第306話 松尾山動く
「陛下!」
完全押せ押せムードの『
そこに明らかテイストの違う声が、喚声の合間を縫ってシルビアの耳に届く。
「どうしたの!?」
「右翼艦隊、にわかに押されはじめています! 『
「なんですって!?」
「あっ、『赤鬼』です! 敵シルヴァヌス艦隊が突撃を開始しています! 味方が抑えきれていません!!」
「なんてこと……! たしかにジャンカルラにしては、不気味なくらいおとなしかったけれど……!」
これにはシルビアも下唇を噛む。
もちろん彼女とて、人材の質で劣っていたことは分かっている。
だからこそ彼ら両翼の艦隊には、勝利せずともよい役割を与えたのだ。
だからこそ彼らの唯一の責務、どれだけ耐えられるかが大事だったのだ。
いつまでも堪えられないのは当然である。
それでも突撃の、自身がコズロフを討つ時間を稼ぐくらいはと。
シルビアは下がってしまった目線をモニターへ向けなおす。
そこには敵の本隊たるカンデリフェラ艦隊がいて、
この戦争の正体たるコズロフがいる。
彼女は同盟評議会が戦争に倦み、彼に引きずられているだけなことは知らない。
それでも、
あの男を討てば私の戦争は終わる
と、長く深くなってしまった因縁が伝えている。
向こうも同じことを考えているだろうことも伝わってくる。
きっとシルビアの命を繋ぎ、コズロフの命も繋いだ聖女、
アンヌ=マリーによる、二人の魂を解放するための巡り合わせである。
だから、
「やつはもう、目の前なのよ」
これだけは誰にも邪魔をされずに。
「右翼艦隊にはもう少し! もう少しだけ耐えてもらって……」
しかし、そんな意志を踏み越えるように、
「『
「くっ!」
戦場では不足の事態も付きもの。
とはいえ凶報が舞い込む。
「やってくれるわね、ジャンカルラぁっ!!」
親友からの恨みがましい絶叫が届いたかはしらない。
いや、届くわけはないのだろうが。
名を呼ばれたその人ジャンカルラ・カーディナルは、
『
誰かの十八番のような立ち姿である。
「提督!」
階下からラングレーが彼女の方へ上がってくる。
彼は隣に立つとモニターへ振り返り、
「これならなんとか、間に合いそうですな」
一安心、という声を漏らす。
「ん、そうだな」
対するジャンカルラの声は平坦な印象。
素っ気ないのではない。
彼女の脳裏には、数日まえの作戦会議が浮かんでいる。
ちょうどジャンカルラがコズロフとコンビ打ちで
『ニーマイヤーの配置の是非』
を明らかにした直後のことである。
「だが、防御ばかりを考えていてもいかん。戦争は敵を倒さねば勝てんものだ」
先ほど興奮で声を張り上げた特務提督は、大袈裟な動きで椅子に座りなおす。
声色にも一度仕切りなおそうという意図が見える。
「であれば、我々はどのようにして攻勢に転じるか。これは実に単純である」
彼は人差し指中指薬指でトントンと机を叩く。
「敵が首刈りで来るなら刈り返すのみ」
しかし、その発言に対し、
「……」
満座は水を打ったように静まり返る。
『それができりゃあ苦労しねぇよ』という雰囲気である。
当然の反応だろう。
それができないからシルビアと『
今そう語ったコズロフ自身も、それをなせずに敗れたトロフィーの一つなのだから。
しかしそれくらい彼も分かっている。
「が、やつには無敵の盾がある。ゆえに首刈りに来るのだからな」
諸提督が少し前のめりになるのを、コズロフの隣でエールリヒは感じた。
致命的な内容に対して、総司令官の声には落ち着きがあったからだ。
彼もテーブルを叩いていた左腕を軸に、身を乗り出す。
「しかしそれも無敵ではない。皇国が産んだ悪夢の新兵器。その攻略法も、他ならぬ皇国が示してくれた」
「ジュリアス・バーンズワース……」
将校たちが要領を得ず話の先を待つなか、呟いたのはジャンカルラだった。
「そうだ。同じ機構を使って戦った男だ」
コズロフも満足そうに頷く。
散々戦ったリータや、同じように『
そういった才覚を愛してきた男である。
口を挟まれるより、同じ領域の人材がいることを喜んでいるのだろう。
このリスペクトがシルビアにもあれば。
副官はいつかと同じように思う。
しかし、部下の心上司知らず。
「一つはミサイル攻撃だ。これは逆にやつが『
しかし彼はここで、冷めるように上体を起こす。
「が、これに関しては、そうそう急に配備できるものでもない。評議会も皇帝が前線に出てこない前提でいてな。『儲からん』と渋られた」
まぁ現実問題として、暴発で擦り傷を致命傷にすることもあるしな
そう付け加えると、今度は背もたれに身を沈める。
「であれば、もう一つ。参考にすべきは死に様だ」
また少し場の空気が変わる。
きっと皆思い出し、軍人として敵味方を超えて感じ入っているのだろう。
一世の英傑の、英雄的な最期を。
しかしコズロフが言いたいのそこではない。
「やつのアンチ粒子フィールドは、連戦の末に使用制限を超過し力尽きた。ゆえに最後は順当に死んでいる」
「つまり、こちらもエネルギー切れを起こさせると?」
言葉を挟んだのはやはりジャンカルラ。
今回は相槌ではなく、明確な疑義の色を含んでいる。
「厳しいのではないだろうか」
そこに、ここまでずっと黙っていたニーマイヤーも乗ってくる。
「あれは小型を急遽配備したうえで連戦の末の結果だ。エネルギー満点、それ用のバッテリーも積み込んでいる『
概ね同じ意見なのだろう。
彼女も頷きつつ補足する。
「そもそも逃げるべくもなかったバーンズワースとは違う。いくらここで勝ち切りたかろうと、さすがにいざとなれば退くでしょう」
真っ当な意見である。
満座の将校たちも「しかりしかり」とざわつく。
しかしコズロフは
余裕の笑みであった。
「だからニーマイヤー提督が中軍であり、カーディナル提督が左翼なのだ」
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