第14話 決意はより深く、野望はより黒く
『それは……』
歴戦の将校であろうイルミすら引いている。内容自体よりは、
『君は、自分の言っている意味が分かっているかい?』
「はい閣下。私自身が囮となって危険である……だけでなく」
『そう』
「私以外の士官候補生も危険に晒され、場合によっては命を落とすかもしれません」
軍人になったとも言えないシルビアが、人の命を投げ打つ決断を。ここまで非情な立案をすることに。
『それでも、やるのかい?』
「はい。正直に申し上げて、私自身の保身もありますが。もし軍部内に、中央からの指示で私を殺そうとするような。そのためなら、無関係な士官候補生すら巻き込もうとするような。そんなパイプが、ルートができているなら」
バーンズワースの、イルミの視線が突き刺さる。
それをあえて正面から受け、まっすぐ視線を刺し返す。
「膿は出し切らなければなりません」
『そうか』
彼らもそれ以上、覚悟を確かめるような雰囲気は出さなかった。
ただ鼻から深く息を抜いて、話を進める。
『じゃあ、僕らは事後処理と』
「あとは自然な形で、タイミングを見て援軍を派遣してほしいのです。撃沈されて、当事者証言者もいなくなっては無意味ですから」
『分かった。では、君たちがポイントに差し掛かる時に近場で、口が堅い人を派遣しよう』
「ありがとうございます」
『僕の親友だ。会ったらよろしく言っといてくれ』
「はい」
一息つくように背もたれへ沈むバーンズワース。多少の疲労が見える。
軍人として命のやり取りは日常とはいえ、上士下士なく信頼関係で繋がる方針の彼に。
『部下を死なせる予定の策』を認可するのは、底知れぬ重みがあるのだろう。
元帥閣下は、せめて心の
『だとしても、完璧な救援ができるとは限らない。君たちの危険は拭えない』
祈るように呟く。
『がんばって。どうか無事であるように』
『そこの駆逐艦、無事か! 生存者はいるか!』
うるさいくらいに響く、救援艦隊からの通信。
それを耳に染みさせながら、シルビアはリータの手を握る。
私たちは助かった。やり遂げた。
それと同時に。
尊い命を天秤にかけ、傷付け失わせた。
私たちは悪魔の判断に手を染めた、共犯だ。
彼女の震えを共有するように、ともに沈むように。
リータの手が握り返してくる。
この世界に来てから、すでにいくつも軍艦を目にした。二つほど乗った。
が、ここまでの巨大戦艦は初めてである。
横付けされただけでも威圧感が凄まじく、移乗するだけでも緊張した。内部も広く、本来ならアトラクションのように歩き回って、迷子になったことだろう。
が、今ばかりは、そんな元気などなかった。
借り受けたブリーフィングルーム。『高校最後の試合、強豪にコテンパンにされて終わったあとのロッカールーム』な空気。
疲れ切り、俯いてパイプ椅子に座り込む
三人。
シルビア、リータ、カークランド。
彼女たちだけが、医務室に押し込められることのなかった無傷及び軽傷者。
他は皆、予断を許さなかったり、自由に動くには時間のかかる体だったり。
あるいは皇国旗に包まれカプセルに入り、遥か宇宙へ永遠の旅へ。なんなら回収できなかった者もいる。
彼らを見送る時、カークランドがポツリと呟いた。
「すまない。もっとオレが、艦長としてしっかりしていたら」
それが耳から離れない。
あなたのせいじゃないのよ。今回のことは誰かが仕組んだことで、
それを知っていて避けなかった私のせいでもあるのよ。
本当は、艦橋内で血の池地獄を見た時後悔した。
こんなことなら自分一人、おとなしく死んでいればよかったのではないか?
そう思いさえした。
しかし。
リータがいないと気付いた時。飛びかかってきたのは、自分を救おうとしてくれたのだと気付いた時。
多くの仲間の死より、その一事に心が揺れ動いた時。
彼女の考えは変わった。
たとえそれがエゴでも悪魔でもなんとでも。
椅子に沈み、目をタオルで覆っているカークランド。きっと彼は今、安堵と自責の狭間でどうしたものか分からないでいる。
机に突っ伏したリータ。何も考えられず、疲労に任せて泥のように眠っている。
そのなかでシルビアだけが、はっきりとした思考、感情。
激しい怒りに包まれている。
私の命を奪おうとした。そのためにリータの命も巻き込もうとした。
許さない。絶対に許さない。
誰かは知らないが、この国の中枢にあるものが。この国が。
あくまで私を滅ぼそうと言うのなら。
いいでしょう。
私がこの国をひっくり返してやる。
推しのそばで働くなんかで止まらない。頂点まで昇り詰めて、ふざけた何もかもを終わらせてやる。
そんな深く黒い怒りが、彼女の内側で渦巻いている。
しかしそのためには、今のままではならない。ただ出世するだけでなく。
いつかこの国を相手取るに当たって勝てるだけの、強力な仲間を増やさなければならない。
シルビアが先へ思いを巡らせていると、
「失礼いたします。ただいま、よろしいでしょうか」
ドアの向こうから声がする。
「どうぞ」
シュッと電動のドアが開くと、そこには少女が一人立っていた。
リータほど幼くはないにしろ少女は少女。なんなら彼女より軍服が似合っていないし、士官でもなさそう。
「シルビア、バーナードさまでいらっしゃいますか?」
「はい」
「カーチャさまがお会いしたいと申しております。ご同行願えますか?」
「はい」
シルビアはサッと答えたが、リータはもちろんカークランドも返事がない。彼も意識がないようだ。
起こそうとすると少女が止める。
「お疲れなら無理はするな、とおおせつかっています。ですので、あなたお一人でも。なんなら
「いえ、大丈夫……」
と思ったが、さっきの今である。この身には何が起きるか分かったものではない。
「リータ、起きなさい。リータ」
「あっ、ですから『起こさなくてよい』とカーチャさまが」
「天使の貴重な寝起きボイスを邪魔するな」
「ひっ!?」
「んゆふ……」
「はいカワイイ」
「えぇ……」
何もシルビアとて、本当に寝起きボイスが聞きたくて起こしたのではない。そんな限界オタクみたいな理由は4割くらいである。
それよりもやはり、彼女にとってリータは護衛として、心身の支えとして。
片時も離れるべからぬ、欠かせない存在なのである。
ではなぜ、あとにしてもらわなかったのか。
それは今なら、カークランドが寝ているからである。
今回助けに来てくれた人物は、事前の計画どおりなら偶然通りかかったことになっている。裏事情を知っている人物と話すなら、彼はいない方がいい。
また、相手はバーンズワース曰く『親友』。今回のことにも協力してくれた、ややこちらサイドの人間。
今はまだ国家転覆の意志を伝えずとも、味方に引き込めそうならそうしたい。
その顔売りのためにも、リータはいた方がいいし部外者はいない方がいい。
「なんですか……」
「艦長へお礼を言いに行くわよ」
「はい……」
もう休んでいる暇はない。ここからまた、新たな野望への一歩。
「ではご案内いたします」
「よろしくお願いするわ」
シルビアは廊下へ、頂点への道へ一歩踏み出し、
「すっ、すいません!」
「えぇ……」
道案内がポンコツすぎて艦内遭難した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます