第309話 血潮と凪

 何度めの話になるかは分からないが。

 軍隊というものは30パーセント減で壊滅である。


 それで言えば、両陣営の中軍はすでに半壊状態。

 壊滅を越え、撤退を忘れ、血で血を洗っている。

 最後の一滴を垂れ流すまで。


「陛下! アンチ粒子フィールドが」

「モニターを見なさい! すぐそこのアレを討つまでも待てないと!?」

「な、なるべく早くお願いしますよ!」

「それに」


悲しみなき世界ノンスピール』艦長席。

 シルビアはデスクについた拳を握る。


「どうせ、こっちから攻撃する時には切ることになるわ」

「えっ、きっ、切るのですか!?」


 メーターと睨めっこしていた機関員が慌てて振り返る。

 どう考えても危険行為であるし、今までの戦闘でも僚艦で勝負を決めてきた。

 他に手段がないわけでもない前代未聞の考えには、当然驚かざるを得ない。


 しかし彼女の中では、至極当然のことであるようだ。



「当然よ。彼だけは、私の手で討たないと。それがこの戦争の決着よ」



 ある種、コズロフと同じ妄執があるのだろう。

 しかし、それ以上に、


「右翼艦隊も被害間もなく50パーセント!」

「大丈夫よ。リータが指揮に就いたから」

「しっ、しかし」


「あの子は『勝つ』と言ったわ。だったら、私より信用できるでしょう?」


 そうすることでのみ、


 この戦争で命を賭け

 今もまさにシルビアのために戦線を支え

 この世界に降りてより、ずっと彼女を助け、命を繋がせてきてくれた


 大切な人々に報いられる、そう思っているのだから。






「閣下! このままでは保ちません!」


 一方その『戦争の首』は。


「狼狽えるな。左翼が動きはじめてから現状レベルに敵を削るまで。その時間を考えれば、じゅうぶん包囲が間に合う。なんなら相手の数が減るだけ加速していく。カーディナルに任せておけ」



 世界に動乱をもたらしているとは思えないほど、どっしりしている。

 しかし、


「おそれながら閣下。それでも余力をいかに残せるかは重要です」

「ふむ」

「包囲に成功したとて、いえ、すればこそ。我々が満身創痍では、窮鼠の突撃を防ぎきれません」


 副官の認識どおり、状況に余裕はない。


「逃げられる、だけでなく、我々の命にも関わるな」

「御意」

「しかし、敵も味方ももう止まるまい」


 それでもなお、コズロフは取り乱すことなく、



「であれば、『我が友よ戦士たちよウォリアーズジョイナス』を前線へ押し出せ!」



「はっ!? 危険です!」

「上等である! これでより敵を逃さず釣ることができる! かつ! 狙いもこちらに集中する! 少しでも味方艦隊の数を残すには、これが一番手っ取り早い!」

「しかし!」

「『北風コールドブロウ』にもそう伝えろ! ニーマイヤーも命を懸けてもらう! 普段部下に守られているのだ。こういう時に命で返すのが指揮官だろう!」


 それでいて、元来の熱い軍人の魂を存分に発揮している。


 といっても、すでに艦隊は半壊状態。

 彼らも所詮薄衣うすぎぬのような前衛を被っているに過ぎず、少しでも前に出れば


「砲撃、来ます!」

「面舵!!」


「わああぁぁ!!」

「ぬうぅ!!」


「被害は!」

「直撃は免れましたが、左側面を掠られました! しかし戦闘には支障なし!」

「よかろう! 出鼻としては不幸中の幸いである!」


 すぐにこの有り様である。

 味方を残したとて、本丸が落ちてはなんの意味もない。

 敗残兵が増えるだけである。


 しかし、こうするしか光明がないのも事実。

 ご存知のとおり、これはギャンブルなのだ。

 命を賭けたギャンブル。


 であれば、今さら戦闘内容も博打となるのに、なんの矛盾があろうか。

 むしろ順当に考えて、そうならない方がおかしい。


 だが、もしそれらが全て運否天賦に左右されるものであるとしたら。



 コズロフは成せば必勝の策を持っているという点で、彼らとは大きく違う。



「さぁ、今だぞ! 急いてこいカーディナル!!」






 おそらく今の叫びは、通信によって届けられたものではない。

 しかし、一流の戦士とは呼応するものなのだろう。

 あるいは、同じ戦況を見れば同じ結論を導き出せる。

 そう考えれば何もおかしいことはない。



「シルヴァヌス艦隊、傾注!!」



戦禍の娘カイゼルメイデン』艦橋内。

 仁王立ちの提督ジャンカルラの、怒号にも似た号令が響き渡る。



「今すぐ敵右翼を打通し、包囲を完成させる! ギアを上げろ!」



 オオオオオッ!! と映画のスパルタ兵のような雄叫びが返ってくるなか。


「提督」


 ラングレーだけが冷静に彼女へ耳打ちする。


「なんだい」

「はっきり申し上げて、我々シルヴァヌスと他左翼艦隊では練度に差がありすぎます」

「そんなの分かってる。この僕が鍛えたんだぞ? 温存もしてた」

「であればお分かりのはずです」


 ジャンカルラは女性にしては背が高い。

 名前からしてイタリア系アメリカンの流れだろうが、その枠でも非常に高い。

 パッと見でも日本人男性の平均身長くらいはある。


 それでも輪を掛けて雄偉な体躯の副官。

 真後ろで囁くような耳打ちから、今度は首を伸ばして耳元で話す。


「これでは後続がついてこられません。当艦隊は突出、孤立してしまいます」

「気にするもんか。僕は負けない」


 振り向かないジャンカルラ。ラングレーから表情は窺い知れないが。


 その確固たる物言いは自信に溢れているようで、

 具体性や中身の言い切りは、何かをしまい込んでいるようだ。


「そういうことではありません」


 だから彼も副官として、踏み込んでいく義務があるのだが、


「問題は」

「いいんだ」

「はっ?」



「そうなるなら、そうなるでいいんだ」



「な……」


 静かな声色と後ろ姿。

 瞬間、ラングレーは全てを察した。

 ゆえに、


「では、そうしましょうか」

「そうしようじゃないか」

「任せましょうか。天に」

「運に」


 それ以上食い下がらなかった。

 ただ、静かに心の中で、



 今、この宇宙の未来が、運命が変わる、かもしれない。

 提督の判断が、変えたのかもしれない。


 オレは、その分かれ道に立ち会い、

 その瞬間を止めず、見届けたのだ。



 そう思った。

 体が、荒れ狂う歴史の大海原の中、

 時たま奇跡が起こす凪を、揺蕩たゆたっているような感覚で。


 そして彼は見た。

 その快晴の下、静かな水面の上。

 ヨットを浮かべ、大きな帆を立て、

 立ち上がって遠く水平線を見つめるジャンカルラの姿を。


 彼の確信を裏付ける言葉を、世界に向かって呟くのを。



「彼らに」






 さて、ラングレーの要領を得ない心象風景はさておき。


『一流の戦士とは呼応するもの』


 こう述べたことは覚えていらっしゃるだろう。

 そう。


 呼応するのだ。

 戦場の機微に、敵味方問わず。



 天性の観察眼と反射神経を持った、小さな戦士が。






「今だ」

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