第310話 運命の瞬間
シルビアに対し、あれだけ啖呵を切ったのはいいが、
「被害50パーセントを突破! 限界です!」
「『赤鬼』、止められません!」
「このままでは突破されます!」
正直皇国軍右翼艦隊の戦況は、思わしくないどころではなかった。
ただでさえ艦隊の質が強豪シルヴァヌスに及ばない。
全体の質ではそう大差ないとしても。
シルヴァヌスを弾頭にグイグイ押し込んでくるだけで、もうどうにも止まらない。
そのうえ、すでに傾いた状態での引き継ぎである。
いかにリータに将器があるとはいえ。
なんならその将器とて、負けず劣らぬジャンカルラがいるのだ。
いかんともしがたいものになっていた。
「閣下」
ナオミが艦長席へ振り返ると、
「勝利の条件を変えれば、まだ間に合うかな?」
めずらしくリータがジョークを返してくる。そんな有り様だった。
まぁ彼女の言葉も、事実ではある。
本隊、シルビアがコズロフを討ちさえすれば、戦いは皇国の勝利で終わる。
いくら自分たちが擦り潰されようと、皆殺しにされようと。
事実ではある。多分に諦めは入っているが。
「私としましては、亡命するくらいには命が惜しいのですが」
「私としても、成人してシルビアさまを悲しませるまでは生きていたいですよ? あとまだサントリーニもバリもフーコックも行ってない」
「成人しても身長伸びてなくて悲しまれなさそう」
「なんだと」
艦隊を結集し、球体陣で耐える
などという、いつしかのイルミ的教科書どおり防御術はすでに行なっている。
もう信じて堪えるだけの段階なので、雑談をしていると、
「シルヴァヌス艦隊、なおも突出してきます!」
「来たか」
トドメの報告が飛んでくる。
まだまともに恋愛もしていない。
いつしかのロリコン発言は冗談だったが。
こんなことならいっそ、隣の幼女とキャッキャウフフしてやろうか。
ナオミが妙な覚悟を決めたその時、
「『シルヴァヌス艦隊が』……?」
隣から、思った以上に暗くない呟きが聞こえてくる。
「閣下?」
「観測手! レーダーモニターへ転送!」
「はっ、はいっ!」
さっきまでの切羽詰まった状況では、のんきにリゾートの話をしていたのだ。
追加の暗雲でついにキレたかとビビり、観測手は急いで操作盤を動かす。
よって迅速にモニターの左下へ表示されたマップを見て少女は、
「これは……」
思わず艦長席から立ち上がる。
「いかがなさいましたか」
副官が問い掛けてもそちらを向かない。
「シルヴァヌス艦隊だけが、突出してる……」
これも返事なのか独り言なのか。
呆然としすぎていて分からない。
ただ、
「今だ……」
「は?」
「今だ」
その目は初めてアクアリウムでも見たかのように。
大切なものを見付けたように輝いている。
彼女はすぐさま声を張り上げる。
「フォルトゥーナ艦隊、傾注!」
いかにも目の前の希望で力が湧いてきたというような
「敵艦隊はシルヴァヌスが突出し、本隊とのあいだに隙間ができた! これより当艦隊はそちらへ回り込み、一気に突破!」
なっ!?
という驚きはスピーカーからも隣からも、階下からも聞こえた。
しかし彼女は気にしない。
「右翼の戦線を抜け、敵中軍の脇腹を突く!!」
手袋の上からでも、手のひらに爪が刺さって血が出るのではないか。
それほど強く握った左拳を振るわせる。
「十中八九、ここで堪えるよりも死に急ぐ攻勢となる! しかし、座って地獄に落ちるか、進んでヴァルハラに乗り込むか! 誇り高き戦士諸君なら、答えは一つと信じています!」
「しかし! 右翼艦隊が堪えなければ、こちらの中軍が!」
ナオミが誇りとはまた別問題を注進するも、少女は止まらない。
「残ってもどうせ状況は変わらない! 一刻も早くコズロフを討つのが勝利! なら! 賭けでもなんでも、やつを討つ方を早めなければシルビアさまは救えない!」
全ては勝利と愛する王のために。
リータは握った拳を解放し、力いっぱい前方へ突き出す。
「さぁ、仕掛けるよ!!」
「敵艦隊、動きます!」
一方『
当然こちらも、その動きを捉えている。
「一艦隊が別働隊として、こちらへ突出してくる模様!」
「提督、もしや」
「『
「いかがいたしましょう」
なおも仁王立ちのジャンカルラ。
ラングレーの問いに、デスクを左の平手で強く叩き、全体への指示で答える。
「いいだろう! 回り込みたいなら勝手にさせろ! それよりこちらが素早く敵を撃滅すればいい! だがな!」
残った右手は、モニターに映る艦隊を薙ぎ払うように横へ。
「タダで通すなよ!!」
「敵艦隊、来ます!」
ちょうどそこへ、すれ違うように突っ込んでくる皇国軍フォルトゥーナ艦隊。
その先陣を切るのは当然『
「来たぞ!
『赤鬼』の号令一下、六文銭を払っていけと地獄の劫火が伸びていくが、
「閣下!」
「面舵10上げ舵7!」
「ロール!」
「蛇行! 取舵5! 6秒後に面舵3!」
「砲撃手! 獅子のエンブレムの艦を落とせ!」
「提督! あ、当たりません!!」
「そんな情けない報告はしなくていい! 『沈めました』まで口を開くな!」
ジャンカルラはモニターを睨み、腕を組む。
「いや、しかし」
「どうしました」
副官の率直な問いに、彼女は鼻からため息をつく。
「なんて上手に
「はぁ」
「軍人は戦争芸術っていうとさ。派手で鮮やかな作戦とか、効率よくたくさん殺すとか、そんなのばっかりだけどさ」
彼女は組んでいた両手を腰にやり、少し呆れたように笑う。
「生きるために死力を尽くす。命が輝いている。こういうのを戦争芸術ってんだよ」
これはこれで、素直に賞賛するかのように。
それは生きるためであり生かすため。
『
すると、そのあいだに後続のフォルトゥーナ艦隊が進んでいくのを見送るしかない。
もちろん何分もかかるわけではない。
なので全艦隊が素通りできるわけではない。
それでも、いくらかは擦り抜けてしまう。
その頃には『
ついには突出したシルヴァヌス艦隊と後続の同盟左翼艦隊の割れ目へ到達する。
すると彼らも
「艦長! 『
「待たんかバカモン! ここで撃ったらシルヴァヌス艦隊に当たる!」
実際にそうなるかどうか以前に、勝ち
悠々敵中を割って進む彼女たちに、引き金を引くことができなかった。
勝負が大きく動いた。
15時26分、戦闘開始から2時間以上が経過した時のことである。
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