二人が導き出す答えは。






 その頃。

 実はもう一つ、同じことをしているコンビがあった。


 シルヴァヌス星域『地球圏同盟』領

 シルヴァヌス方面軍統帥府

 提督執務室。



「提督、我々はいかがしましょう」

「そうさなぁ」



 提督ジャンカルラ・カーディナルと、副官アラン・ラングレーである。

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