第311話 あと一歩、いや、半歩

 ややあって、


「提督! 一部敵艦隊の突破を許しました!」

「このままでは、中軍の側面を突かれるやも!」


 失敗を告げる報告が、『戦禍の娘カイゼルメイデン』艦橋内に響く。

 それを一身に浴びながら、


「あーあ、やっちゃった」


 ジャンカルラは特に感慨もなく呟いた。

 斜め後ろで控えていたラングレーが隣に進み出る。


「本当に、とんでもないですな」


 彼もまた、悔恨を感じさせない淡々とした声である。


「わざわざ千載一遇のチャンスを与えるとは。『ここで勝てないようじゃ、平和の権利人にはなれない』ではなかったのですか?」

「なんだよ。僕もまだピチピチの22歳、間違えることだってあるんだよ」

「さいで」

「蹴られたいらしいな?」


 やはりドスの効いていない脅し。

 直後に小さいため息を入れると、


「でもここからこそが、彼女ら次第さ」


 ジャンカルラはどんどん遠くなる敵艦隊を見送る。



運命の女神フォルトゥーナなら、微笑んでみせろよな」



 そう呟くや否や。


「さぁて! その分残った艦隊は存分に叩きのめしてやろうじゃないか!」


 彼女は階下へ向けて、大声を張り上げる。



「今日! ここで! この時代を戦い尽くすぞ!!」



 ジャンカルラもまた、自身の運命を自身で切り拓くのであった。






 その頃、中軍では。


「アンチ粒子フィールド、切りなさい!」

「えぇっ!?」



「コズロフを仕留めるわよ!!」



悲しみなき世界ノンスピール』と『我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』は目と鼻の先。

 撃ち合いの間合いとなっていた。


「しっ、しかしっ! それではこちらも危険です!」

「1年まえの今日には体当たりまでしてきた男よ!? どうせなんかの対策でも持ってるわ!」

「ですが、やや本艦のみが前へ出すぎています! このままでは袋叩きです!」

「中軍が敵左翼にどころか、我々が敵中軍に包囲されかねません! せめて後続の到着を!」


悲しみなき世界ノンスピール』では副官やクルーが口々に制止する。

 しかし、


「時間がないのよ! それに見なさい!」






「来たな、シルビア・マチルダ・バーナード!! 『我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』、前進せよ!!」

「閣下!?」



「あの首だけは、他に獲らすな!!」






「向こうだってその気で来てるわよ! 味方が来るまで、無抵抗で殴られるつもり!?」

「そっ、それは」

「フィールドの限界も近い! 勝負するしかないのよ!!」


 シルビアはもう止まらない。

 アンチ粒子フィールドのモーターは静まり、砲塔が熱を増し、

悲しみなき世界ノンスピール』の機関部が唸りを上げる。



「砲撃準備! 照準、『我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』!」



 もちろん、






「照準、『悲しみなき世界ノンスピール』! やつの眉間を狙え!!」



 コズロフの方も。


 つまりは何より、






ーっ!!」






ーっ!!」






 誰よりこの二人が、熱を持って唸りを上げている。


 であれば、交差したのはお互いの意志が形となったものか。



 幾度となく応酬してきた緑色の殺意が、今日こそフィナーレと交差する。



 それらは素早く相手の元へと迫り、


 やはりその意志の強さか



 数発が相手の体を捉える。



悲しみなき世界ノンスピール』に、聞いたこともないような爆発音が響き渡る。

 お決まりの悲鳴すら聞こえない、聴覚が衝撃を感じる触覚で塗り潰されるほどの。


 大きな揺れにより、シートベルトで腹部が締め上げられる。

 鼓膜と脳内で、金属加工でも行われているような耳鳴りが響く。


「うっく、えっ……!」


 急なダブルパンチによる吐き気で朦朧とするシルビアに、次々報告が舞い込む。


「艦体右側面、後部に3発被弾! 被害30パーセント前後!」

「着弾確認! 『我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』中破! 艦首が吹っ飛んでいます!」

「ブロックQ、R、S、Tにて火災発生! 隔壁降ろしますか!?」


 正直言って、そんな大量の情報は処理しきれない。

 副官に順次対応してもらうしかない。


 だから彼女が示すべきは、たった一つのブレない指針。


「首を吹っ飛ばしてやったのね!? 縁起がいいわ!」


 危険とは分かっているが、シートベルトを外し、デスクに手を突いて立ち上がる。



「でもギロチンは即死しないらしいわね! 今すぐトドメを刺してやりなさい!!」



 艦首が吹っ飛んだということは、おそらく付近の第一砲塔も被害甚大。ダメージレースで有利に立てる。

 勇躍するシルビアだが、


「敵艦隊、前進してきます!」

「間もなく射程内に入ります! 一度距離をとった方が!」

「そ、そうね」


 敵がいてやることなのだ。

 そして、彼女とコズロフの因縁であろうと、戦場は一騎討ちではない。

 戦争に勝とう、指揮官を守ろうと力を尽くす者たちがいる。

 シルビア自身も、リータたちがそうであるように。

 なのでそうそう、思惑どおりには行かない。


 とにかくこのままでは、砲撃のインターバルが明けるまえに袋叩きである。

 一応オーバーヒートや砲身の焼け付きを気にしなければ連射もできるが、


「180度回頭! 一旦離れて後方の味方と合流! 再度アタックを仕掛けて終わらせるわ!」


「はっ!」


 一息に勝ち切りたい気持ちをグッと堪えて、冷静かつ慎重な道を選ぶ。


「焦ることないわ。焦ることないのよ。ここまで来れば、勝利はもう逃げないわ。だったら丁寧に丁寧に、優しくキャッチすればいいのよ。小鳥みたいに、驚かせて逃がさないように、自分で握り潰してしまわぬように」


 言葉とは裏腹、拳を震わせ大汗を流す。

 だからこそ自身を落ち着ける魔法のように、言葉を繰り返すシルビアだったが、



「陛下っ!」



「何!」


 その瞑想を切り裂くような、ダメコン部門員の声。



「先ほどの被弾で第三、第五エンジンが暴発! 機関部もエネルギー低下中!」



「なんですって!?」



「機動力大幅に低下! 敵射程外へ逃れられません!!」



 運命が。彼女を弄んできた運命が。

 最後の抵抗を試みる。

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