第308話 あなたに賭ける 命を賭ける
「ロカンタン元帥です!」
「どういう、こと……?」
「どういうこと、とは?」
彼としては起死回生の希望である。
当然誰にとってもそうだと思って、ウキウキで報告したというのにこの反応。
渾身のギャグがスベったかのような困惑を浮かべている。
リータが過労で外れる決定になっていたことを知らなかったのだろう。
シルビア側も味方の動揺を避けるため、大っぴらにはしていない。
だからこのリアクションであり、あっさり伝えてしまったわけであるが。
「とにかく、指揮権移譲の連絡をいたします」
「ちょっと待ちなさい!!」
「ひえっ」
哀れ職務に忠実だった通信手は流れ弾。
シルビアはデスクの受話器を取る。
「もしもし、リータ!?」
『はぁいもしもし』
「本当に、繋がった……」
『もしもしー?』
「もしもしじゃないわよ!」
『そっちが先にもしもしって言ったのに』
果たして、彼女の今や最も聞き馴染んだ声が返ってきた。
なんなら、今最も聞こえてきてほしくはなかった声が。
「そんなこと言ってるんじゃないのよ! 何故あなたがここにいるの!」
『なんでって』
「私はたしかに命じたわよ!? あなたはユースティティアに残って治療に専念するようにと!」
戦場だというのに。戦況が戦況だというのに。
こんな話をしている場合じゃないのに、それどころじゃないくらい、
「今すぐに戦場を離脱しなさい! 今のあなたには戦線にいるだけで負担よ!」
『大丈夫です。この頃はすごく調子がいい』
「それでまた悪化したらどうするのよ!
あなたに、何かあったらどうするのよ……!」
心臓がきゅっと締め付けられる。
「あなたが倒れたって聞いた時、どれだけ心配したと思ってるの? すごく後悔したのよ? あなたを戦いの運命に巻き込んで、こここのところは任せっぱなしにして。あなたをそこまで追い込んで」
『……』
「だからお願い、言うことを聞いて。今すぐここを離れて、おとなしくしてて。もう私にあんな思いをさせないで。不安にさせないで」
しかし、
『それは私も同じことです』
「えっ」
受話器から返ってくる声は、その心をそっと
『一世一代の大決戦で、相手は非常に強力で。シルビアさまに何かあったらどうするんですか』
「それは」
『あなたと私は同じ運命を分けたのではないのですか! だったら何故同じ場に立たせて、重ねさせてくれないのですか!』
「そ、それも」
『初めて会った日、言ったではないですか! 「私があなたの帰る場所になる」と! だったらどうして、あなたを守らせてくれないのですか!!』
「リータっ……!」
彼女自身もまた胸を締め付けられているような、
愛情からなる、哀切極まる声。
シルビアの心臓に、違う力が掛かる。
そこに今度は、落ち着きこそが力強い、諭すような声が届く。
『そのためにも、シルビアさま。時間がありません』
「えぇ」
『私に任せる、と。命じてください、シルビアさま』
「リータ」
『私はあなたを勝たせるために、私たちが勝つためここにいます。
お命じください。
私は勝ちます。
私なら勝ちます』
受話器の向こう、もちろん顔など見えない。
それでも彼女は、ウルトラマリンブルーが、少女の青い情熱と
真っ直ぐ自身へ向いているのを感じた。
シルビアは押し出されるようにぽっと息を吐き出し、
両目から一粒ずつ涙を溢し、そのあと目元を拭うと、
最後に深呼吸を一回。
「リータ・ロカンタン元帥」
『はっ』
「あなたに右翼艦隊の指揮権を移譲するわ。勝ちなさい」
『
「帰宅はまだ先になりそうですかね」
少女が受話器を置くと、隣に立っていた副官が呟く。
モニターを見つめたままなのは、相手を気にしているから。
だけど顔を見られたくないから。
きっと見えている安堵の左横顔と違って、
右の顔はリータを心配する苦しみに顰められているのだろう。
なので彼女も、気付かないフリをしておいてやる。
「うん、ごめんね。でも勝てば残業代どころか、恩賞が山ほど出るから」
「なるほど」
するとナオミも、適当な相槌で切り上げ一段階下へ降りる。
「総員聞いたな! これより本艦、ロカンタン閣下が右翼艦隊の指揮を執る! これに勝利し、かつ生きて帰れば、諸君らの夢がなんでも叶う! 気張れよ!!」
彼女がクルーを鼓舞するのなら。
それを力に換えるのが、全方面派遣艦隊全権委任総司令の使命である。
「右翼艦隊傾注! これより指揮は『
『こちら、フォルトゥーナ艦隊であります、閣下』
「フォルトゥーナ……」
意外な巡り合わせに、少女は一瞬だけ言葉を止め、
それからニヤリと笑う。
「古巣であれば、私について来られますね?」
『仰せのままに』
「ではフォルトゥーナ艦隊は私の麾下に入ってください」
『はっ!』
「では艦隊! これより崩壊しつつある戦線の打開、状況を開始します!
皇国のため、平和のため、皇帝陛下のおんために!!」
一方その頃。
同盟軍中軍カンデリフェラ艦隊、その中心。
『
「『
「よし、予定どおりだな」
コズロフは艦長席で魔王のように、頬杖を突き脚を組む。
「さて、条件は全て整った。人事は尽くした。あとはカーディナルが包囲するが早いか、オレたちが燃え尽きるが早いか。天命が裁く賭けとなったぞ」
ベットするのはもちろんお互いの命。
だというのに、この男は実に楽しそうに笑う。
金でやって破滅する中毒者が、全身の血が逆流する射幸感に震えるのなら。
彼はその血をぶち撒けることすら、ある種の報酬とでも思っているかのように。
「どちらにしろ、華々しいフィナーレになるのではないか?」
それだけもう、戻れない、救えない
誰も彼もの命を巻き込んで回るルーレットが今、動きはじめる。
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