第285話 エモーショナル・プロファイリング

「まぁ結論から言うとだね」

「はっ」


 ジャンカルラはデスクの椅子に深く座り、足は組んでテーブルへ投げている。

 この体制だと腹部が床と平行に近くなるわけだが、

 彼女はその上に紙箱を載せ、手袋を脱ぎ、中からフライドチキンをつまみ出している。

 その腹部も、ナプキン一枚敷かれてはいない。

 その代わりかは知らないが、ジャケットもシャツも前が開かれた状態。

 紙箱は肌着であるモスグリーンのタンクトップに鎮座している。

 軍人の魂たるジャケットを汚さないよう、という配慮に見えなくもないが。

 おそらく10人見れば10人が『ズボラの着崩し』と答えるだろう。


 正直全軍人の模範となるべき提督の、しかも勤務中の態度は思えない有り様だが。

 隣でお手本のような立ち姿をしているラングレーは、まったく気にしない。

 どころかむしろ、好ましくすら思う。

 もちろん『命を預けるなら冷徹より人間味のある方が』というのもあるが。

 細やかさを欠く自覚ある彼個人としては、喜怒哀楽は態度に出る上司の方が楽なのだ。

 理不尽に自身へ向かないかぎりは。


 そんなことより何より、今副官が気にしているのは


「我々シルヴァヌスは動かないぞ」

「何故かお聞きしても?」


 自分たちの今後の動向である。

 一つの判断、一挙一動。

 それが運命を大きく分けることを、ここ最近嫌というほど見聞きしているのだから。


「何故、と?」


 それでいえば、今の返事一つで彼の人生がデッドエンドに切り替わりはしないだろう。

 しかし多少は頭をよぎってしまいそうな。

 鋭い眼光が、真深い軍帽のひさしの陰から覗く。


「質問に質問で返す、というのは本意じゃないがね。逆に何故問う?」


 かつては、それこそシルビアと初めてあった頃なんかは

『童顔』

『ベビーフェイス』

 と軍広報誌にも書き立てられたジャンカルラだが。


 少しまえから、顔立ちが変わったようにも思える。

 未だ外さない、喪章がそうさせているかのように。


 だが今は、自称他称ともイケメンになった上官の成長を喜んでいる場合ではない。


「はっ。おそれながら。今同盟軍は全体としてコズロフ提督による攻勢に出ております。はっきり言って立ち場の怪しい我々は、これに積極参加し」

「疑念を払拭すべき、と?」

「おっしゃるとおりです。あなたはゴーギャン派で親バーナードの二重苦だ」

「なるほど」


 呟き一つ、彼女の口から骨が生える。

 軟骨さえ残っていたら、そのまま標本に使えそうな腰骨。

 ジャンカルラはそれをテーブルの上に投げつつ(こちらにはティッシュが敷かれている)、


「三重苦にはなりたくないだろう?」

「は?」


 副官へ向けて笑う。


「そもそも、どうしてコズロフ閣下がこんな攻勢に出ていると思う?」

「それは、やはり皇国に少しでも打撃を与えるためでは」

「そのための多方面侵攻だと? 君、どの部位が欲しい?」

「はい。足をいただけますと」


 チキンを受け取るラングレーだが、まだ手を付けない。

 話の途中である。


「でもそれなら、同時多発的に攻めた方がいい。というよりは、ディレイを入れる意味はないと思わないかい?」

「たしかに」

「だが現に彼はそうした。一斉に仕掛ければ、物理的に手を回らなくさせ心理的圧迫もグッド。このメリットを捨ててまで、何を求めたのだろう」

「それは」


 ラングレーはあごへ手を遣ろうとして引っ込める。

 危うくヒゲの剃り跡にフライドチキンをぶつけるところだった。

 彼には髪に香油を塗る趣味すらないというのに。


「全ての戦場の指揮を、デスクで統括ではなく自身で直接執りたいから、では? やはりです。信用していない方面軍が多いのでは」

「そう、そのとおり。彼は自分一人で全てを戦いたい。だけど」


 ジャンカルラは次のチキンを手に取る。部位はあばら

 ラングレーは残った手羽先が自分のものになるのを感じていた。

 彼女が手羽は『食べづらい』と好まないのをよく知っている。

 肋は喜んで食べるくせに


「理由が違う」

「他に何かあると?」

「そう。これは彼のアピールなんだ」


 骨を気にする人とは思えないほどの豪快な一口。

 衣が景気よい音を立てる。

 さぞかし調理人も揚げた甲斐があるだろう。聞かせてやりたい。


「評議会へのですか?」


 副官の問いに、彼女は咀嚼と嚥下が終わるのを待ってから、


「いや」


 チキンを指し棒のように振って答える。行儀がいいのか悪いのか。



「シルビアへのだ」



「新皇帝へ、ですか?」

「そうとも」


 理解が及ばないラングレーは半歩前へ。

 決して彼も、両者のあいだにある因縁を知らぬわけではない。

 むしろ、知っているからこそ、


「今さらなんのアピールですか。『即位して浮かれているようだが、オレのことを忘れていないか?』とでも?」

「そんな乙女だったら、僕ももう少し協力的になってやってもいいなぁ」


 ラングレーはいたって真面目だが、ジャンカルラは笑ってしまった。


「お互い不倶戴天の敵であることは、嫌と言うほど知っていることでしょう」

「でも彼は、シルビアの夢を知らなかった」


 しかしその笑顔が、一瞬で真顔になる。


「夢」

「そう、夢。コズロフはこのまえ、初めて知ったんだろう。ゴーギャン閣下宛ての手紙で、あいつのゴールが『戦争の終結』であると」


 その話はラングレーも知っている。

 他ならぬ彼の上官が、常々語っているのだから。


「だから彼は見せつけてるんだ。己の手によって、どんどん戦火が拡大していくのも」

「……嫌がらせですか?」

「はっはっはっ! だからコズロフは乙女かっての! まぁ嫌がらせはものらしいが」


 ジャンカルラは愉快そうに、肋骨に付いた肉を貪る。



「誘き出すんだよ、シルビアを。皇帝となって戦場を離れてしまったからね。人手不足にしたうえで、『オレを殺さぬかぎり平和は来ないぞ』と吠えている」



「なんという」


 悍ましい執念か。地獄の死神のような。

 言葉もない常識人な副官に、『赤鬼』は笑う。


「だから、勝手に動いて邪魔をしちゃ、恨みを買ってしまうだろう? 男の嫉妬は怖いらしいぞ?」


 たしかにそれは、三重苦のなかでも一番重そうだ


 そう思うラングレーであった。

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