第314話 戦禍を背負う娘
「『
「!」
「轟沈です!!」
この報せが『
「特務提督閣下は!?」
「連絡なし! 中軍より『脱出艇確認されず』!」
観測手から通信手へ。
報告のリレーに副官も挟まる。
「提督、これは」
「うん」
頷き合うジャンカルラとラングレー。そこに通信手が回答を差し出す。
「
「……そうか」
仁王立ちの彼女は組んでいた両腕を解くと、そっとデスクに下ろした。
それから、ゆっくり大きく、鼻から息を吸う。
頭に酸素が巡ったからか、さまざまな想いや記憶が去来する。
アンヌ=マリー。
『君の仇を』なんて言ったって喜ばないだろうから、こう言うよ。
シルビアが、やったよ。
やったんだ。ついにやったんだよ。
ぎゅっと、左腕の喪章を握り締めると、
──
「あ」
「提督?」
それは彼女の脳が、記憶にある音を頼りに作り出したものかもしれない。
しかし、『人は声から忘れていく』という。
あれからちょうど一年なのだ。
それにしては、我ながら少し震える吐息の混ぜ方まで完璧な再現
温もりのある声。
その響きを忘れないように、
「
ジャンカルラも小さく繰り返す。
だが、現実は聖女のように優しくはない。
「閣下! 本艦はいかがいたしましょう! 艦隊は! 同盟軍は!!」
絵本のように、パタンと閉じれば物語が終わるものではない。
彼女自身がよく知るように、戦争には四つの時代があるのだ。
「分かっている。分かっているよ、アンヌ=マリー。まだ終わりじゃない。むしろここからが、やること山積みなんだ」
ジャンカルラは呟くと、鼻から息を抜き、デスクと喪章から手を離し背筋を伸ばす。
すると、肺から温かい空気が抜けて。
思い出や、背に寄り添っていた誰かの感覚が、『またあとで』というように消え去る。
「全艦隊へ回線繋げ」
「はっ!」
デスクの受話器を手に取ると、今度は口で深呼吸をする。
「艦隊傾注。こちらは『
クルーたちが彼女をじっと見つめている。
今きっと、多くの艦でスピーカーに対し同じことが起きているだろう。
「残念だが、コズロフ特務提督は戦死なされた。ニーマイヤー提督も『
その視線は彼女に縋るものである。
「よってこれより、『
であれば、背負わなければならない。
きっとアンヌ=マリーも、偲んでくれるよりそちらを望んでいる。
「重ねて残念だが、諸君らも察しているとおり、この戦闘は我々の敗北だ」
クルーたちの前で、初めてはっきり言葉にしたが。
誰も悲嘆の声までは上げなかった。
皆、ジャンカルラを信じているから。
だからその声でなら、事実として受け入れられたのだろう。
彼女はまた一つ、上に立つということを知った気がした。
「よって継戦は不利であり無意味である」
ここまでは静かに、諭すように語ったジャンカルラだが。
アンヌ=マリーのような穏やかさで人を包み込んでいたが。
ここからは別である。
人が生きるには安らぎと同じように、熱量も必要なのだ。
「ただちに作戦は変更! 包囲撃滅を中止し、撤退戦に入る!」
声を張り上げてみせると、こちらを見つめる顔にも力が籠る。
「中軍は即座に右翼艦隊へ合流せよ! 我々左翼はこのまま敵中を横断、突破して合流する! 右翼に関しては、そのあいだだけでも持ち堪えてくれ!」
「はっ!!」
即座にラングレー初め、クルーたちが威勢のよい声を返す。
「待つ方も、迎える方も! ここからが過酷な戦いだ!! 気合いを入れろ!!」
それをさらに塗りつぶすような大音声。
やはり彼女にはこちらの方が性に合っている。
誰より自身を鼓舞し、
そこに声を掛けられるのは、やはりラングレーしかいない。
「また『過酷な戦い』ですか。しかも、このコーンススで」
「そうさ、またなのさ」
彼女は振り返ってニヤリと笑う。
相変わらず、はっきり言って『目が死んでいる』感じの彼女だが、
「それだけじゃない。ステラステラでもそうだった。またなのさ。いつもこんなのばっかりだ」
「ですな」
「喜べよ」
これほど獰猛な眉と口の角度があろうか。
「こと過酷な負け
「何せ、必ず生きて帰っているのですからな」
その全てに付き合ってきた副官も、自信たっぷりに頷く。
そんな全員の希望を力に変えて、ジャンカルラは吠える。
「さぁ! 最後の最後! 今こそ『戦う時代』を戦い尽くすぞ!!」
この後の戦闘は、指揮官戦死により決着したあととは思えないほどだったという。
同盟軍左翼艦隊は皇国軍右翼艦隊を撃退。
そのまま中軍は包囲することなくスルー。
皇国軍左翼の右側面を強襲。
多大な被害を受けつつも甚大な被害を与え、味方右翼艦隊との合流に成功した。
その異名どおり鬼気迫る突撃に、皇国軍左翼指揮官テレサ・マツモト中将は
「もう『泣いた赤鬼』で感動できなくなったわ」
と溢したという。
こうして『地球圏同盟』軍は17時8分、戦場を離脱。
これをもって『コズロフ戦役:シルヴァヌス決戦』及び『コズロフ戦役』は
完全に終結した。
戦闘詳報
皇国軍艦隊
中央艦隊:1,386隻
損害:轟沈384隻/大破・航行不能88隻 計472隻
残存:914隻
左翼艦隊:960隻
損害:轟沈242隻/大破・航行不能123隻 計365隻
残存:595隻
右翼艦隊:929隻
損害:轟沈576隻/大破・航行不能56隻 計632隻
残存:297隻
総勢:3,275隻
損害:1,469隻
残存:1,806隻
『地球圏同盟』軍艦隊
中央艦隊:1,285隻
損害:轟沈619隻/大破・航行不能230隻 計849隻
残存:436隻
左翼艦隊:928隻
損害:轟沈355隻/大破・航行不能62隻 計417隻
残存:511隻
右翼艦隊:927隻
損害:轟沈184隻/大破・航行不能76隻 計260隻
残存:667隻
総勢:3,140隻
損害:1,526隻
残存:1,614隻
──この長きにわたる戦争で犠牲となった者たち:数知れず──
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