第261話 悪来梅梅

 グレネードは放物線を描き、


「ん?」

「おい、あれ!」

「マジかっ!」


 襲撃者の足元を転がったかと思うと、



 まるで爆竹を強化したような、スチール缶を破裂させたような。

 クロエたちが抱く『爆弾』のイメージより、一段高い音が響く。



 一瞬遅れて2、3人の襲撃者が地面に転がるのと同時に、



「走って!」



 シャオメイがアサルトライフルの弾丸をばら撒く。

 仕留めたかは不正確ながら、また4、5人が倒れる。

 それを見た残りがバリケードの後ろへ避難するのを見て、彼女も物陰から飛び出す。


「なんだ! どこからだ!」

「あっ! あの女か!?」

「メイド!?」

「知るか! 撃て撃て!」


 VIP用の広い車道を横切るように走るフルメタル・メイド。

 しかし相手は混乱と退避でワンテンポ対応が遅れたため、


「あっ、あっ、当たっ、当たっ」

「クロエさま、見ていないで早くお進みください」

「あっ、あっ、あっ! やった!」


 なんとか銃撃を受けることなく、対岸の建物の陰まで走り抜けた。






「ふう」


 一時的に安全な場所へ身を隠し、一息つくシャオメイだが。

 だからといって、ゆっくり休んでいる場合ではない。

 まだ数人がバリケードの向こうで門を固めている。


 両陛下一行はその近くで潜伏している。

 他にも、今は爆発音と銃声でこちらへ向かってくる部隊もいるだろう。


 むしろここからが急がねばならない。

 彼女はもう一度だけ深呼吸をすると、太ももへ手を伸ばす。






「女一人が! 来るなら来てみろ!」


 襲撃者側、傭兵部隊。

 バリケードの裏で門警備の分隊長が呟く。

 その隣のバリケードで若い部下が声を上げる。


「隊長! むしろこっちから詰めてやりましょう!」

「やめとけ!」


 しかし彼はその意見を素早く退しりぞけた。

 気のはやった方が負けるというのはある。

 が、それより、


「見ろ、やられた連中を」

「へ?」



 土嚢を積んだ向こうでは、


「うぐぅぅぁぁ……」


 呻き声がする。



「あのメイド、あの動きの中で正確に7人持っていきやがった。グレネードで吹っ飛ばしたやつにも確実にトドメを刺した。なのに」

「ぐうぅぅ……」

「一人だけわざと生かしてやがる。オレらを救助におびき出して、そこを狙うつもりだ」

「なんちゅう……」

「そこらのジャンキーと違って正規の軍人。それも狙撃手とか、戦場でもガチの殺し屋のやり口だ。ナメて掛かるな」


 なんなら彼とて、部下のことは今すぐにでも救ってやりたい。

 止血も痛み止めも、早いに越したことはない。

 が、そうもいかないのだ。


「何よりオレらは数で有利、防衛側で有利。やつを突破させなきゃ勝ちで有利。それを捨ててまで前に出る理由なんざねぇよ」


 その判断は何一つ間違っていない。


 だからこそ、相手からも『引っ込む』ことは予想できてしまう。



「隊長、なんか飛んできます!」



「またグレネードか!? 伏せろっ!」


 対策に対する寄せ手側の対策は、


「うおっ!?」

「隊長! こいつは!」



「スモークか!!」



 何もグレネードは散弾や火炎瓶ばかりではないのである。

 バリケードの手前で、真っ白な煙幕が吹き上がる。


「くそっ! 詰めてくるぞっ!」


 完全に後手に回らされている。

 防御を選びはしたが、これ以上受けに回っていてはマズい。


「前に出させるな!!」


 傭兵たちはシャオメイが潜んでいるあたりへ制圧射撃を仕掛ける。






 殺到する大量のライフル弾。

 防弾ジャケットもヘルメットも、あんなの相手にはもない。


 が。

 彼らが狙う場所にも、真っ直ぐ突っ込んでくるだろうと弾幕を張った射線上にも。


 シャオメイの姿はすでにない。


 彼女は今、クロエたちと同じ。

 通るのは対岸だが、植え込みの陰を進み、回り込むように接近している。

 そのまま、






「くそっ!」


 とにかく制圧射撃を繰り返していた分隊長だが、


「んあっ」


 マガジンを撃ち尽くし、次を取ろうと腰に手を伸ばしたところで我に返る。


 もう残り二つか!

 これ以上はムダ撃ちするもんじゃねぇ!


 弾丸とて使ってこそ。必要な場面で出し惜しみするものではないが。

 それでもスモークで何も見えないなかへバラ撒くのは、少し浪費の感が拭えない。


 どうしたものかと考えつつ、彼がマガジンを換装していると、


「ん?」


 自分が発砲しなくなった瞬間、銃声がピタリと止んだ。

 もしや部下たちは一足先に同じ発想にいたり、銃弾の節約に入ったのだろうか。


 いや、それなら敵サイドからの射撃はいまだに行われるはずである。


「弾切れか……仕留めたのか?」


 少しの希望を抱いた男。

 それを肯定するかのように、天は立ち込めるスモークを払いたまう。

 鮮明になり、恵みの光を受容する網膜に映った答え合わせは、


「あ? あ!?」



 その光を後光のように受け、音もなく目の前に立っている、血まみれのメイドだった。



「ひいっ!?」


 銃声が絶えたわけである。

 別のバリケードにいた部下たちは皆、血溜まりの中に伏せており、


 気付けなかったわけである。

 女の返り血まみれの右手には、血をしたたらせた銃剣バヨネットが握られている。


 ふっと現れ、命を奪う音もない。

 戦場の殺し屋どころか、純粋な殺し屋仕草。


「わああ!!」


 男が新品のマガジンに仕事をさせるより先に、


 時代劇のような効果音もなく、静かに金属が肉へ押し入った。






「片付きましたよ。もう出てきても大丈夫です」


 シャオメイが植え込みに向かって声を掛けると、


「……」

「……」

「……」


 両陛下とカタリナは、顔だけ出して固まっている。


「早く。いつ追っ手が来るか分からないんですから」

「メイメイ」

「あなたは……」


 一度同じような修羅場を潜り抜けたとはいえ、彼女らは高貴なる人々である。

 血生臭い現場に慣れてなどいないし、あまつさえ目の前で殺戮など起きたら。

 それを引き起こしたのが、童顔なメイドなどと。


 しかし、状況は納得や理解を待ってなどくれない。


「早く!」


 念押しで急かされると、彼女らもそれ以上は何も言わず、素直に門へ急ぐ。

 あとはこの鉄格子の両開きの先へ出て、協力者と落ち合うだけだが、


「あら、南京錠が掛かってるわ」

「侵入者のくせに律儀な」

「『逃がさない』という彼らの目的を考えれば、妥当ではございますが」


 すっとは行かせてくれないらしい。


「鍵は、もしかしての誰かが?」


 ノーマンが後ろの襲撃者だったものを振り返ると、


「いえ、きっと壁から乗り越えてきたのよ」


 クロエが死体漁りは嫌だとばかりに否定する。

 なのでシャオメイが、


「仕方ありません。破壊します。危ないから離れて」


 と錠前にライフルを向けようとしたその時、

 彼女は勢いよく振り返り、



「伏せて!」



「えっ」


 両陛下が反応するより先に、カタリナがクロエを、シャオメイがノーマンを。

 それぞれバリケードの陰へ引き倒すと、



 瞬間、凄まじい量の弾丸が、4人の頭上を通過した。

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