第313話 戦士たちと運命の聖女
「艦隊、被害甚大です!! これ以上耐えられません!」
「『
「おのれっ!!」
『
コズロフはデスクに拳を落として吠えた。
単純な有利不利はもちろん、
『ひっくり返される不快感』
『勝利が手からすり抜ける感覚』
というのは、何重にも増して腹立たしい。
しかし、
「閣下! 撤退いたしましょう! もう勝ち目はありません!」
「まだ負けてはいない!!」
彼はまだ諦めてはいない。
その目に宿る戦意が、そのまま飛び出したような叱咤を観測手へ飛ばす。
「やつを! シルビアさえ討てば、我々の勝利なのだ!!」
実際にそうしたとて、すぐリータによって仇討ちがなされるだろう。
十中八九生きては帰れない。
それでも、関係ないのだ。
怨敵さえ討てれば、コズロフという精神と人生においてこの上ない勝利であり、
両指揮官が
右翼は拮抗、中軍は共倒れ、しかし左翼はジャンカルラが敵を蹂躙。
負け惜しみでもなんでもない事実として、この戦場は同盟の勝利となる。
ひいては、この戦争は『地球圏同盟』の勝利となる。
「やつとて脚の効かん死に体だ! 飛べない蚊を叩き殺すのに、なんの難しさがある!」
彼は勢いよく立ち上がると同時に
もうすでに砲撃のインターバルは明けているのだ
高らかに殺意を宣言する。
「
「砲撃、来ますっ!」
一転『
こちらもインターバルは明けている。
しかしリータと無駄話をしていたせいだろうか。
西部劇のような早撃ち勝負に出遅れてしまっていた。
当然今の『
だが、
「前進しなさい! 目標、『
シルビアはまったく動じていない。
気持ちで引いてはいけない、というような精神論ではない。
マフラーを巻いてご加護を感じる信仰心でもない。
ただ、
「
「閣下! 左舷より砲撃が!!」
「何っ? うおおおお!!」
「シルビアさま! 今ですっ!」
ただ、確信している。
仲間を。
私たちは勝つ、ということを。
『
『
当然『
その衝撃と揺れによって、シルビアを狙った砲口は大きく照準をずらしてしまう。
艦橋の耳元をすり抜けていく緑の閃光。
もはや目で追うこともなく、彼女は声を張り上げる。
「もっと! もっとよ! もっと近付きなさい! 短剣で心臓を抉り取れる距離まで! こちらの砲撃は確実に当てるわよ!!」
一心同体となったクルーたちも声を張り上げる。
「機関全速! 突貫します!!」
「
彼女たちは一つの火の玉である。
各員が燃え尽きる流れ星のような突撃に備え、シートベルトを締めるなか、
逆にシルビアは最上段の艦長席を降り、最前列でモニターへ齧り付く。
「艦体、被害甚大! 損傷60パーセント超過!」
「機動力大幅に低下! 戦闘及び航行にも支障大!」
「機関部被害甚大! エネルギーゲイン大幅に低下! 砲撃インターバル、大幅に増加!」
「閣下!」
「黙れぃ!!」
方々での被弾と艦内火災が伝わってきているのだろう。
真っ赤なハザードランプだけでなく、実際の温度も高い『
振り返った副官が何か進言するまえから遮るコズロフだが、
「いえ! 黙りません! もう本艦では『
「否! 否だ! エールリヒ!!」
命令を無視しての忠言を返され、
「相手も脚が遅いのは同じこと! 今さら脱出するよりは、まだ砲撃のインターバルが明ける方が早い! そちらに賭ける! まだ抵抗はできるのだ!!」
それをさらに熱い、もはや自身を燃やして融解する闘志で塗り潰す。
「総員! 誇り高き戦士であるなら狼狽えるな! どっしり構えて、正面からやつらの眉間を叩き割れ!」
そうは言いつつ、デスクに乗り出し前のめりになる。
睨み付けるモニターの中では、そのやつが徐々に姿を大きくする。
コズロフは自身が引き金を握っているかのように左手を震わせながら、
敵艦の艦橋。
内側ではモニターだが、カメラがやられた時も外が見えるよう強化ガラス張りの面。
その向こう。
いるであろうシルビアの眉間を狙い澄ますように。
深い妄執を抱いているがゆえに。
彼には分かる。
とっくにインターバルが明けているはずの相手が撃ってこないのは、
確実に殺せる間合いで、空振りせずに仕留めるため。
「砲撃のエネルギー充填率は!」
「現状で57パーセント!」
「よし!」
であれば、向こうはもっともっと近付いてくるはず。
「至近距離であれば80、いや70もあればじゅうぶんだ! そしてやつは、その間合いまでは確実に来る!」
歴戦のコズロフには肌感覚で分かる。
『
このペースなら、70パーセント充填まで22、21、20、19……
もらった!
モニターに映るガラス張りを睨む目が血走る。
しかしそんなこと、コズロフ以外にも分かっている者はいる。
それは
「シルビアさま!? 何故撃たない!! 早く!!」
リータであったり、
「いつ向こうのインターバルが明けるとも限らないぞ!」
カークランドであったり、
「陛下! これ以上は危険です!」
『
しかし、当の一番重要な人物、
「まだよ! まだ!」
シルビア自身がそれを踏み越える。
「我々が断つのは、この人類史に長く横たわった! 多くの人の血を吸った! この戦争、この運命よ!!」
だが、彼女が理想の刃を振るうより一歩早く、
「間もなく充填率70パーセント!」
「よぉし! 合図をしたら撃て!」
やはり運命は執念深く、コズロフの味方をする。
さぁ! この因縁に決着を付けるぞ!
興奮に総毛立つ彼は、残りの数秒が異様に長く感じられた。
なのでそのあいだ、これで見納めになるだろう人生を懸けた女の顔を、
まぁ見えはしないだろうと思いつつ、モニターを睨んでいると。
映る艦橋のガラスの向こう、艦長席ではなく最前列へ乗り出した位置へ、
うっすらボヤけた低画質で、
マフラーを巻いた女が見えた。
「ドルレアン!!」
コズロフがある女の姿を幻視、
あるいは敵の、守護聖女の姿を目にしたその時、
「コズロフーッ!!」
さすがに彼女から相手は見えていないだろう。
それでもシルビアたちも、じゅうぶんな距離に捉えていた。
手を伸ばせば届くところに
敵を
未来を
平和を
「長かった」
ここまで近付くのに、たくさんのことがあった。
2年近く掛かった。
幾度となく命を狙われ、危機に陥った。
リータ、バーンズワース、イルミ、カーチャ、シロナ
ジャンカルラ、アンヌ=マリー
クロエ、ケイ
多くの人と出会い、大切なものをもらい、助けられてきた。
多くの人と出会い、失った。
その全てを乗り越え、
「本当に長かった!」
ようやく、その瞬間に立っている。
今、湧き上がる全ての想いを込めて
さようなら
「
「閣下!?」
「あぁ」
脳裏に蘇ったアンヌ=マリー。
それがコズロフの意識を引っ張り、
砲撃の号令を忘れさせた。
なにしろコズロフの因縁を、シルビアからも決定付けさせた人であり
シルビアを救うためであろうが、コズロフの命を救った人であり
「そうか、ドルレアン。オレは、卿に救われた命を、必ずや意味あるものに果たさねばと思っていたが」
しかし、思えばそれゆえに、彼をもう引き返せなくした人であり
言ってしまえば、この長きにわたる悲劇の遠因となってしまった人であり
それでも二人の魂を、憎しみと争いから救われると信じて遺した人である。
なのに
「それが卿の、あなたの願いや死に様を、穢してしまっていたのだろうか」
「閣下ぁ!!」
副官の叫びと、徐々にモニターを埋め尽くす緑の閃光に、コズロフも我に返る。
しかしそれは、知らぬ間に忘れ得ぬものとなっていた聖女から戦場へ、ではなく
「何をやっているのだろうな、オレは」
目に焼き付いたマフラーの女性の残像と、新たに意識を焼く光。
彼にはそれが、後光とともに迎えに来た聖女に見えて
2325年7月14日16時17分
戦艦『
イワン・ヴァシリ・コズロフ 30歳
シルヴァヌス・コーンスス宙域、コズロフ戦役:シルヴァヌス決戦にて
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