第16話 平安時代なら生き霊飛ばすタイプ

「元帥閣下にしか頼めないこと?」

『うん』


 バーンズワースは静かに頷く。


『そしてここからが、今回の作戦一番のキモであり。素知らぬ顔でくぐり抜けなければいけないことだ』

「ここから?」

『そう。蛇の巣から卵を盗み出すように』


 今回の作戦の、と言われても。立案したのはシルビアとリータである。

 二人からすれば、事後処理はあっても大体はもう一件落着。救援された時点でカーチャの役目は終わっているはず。そういう作戦のはず。

 もしやと少女の方を振り返っても、目をまんまるにして口は真一文字。何も知らなかった顔だ。

 どうやらここからは、二人の頭上を越えた判断らしい。


「その『蛇の卵』とは?」

『貴様ら二人だ』


 久々にリータが口をきくと、久々にイルミが答える。


「えっ?」


 思わず画面から離れるように背筋が伸びるシルビア。逆にバーンズワースは軽く乗り出す。


『今回の件ではっきりしたけど、やはり君は狙われている。しかもこの分なら、追撃も飽くなき執拗さとなるだろう。そこで』


 カーチャが画面は隠さないよう、視界には入るように上体を倒す。



『君たちには雲隠れしてもらう。我々エポナ方面艦隊に籍は残したまま。セナ元帥と一緒にシルヴァヌス方面へ行くんだ』



 テーマパークのスタッフみたいに振られる手。『こっちですよ〜。おねえさんの指示に従ってくださ〜い!』というような。

 しかしシルビアには見えていないようなもの。


「閣下、もしかして、それは……」

『君の居場所はこちらと思わせることで、派遣される刺客を空振りさせるんだ』

「そうではなく」


 まずリータが。次にさっきの5分間を見ていたカーチャが、「マズい!」という顔をする。

 イルミは無感情で、バーンズワースとシロナは分かっていなさそう。



「閣下とは、お別れ、ですか……?」



『いや、(イベリア行きの時に)もうしてんじゃん』

「いやああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!??」

「心が壊れたっ!?」

『言ってはならんことを!』

「テメェこの人でなしっ!」

『えぇ……』


 立場的に何も言えないシロナ以外(本当は同格のカーチャ以外言えないのだが)から袋叩き。

 困惑する彼に、乙女心は難しいのかもしれない。イギリス人も恋と戦争は同格にしていたことだし。


「ジュリさまあああんあああ!」


 とにかくこれでは話がまとまらない。カーチャの『おまえが処理してからパスしろよ?』という視線がカメラを貫通してくる。

 軽い咳払いのあと、バーンズワースの甘い声が囁かれる。


『僕も寂しいよ。でも、君を守るためだから』

「ジュリさま……」



『でも、これで楽しみが増えるね。だって、次に会うことがあれば。その時は君もシルヴァヌス方面艦隊を代表する将校だ。今よりもっと、近い立場、存在として。ゆっくりお話することができるね』



「じゅりさま……じゅりしゃまあああああ!!」


 画面に抱き付かんばかりのシルビア。もう一度転生するつもりだろうか。

 何より、同じ元帥クラスにでもならなければ彼が言うような関係にはなれないし。なんなら『そのクラスの将校にならないと会えるもんでもないぞ』と宣告されてすらいるのだが。

 リータは視線を右上に、カーチャは左上に、イルミは真上に。

 気付かないフリで触れないのが、大人のエチケットである。

 ただ、シルビアとシロナが純粋な感涙を流している。


『じゃ、今回の件で君たちが得たログもあるし、司令官の尋問は任せて! 進展あったら連絡するよ! 以上! また会えるその日まで! 楽しみにしてるよ! いやマジホント!』

「じゅりしゃ」


 プツッとバーンズワースの映っていた部分が黒くなる。


『あっ!? ちょっ! 置いてくな!』


 続いてイルミもいなくなり、画面が静かになる。

 同時に、押し黙って震えるシルビアには近寄れない、近寄りたくないオーラが。


「あの、シルビアさま? 大丈夫ですか? まだ人間ですか?」

「どういう聞き方だよ」


 もはやリータに『ジュリアスを愛する人型のなんかそういう存在』と思われているらしい。これにはさすがの元帥閣下もついてこれない。


「えぇ……大丈夫よ……」

「ダメだ声がなんかモンスターっぽい」


 実際はただ叫びすぎて声が枯れているだけだが。

 まさか『推しのそばで働くなんかで止まらない』宣言の直後。天罰のように引き離されようとは。


 私、やっぱりジュリさまのおそばにいたい……。物理的には無理でも、近くに感じていたい……。


 失って初めて分かる感覚。恋愛門外(染色体XX)が初めて味わう寂しさ。

 また彼に近付くためにも。もう引き離されないためにも。


 やっぱり可及的すみやかに中央を滅ぼそう。頂点に立とう。


 改めて決意するシルビアなのであった。


 が、それまでは。


「リータぁ〜!!」

「ぎゃああ!!」


 少女を抱き締め、『リータを愛する人型のなんかそういう存在』として乗り切る。

 その光景を見ながら、


「あのー、えー、あー……、うふふ。改めまして、あなた方をお預かりするセナです。よろしく。ごめんね、ジュリさまじゃなくて」


『苦笑いのカーチャ』になる閣下。『作り笑いのカーチャ』かもしれない。


「よろしくお願いいたします」


 リータが頭を下げることで、妖怪みたいに張り付いているシルビアも自動でお辞儀。

 このマナーの悪さで、本当に人の上に立つ気があるのだろうか。


「じゃあさっそく、今後の予定だけど」


 カーチャもソレはいないことにして話を進める。実際幽霊が見える人の多くは、見ないフリをするらしい。


「君たち以外の生き残りは、近くのエポナ方面軍管轄の基地で降ろします。そっからはスピード勝負。忙しくなるよぉ?」

「工作がですか?」

「違う違う」


 彼女はむしろ楽しそうに、人差し指を振る。


「皇国軍の主な艦艇は、同盟も当然リストを持ってる。この『私を昂らせてレミーマーチン』もご多分に洩れず、私の座乗艦ということまで。つまり、さっきの戦闘で私がここにいること。シルヴァヌスを留守にしていることがバレた」

「ということは……」


 閣下はウインクを飛ばす。


「急いで帰らないと、狼に7匹の仔山羊が食べられちゃうぞ。今回の『宙域侵犯から攻撃』への報復もあるだろうし」


 彼女はシロナに目配せする。『今から言うことは、この二人にする世間話ではない。艦隊全員によく周知し、覚悟せよ』ということだろう。



「さぁて! 年末進行レベルの弾丸トンボ返り! からの一大決戦! 大車輪だよ!!」



 それにしても、ウインクが映えるである。






            ──『立志編』完──

        ──『嗚呼シルヴァヌスの日々』へ続く──

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