第312話 悪役令嬢と運命の少女
『
よって、それに見合った大型のエンジンを搭載している。
『
それでも、エンジン2基を失ったなら。
回頭の時間も合わせて、明らかに離脱が間に合わない。
その速度で突出したことも仇。
味方が盾に間に合うよりも、敵に捉えられる方が早いだろう。
「なら粒子フィールドを展開しなさい!」
自身よりもクルーの頭を切り替えるべく、シルビアは吠える。
逃げられないのであれば、踏み
しかし、
「ダメです! 機関部の出力低下により、まともな効果は見込めません!」
「くっ!」
首を飛ばしてやった、と喜ぶのはいいが、こちらは心肺を焼かれたらしい。
『
シルビアも息苦しくなってくる。
まさか酸素が漏れてはいまいが。
「それでもやるしかないでしょう!」
そんな空気を振り払うべく、なおも声を張り上げるわけだが。
「敵艦隊、も、もう!」
物理的なものを払う力まではない。
その頃、『
「味方艦隊、突撃していきます!」
「何をしている!」
この男はこの男で、大騒ぎしていた。
「やつはオレの獲物、オレの因縁だというのに! ここに来て他の連中に獲られるか!!」
艦長席の上、肘掛けをバシバシ叩いて悔しがる。
なんなら普段シルビアへの妄執を語る以上の怒りや憎しみすらある。
もはや特務提督や軍人を超えて、大の大人にも見掛けない乱心ぶりだが、
「インターバルはまだ明けんのか! いや、この際待たずともいい!」
「損壊した第一砲塔の回路を遮断してからでないと危険です!」
「閣下」
「分かっている! 分かっている!」
だからやめろ。オレに譲れ。
そんな命令を下さない程度には、まだ理性があるのかもしれない。
「閣下の与えた致命傷で討ち取るのです。それでよいではありませんか」
なので副官も、多少慰めのニュアンスを込める。
「閣下の獲り首、閣下の栄誉です。一騎討ちは馬上から叩き落とすまで、首を獲るのは
「それでもだ。右腕の分をこの手で返せんのは、我が終生の悔恨となるだろう」
「執念深き者は、生涯に業を背負うものです」
「ふむ」
「味方艦隊、間もなく『
そんな話をしているうちにも、カウントダウンは始まっている。
「回路遮断完了! いつでも砲撃可能です!」
今さらな報告も飛んでくるが、
「いや、もういい」
間が空きすぎて、彼はもう落ち着いてしまっている。
あるいは、
「いっそ、やつの最期を、腰を据えて見送るとしよう」
まだ
その終幕にセンチメンタルを覚えたのかもしれない。
彼が居住まいを正すと同時。
緑の閃光が宇宙を駆ける。
モニターではついに、敵艦隊が『
それはつまり、射程内の合図。
後方から味方艦隊の砲撃が通り過ぎていくが、
いかんせん距離が遠い。威力減衰を起こして装甲を汚すのがやっと。
「そんな」
悲鳴が舞う『
「ここまで来て、ここまでなの……?」
デスクに力なく両手を突いたシルビアが、ポツリと呟くと、
次の瞬間、容赦ない光の雨が降り注ぐ。
同盟軍カンデリフェラ艦隊へ。
「えっ」
唐突に彼らの左翼から殺到したそれは、次々に瞬きの中へ戦艦を飲み込んでいく。
おそらく向こうではコズロフが「何事だ!」とでも叫んだだろう。
彼女とてそう思った。
すると、それに応えるかのように、
スピーカーから大きな名乗りが響き渡る。
『リータ・ロカンタン!
「リータっ!」
それは天使の福音、高らかな角笛。
『艦隊! 敵を殲滅せよ! 陛下をお守りせよ!』
神意の号令一下、
その光景にシルビアは、思わずデスクの受話器を握っていた。
「リータ!」
『これはこれは、シルビアさま』
聞こえてくるのは、戦場でも、平和な世でも、彼女が求めてやまない声。
『お助けに参りました』
「本当に、本当にね。よくぞ間に合ってくれたわ……!」
『お守りするのが私の使命であり願い。出会ったその日より、変わっていませんから』
しかし、シルビアが思うより少し、低い気もする声。
『言ったでしょう? 私なら勝ちます、と』
「えぇ。やっぱりあなたが必要だったわ」
彼女が同盟から帰ってきた時もそうだった。
14、15の年齢より、苦労とシルビアへの想いが少女を大人にした。
それを示すように、
『では、雑談はここまでにしましょう。まずは勝利し、積もる話はそのあとで』
リータは颯爽と通話を打ち切った。
あとはモニターに駆ける『
その光景に胸を打たれる彼女だったが、
「もうそろそろ子離れ……、いえ。嫌よ、まだまだ」
こちらが大人になるには、まだもう少し掛かりそうか。
だが、今ばかりはそれもいいだろう。
「陛下! 『
「こちらも砲撃準備! 最終ラウンド、勝ち切るわよ!!」
まずは大人の階段より先に、越えねてしまわねばならないものがそこにいる。
シルビアはおもむろに、デスクの引き出しを開けた。
そこに入っているのは、
赤白黒の、アーガイルチェックのマフラー。
かつて、大切な人が大切な人へ贈り、自身へ贈ってくれたもの。
彼女はそれを首に巻き付ける。
季節は真夏だが関係ない。
宇宙に出れば、夏も冬もないのが彼女たちの常識である。
何より、
あの人は季節を問わず巻いていたのだから。
シルビアは万感の想いを込めて、マフラーを強く握る。
「全て、全てを終わらせる!! 今、ここで!!」
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