第15話 そういえば三人いるんでしたね

 いつまで経っても艦長室へ着かないのも、最初は艦内が広いせいだと思った。

 しかし角の先をチラッと覗いて露骨に進路変更したり、


「あっ、そっ、そういえば、自己紹介がまだでしたね! わたくし、シロナ・マコーミックと申します! 階級は初等宇宙兵です! しゅしゅ、趣味は」


 とか明からさまな時間稼ぎが入り始めたので。


「あの、艦長をお待たせしていませんか? 失礼があってはいけないわ。私たちは全然、早歩きでも」


 謙虚さを装って探りを入れたら、この始末。


「私、勤務中はカーチャさまのおそばを離れたことがなくて! だから実は、全然自分で道覚えてないのです〜!」

「えぇ……」


 思えば階級も一番下。おそらく鞄持ちくらいのポジションで、ほぼ軍人ではないのだろう。

 結局給湯室で間食している士官の協力で、長い放浪は終わった。

 最初から人に聞け。






「シロナ・マコーミックです。シルビア・バーナード少尉及びリータ・ロカンタン少尉、お連れしました」

「どうぞー」

「あれ?」


 シルビアは思わずハッとした。声をかけられた瞬間、隣でリータの背筋がバキバキに伸びたから

 ではない。


「失礼します」

「いらっしゃい」


 返ってきた声も、ドアの先に待っていたのも。



 若い女性だったからである。



「遅かったねマコちゃん」

「も、申し訳ありません〜!」


 そういえば、「カーチャさま」「カーチャさま」って。

 あれって確か、エカテリーナとかの愛称だったかしら。


 今ごろ気づくシルビア。

 若い女性で将校自体はイルミもいるわけだから、なんらあり得ないことではない。

 しかしどうしても、前世で聞く軍組織とのギャップに驚いてしまう。


「ようこそ、戦艦『私を昂らせてLet me marching』へ」


 二十代前半(たぶん)のシルビアと生前のアラサー梓。どっちに近いかと言われたら真ん中くらいか。

 椅子から立ち上がる「高身長!」とは騒がれない程度の長身。長いまつ毛。緩やかな内巻きワンカールにミディアムハーフアップの黒髪。

 特徴的な、微笑むか半笑いのように上がっている左の口角。

 全体的に余裕があるというか、大人っぽい雰囲気。正直実年齢がつかめない。


 わざわざデスクの前まで出てきた彼女。

 バーンズワースやイルミと比べると、制服の赤い部分が銀になっている。デスクに置かれた軍帽も同様。

 そのためマントが翻った瞬間、キラリと光を撒く。



「艦長及び皇国宇宙軍シルヴァヌス方面派遣艦隊元帥。タチアナ・カーチス・セナです」



「元帥閣下!?」

「はいぃ!!」


 シルビアの驚きをかき消すような、威勢がいいを振り切ったリータの返事。

 背筋を痛めそうなほど伸び上がり、顔もボタン人形状態。


「あ、そういえば、『セナ元帥』って」

「おや? 私が何か?」

「あっ、いえ」


 確かリータが持っていた、虎の子ブロマイド。士官候補生たちでやった賭けポーカーの時のあれ。

 女性士官で『セナ元帥』だった気がする。

 そういえばあの時。みんな『皇国宇宙軍元帥』、と『四天王』みたいなノリで。


 憧れなのね。まさか私がジュリさまに思ってるのと同じ意味ではないでしょうけど。

 そうでないと嫉妬で狂


 はともかく、ファンの気持ちは是非とも伝えてあげたい気もするが。

 ジュリさま手に入れるための元手にしました、なんてバレるのもアレなので黙っておく。


「まぁいいや。ふふ。そこ座って」


 応接スペースには立派なソファとテーブル。灰皿やら卓上ライターなどが並べられているが、


「キャンディ食べてもいいよ。老舗から安物までいろいろ混ざってるからまぁ、発掘も楽しんでもらって」


 一際存在感を放つ、合金製のボウル。取っ手代わりの穴やら内側にはビロードやら、無駄に凝った仕上がり。そこへキャンディが山盛り。

 安物だろうと手を突っ込む勇気はちょっと出ない。


 何よりこの状況、キャンディ舐めてる場合ではない。


「ありがとうございます、閣下。それで、どのような要件でのお呼びでしょうか」

「いやね? 単純にお話してみたいなーっていうのもあるんだけど。あ、マコちゃんお茶淹れてくれるぅ?」

「はっ!」


 カーチャはデスクからパソコンを持ってくる。画面に映っているのは、


『やぁ。無事で何より』

「君らには今、私より話がしたい人、いるでしょ?」


 銀髪糸目スパイラルパーマ。






 5分後。

 なぜ5分後に話が飛んでいるかというと、5分間



「ジュリさまああぁぁあっあああおっあぁぁぁおうあぁ!!」



 話が進まなかったから。


「大丈夫なのですか? 大丈夫じゃないですよね? この人」

「実はさっきの戦闘で頭負傷してたりする?」

「いつもなんです。なんでもないんです」


 リータの対応も慣れたものである。


『閣下。私はあなたがコレに手を尽くされる理由が理解できません』


 イルミはまだ慣れないらしい。


『まぁまぁ。それよりバーナードくん。そのパソコンからの通信に映っているということは。無事「半笑いのカーチャラッフィング・カーチャ」にも会えたんだね』

「ラフ……?」

「ほら私、片方だけ口角上がってるでしょ? 生まれつきなんだけど、これがニヤついて見えるってんで『半笑いのカーチャラッフィング・カーチャ』」


 カーチャが人差し指で口角を押す。


『ミドルネームが男性名カーチスだからね。せめてあだ名で女性的にしようってことで』

「なるほど、それでエカテリーナでもないのに」

「ま、私の紹介はいいんですよ。君たちいろいろワケアリなんだろ? 密談しなよ密談」

「そうだわ! 密談といえば閣下!」


 シルビアがキャンディの包装剥いてるもう一人の閣下を指差すと(失礼)、


「何?」

『何?』


 両方とも宇宙軍の元帥たる者とは思えない

 そう、元帥。


「確かに助けは必要でしたが! 元帥はダメでしょう元帥は! 目立ちすぎです!」

『そうかなぁ? このまえのロカンタンくん叙勲と一緒で、目立つ方がアピールになるじゃん。「ことならことぞ」って』

「そ、そうかもしれませんが」

『それに、不自然に別方面艦隊の元帥に管轄割らせてたらアレだけどさ。今回はセナ閣下も用事で近くに来ててね。まぁ自然な成り行きに見えるさ』

「かつての上官がこっちに配属されててね。作戦で近くまで来たんで、あいさつをね」


 当の彼女はリータの持っていたブロマイドにサインをしている。ハートマークまでつけて、まるで芸能人である。


『今回のことは、協力してくれて口が堅い相手じゃないといけなかったからね。彼女なら同じ三元帥として気心も知れてるし。何よりこんな、軍をナメくさった中央からの差し金。彼女も看過できないから、現状一番信頼できるパートナーさ』

「そう、ですか」


 シルビアとしても、味方に引き込みたくて会いにきた側面はある。そういうことならありがたいが。強ければ強いだけ得なのだが。

 と、ここでようやく。バーンズワースの眉が真面目に動く。別段ここまではふざけていたこともないだろうが。


『それにもう一つ、元帥閣下にしか頼めないことがあるからね』

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