第307話 平和の権利人

 思わぬタイミングで名前が上がった両提督。

 自然と背筋が伸びる。


「というのは?」


 ニーマイヤーが注意深く口を開く。

 すでに『厳しい首刈りの突撃を受ける役割』とアナウンスされているのだ。

 さらに責任が重なってくれば厄介だと考えているのだろう。


 だが、コズロフは意に介さない。


「相手のスタミナを消耗させる。相手を逃さない。この二つに関して、手っ取り早い方法がある」


 テーブルを拳でドンと叩く。



「包囲して、バリアが切れるまで袋叩きにする」



 同時に、彼の背後にあるスクリーンへ映像が映る。

 作戦のシミュレーションである。


「やつは必ずオレ目掛けて突撃を仕掛けてくる。そこでだ」


 マップでは艦隊を示す三角形がピコピコ動く。


「中軍はあえて退き気味にこれを受ける。一方で両翼はしっかり敵勢を食い止めてもらう。撃退まではしない。あくまでその場で釘付けにする。これにより……」

「首刈りに来た『悲しみなき世界ノンスピール』を突出、孤立させる、と」


 ジャンカルラが再度呟くと、コズロフは大きく頷く。


「そのとおり。そして、それが完了したタイミングで、カーディナル提督」


 それから真っ直ぐ目を合わせ、また軽く身を乗り出す。



「卿の左翼艦隊で敵右翼を突破。敵中軍の背後へ周り、これを包囲する」



「なるほど」

「しかし現実問題として、口で言うほど容易く突破はなされないだろう。いくらシルヴァヌス艦隊が比類なき突撃力を有していても、だ。ロカンタンもどこに出るか分からん」

「でしょうね」


 あくまで彼女は淡々と答えたが。

 コズロフは眉根に力を込める。


「だがその分の時間は必ず、オレとニーマイヤー提督で稼いでみせる」


 熱い男だな、ジャンカルラは思う。

 素直にそう思う。称賛にすらあたいする。


 それをリベンジと戦争にさえ注がなければな。


 と切実に思う。



「やってくれるな?」

「任されましょう」






「提督」

「ん」


 作戦内容を反芻していた、といえば聞こえはいいが。

 実質上の空だったジャンカルラは、ラングレーの声で現実に戻る。


「思った以上に、余裕で間に合いそうですな」

「こちらが思ったより攻めなかったのと、コズロフ閣下の首を獲るのが間近だった。要は気が抜けていたんだろう」

「なるほど。この分だとロカンタンもいませんな。左翼でしょうか?」

「かもな。シルビア、あいつ変に日本人ジャパニーズくさいところあるし。あの民族は左を重んじる」


 冷静な分析かつ軽口も交えて。

 実に彼女らしいやり取りだと、自分自身で自負できるほどだったが。


「提督」

「どうした」

「やはり、気に掛かりますか」


 長年の副官からすれば、そうでもなかったらしい。


「何が」

「いえ、失礼しました」

「言えよおまえ。気になるな」

「いや、本当」

「ラングレーくんも軍人なら。軍人相手にゃ口を割った方が安全だって分かるだろ?」

「そんなぁ!」


 少し茶化すような態度になった彼だが。

 やがて咳払いをすると、ボソッと呟いた。


「これで、よかったのですか?」

「何が」

「この作戦が成功するということは。ともすればシルビア・バーナードが死ぬことになりかねない」


 ここでラングレーは一息間を取る。

 明確に返事か相槌を待つ間である。


「僕は軍人だぞ? わざと負けろって?」

「いえ、そうは申しませんが」


 彼は呟きからもう一段声を潜め、彼女の顔を覗き込む。


「あなたのご友人であり、あなたが目指す平和をともに叶えようという人物です。本当に、よろしいのですか?」


 その問い掛けに、


「まえにも言ったろう。僕は理想の力を信じていない」


 ジャンカルラは軍帽の鍔を摘んで下げる。


「それは、はい」

「理想が正しかろうとな。それを世界に敷く力がなけりゃ、人には届かないんだ」

「現に、今」

「それに、コズロフが勝ったって戦争は終わるさ。あいつもリヴェンジができりゃ、やる理由なくなるんだから」


 彼女は鍔で半分塞がる視界から、モニターを睨む。

 映る戦場と宇宙のその先、もっともっと遠く、深い、闇の先の未来を。



「ここで勝てないようじゃ、その権利人にはなれないぞ」






 さて。

 その権利人になるかどうかの女はというと、


「指揮官がやられたのであれば……!」

「陛下! 敵の抵抗が激しくなってきました! 追従する艦隊の損害も甚大です! 20パーセント突破!」

「アンチ粒子フィールドの稼働時間もあります!」

「決着を急がなければ!」

「分かってる! でもちょっと待って!」


 今まさにその戦いに、

 逆境に打ち勝とうというところ。


 しかし、『待って』で待つなら戦争ではない。

『待って』に付け込むから戦争である。


 一応味方からではあるが、デスクの受話器が鳴く。


『陛下! カークランドです!』

「何! この忙しい時に!」

『急ぎお退きください!』

「何言ってるの! このタイミングで退がれるわけないでしょう!」

『しかし、このままでは! 右翼艦隊が瓦解しますと、陛下の退路を断たれてしまう! 袋のネズミです!』

「くっ!」


 たしかに彼の意見は正論すぎるほどに正論である。

 それに『ここで退いたら決戦に敗れる』ならまだしも。

『包囲を逃れる』だけの動きはじゅうぶん巻き返しが効く。

 むしろ勝利のための布石である。

 が、



「陛下! 正面敵艦隊、前進してきます!!」



「逃がさない、ってことね……!」


 今退こうと転進すれば、確実に背中を突かれる。

 そうなれば中軍は甚大な被害を免れず、巻き返しの体力も怪しい。全体でも右翼が押されているのでむしろが悪い。

 何より向きが180度変われば、一転『悲しみなき世界ノンスピール』が殿しんがりである。

 全体と言わず、キングがチェックメイトされる可能性すらある。

 とにかく今は目の前に集中せねばならず、右翼をかまってはいられない。


「悪いけど右翼艦隊には、もう少し自力で堪えてもらうしかないわ! 指揮官がやられたのなら、指揮権を移譲なさい! 右翼艦隊で次席の将官は!?」

「はっ、はい! シグナルを確認します!」


 やられるまえにやる。

 それしか勝つ方法も生き残る方法もない。


 そんな圧力に押された観測手は、急いでパネルを操作し、


「でっ、出ました!」


 上擦った声を上げる。


「じゃあその人に右翼の立て直しを……!」



「『王よ、あなたを愛するアイラブユーアーサー』! ロカンタン元帥です!」



「……は?」

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