第262話 殉教者の磔刑
「わああああ!」
弾丸は門の鉄格子に当たって甲高いを撒き散らす。
それだけでも精神を削られるような恐怖があるというのに、跳弾が足元へ来たりする。
バリケード側へ逃げていなければ危ないところだった。
「少し時間をかけすぎたみたいですね……!」
音を聞き付けたか、それとも門の防衛部隊が早めに増援を呼んだか。
銃声の切れ間にシャオメイは顔を覗かせると、
素早いおかわりにすぐ引っ込む。
新手が来たようである。
「ど、どうしよう!?」
慌てるノーマンに彼女は微笑み掛ける。
「心配ありません。出口は我々の背後。出るだけです。いいですか?」
シャオメイは門を指差す。
「今の射撃で、敵がわざわざ錠前を破壊してくれました。あとは目立たぬよう近付き、そっと開いて抜け出すだけです」
それから彼女は、アサルトライフルを握る手に力を込める。
「ですので、お三方は這って門まで行ってください。私が注意を引きますので、大きく頭を上げなければバレません」
その発言を見逃さないのはクロエである。
「それじゃあメイメイは!?」
「私はすぐに追い付きます」
「でも!」
しかしそれを
「大丈夫です。さっきのを見ていたでしょう? メイメイはできる子なのです」
相手の頭を撫でようとして、返り血まみれの手を引っ込める。
「倒してこいと言われたら困りますが。足止めくらいなら、ね」
それから、クロエ越しにカタリナと目を合わせ頷き合うと、
「行ってください!」
シャオメイはバリケードの向こうへグレネードを投げる。
直後激しい銃声が響き渡るのを合図に、3人は門へと急いだ。
分隊長から回収したグレネードもスモーク以外が尽きると、彼女はライフル2丁に。
下手にスモークを焚くと『逃げに入った』と思われ門へ射撃が向く。
かといって派手さがが足りなければ注意は引けない。
そもそも詰めてこられては防げない。
必死の弾幕である。
それが功を奏したか。
いや、元々そんな距離はないのだ。
残りの乏しいマガジンを換装する合間に、後方を確認すると、
門はわずかに開いており、すでに3人はその向こうにいた。
クロエが四つん這いでこっちを向いており、早く来るようジェスチャーしている。
対してシャオメイは先に行くよう返すとともに、塀の陰に入って射線を切る指示する。
カタリナが頷いて二人を物陰へ引っ張り込むのを確認すると、もう少し時間稼ぎ。
と、彼女が正面に振り返ったところで、
コン、とバリケードの向こう側に、何かが当たる音がする。
向こうからのグレネードか!
しかしそれなら、バリケードでじゅうぶん防げる。
が、続いたのは金属片が飛び散るような音ではなく、
「スモーク! 詰めてくる気か!」
おそらく自分と同じように、真正面からは突っ込まない。
左右の植え込みへ向けて、残弾を使い切る勢いで弾幕を張るシャオメイだが、
相手の思惑は違った。
「スモーク、効いています」
「よし、ならば対応できるまい」
新手の分隊長が手を挙げると、
出てきたのはバズーカ砲装備の兵士。
「手間は掛けてられんからな! 陣地ごと吹っ飛ばしてやれ!」
「
「よし、やれ!」
合図で引き金に力が加えられ、強力な
門を抜ければすぐに大通りである。
そこに敵の指揮所となる大型トラックでも止まっていたら困りものだったが。
目立つことをして警察を呼ばれたくなかったのだろう。
そういったものは敷地内に乗り込んでおり、フリーパス状態だった。
最近は治安が悪いので、銃声でむしろ野次馬の姿もない。
「おーい!」
クロエが車道まで出て、大きく手を振ると、
右手にある交差点の陰から、一台のワンボックスが飛び出してきた。
「あれでしょうか!」
「やった!」
ひとまずは安心。
「あとは!」
彼女が振り返った瞬間、
門のあたりで爆炎が舞い上がった。
「きゃっ!」
「うわぁ!」
まず反射的に頭を庇い、それから風しか吹いてこないことを悟ると。
衝撃でフリーズした脳を少しずつ再起動し、彼女はポツリと呟いた。
「メイメイ?」
「あっ、くっ……、かはっ……、うっ」
バリケードに使われていた木材や土嚢の布が燃える。
放置していた死体の装備が引火している。
「しまった……なぁ」
鉄格子の手前まで吹っ飛ばされ地面に転がるシャオメイの周囲は、火の海である。
頭を強く打ったか、どうにもぼやける視界で後方を確認すると、
そこではクロエたちがこちらを向いている。
迎えの車はまだギリギリ来ていないようだ。
もう少し、時間稼ぎか。
彼女は残っていたスモークグレネードを、ありったけ撒く。
おそらく敵は、煙が晴れてから詰めてくるはずだから。
それからシャオメイはゆっくり立ちあがろうとして、
「うっくっ!」
左の太ももに強い痛みを感じた。
そこには注視するまでもなく、大きな木片が突き刺さっている。
「……あーあ」
彼女はそれを、
「うっ、ああっ!」
思いきり引き抜くと、門の鉄格子をつかんで無理矢理立ち上がる。
ちょうど門を背にして立ち塞がるポジション。
そこから腰のエプロン紐を解き、南京錠代わり。左右の観音開きを絡めて固定するように結びなおす。
それが終わると、次は自身の太ももへ手を遣る。
動脈をやられたのか、溢れ出る血を掬っては結び目へ、掬っては結び目へ。
結び目というものは、濡れると途端に強固に、解けにくくなる。
とにかく彼女は血で塗り固めるように、同じ行為を繰り返す。
そうしているうちに、だんだんスモークが晴れてくる。
すると、震える両腕を精一杯広げ、
意地でも開かせるものかと、門を押し付け合うようにつかんで立つ。
あるいは、もう立っていられない体を門へ磔にするように。
最後にもう一度だけ、後方を確認すると、
車は今来たところらしい。
カタリナが引き戸を開ける傍ら、クロエはこちらへ手を伸ばしている。
自分が見ているということは、相手からも見えているということ。
「ごめん、なさい、ね……」
メイメイ! と聞こえた気がした。
しかしシャオメイは振り切るように、前方へ視線を戻す。
もうスモークは晴れ切っている。
こちらへアサルトライフルを向けた集団が近付いてくるのがよく見える。
「ふふ、遅かったじゃない」
スモークが晴れたあと、分隊の目に飛び込んできたのは。
予想していたバズーカによる決着ではなく、
「隊長! あいつ、生きています! 立ってる!」
「女!?」
「子どもか!?」
「よく見ろメイドだぞ!」
「分隊!」
少なからず動揺する部下たちを、隊長は
「撃て」
強権的に塗り潰し、自身も人差し指に力を込めた。
殺到する弾丸の
ボロボロの防弾ジャケットを突き破り、一人の小柄な体に突き刺さる。
激しい痛みも数発で感じる余裕を失い、激しい音で自身の呻きも聞こえない。
シャオメイは一瞬で閉じゆく意識のなか、
「メイメイ!!」
今度こそ明確に、自身を呼ぶ声が聞こえて
「やめーっ!」
分隊長は、自身の号令で射撃を停止させると、
「おい」
「はっ」
「さっきはおまえら、女だメイドだ言ってたけどよ」
門を見つめて、静かに呟いた。
「ありゃあ、『戦士の鑑』ってんだ」
主人の声へ応えるように。
なお鉄格子を強く握り締め立ったまま
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