嗚呼シルヴァヌスの日々

第17話 『デキマ小惑星帯会戦』

「さぁ、仕掛けるよ!」






 この日のことは、戦闘の詳細からその直前まで細かく。

 たとえば


『ギリギリで駆け付けたセナ元帥は、不眠不休を感じさせぬ威容で指揮を執った』


 など。

 当時部下であったシルビア・マチルダ・バーナードの回顧録。

 付き人をしていたシロナ・マコーミックのインタビュー記事。

 国立戦争博物館所蔵リータ・ロカンタンの日記などから確認できる。


 そう。宇宙戦史マニアにはファンが多く、後世の歴史家にも


「『半笑いのカーチャ』はこの戦闘において。自らのドクトリンは寝不足でも勝てるほど優秀であると証明した」


 と評される、『デキマ小惑星帯会戦』である。

 2323年9月10日、午前7時12分のことであった。






 シルビアは梓だったころ、割と話題になっている大河ドラマくらいは見ていた。

 今になって思うのは、


 両陣営の衝突を『横から見た』視点が多かったな。

 アングルだったり位置取りだったり。当事者目線のカメラワークは記憶がないな。


 ということ。

 つまり、自分が『参加者』として見る、神視点ではなく一個人の視界で捉える、


 広がる味方の大軍勢と、対峙する敵の大軍勢。総勢185隻対192隻。


 その光景に圧倒されている。

 つい先日の、たった一隻で三隻に追いかけ回される状況。

 あれとは比べものにならない派手さ。しかし単独ではないことで分散され

薄れる、向かってくる殺意の切れ味。

 なんだか緊張と油断が同時に来るようで、重力発生装置の恩恵を感じない。

 何より。


「あの、閣下」

「何かなバーナードくん」



「『仕掛けるよ!』から一向に、艦隊が動いていないのですが」



 カーチャの指示でテキパキと陣形が構築された、まではいい。

 しかしそれからは

 いっそ全てが動き始めてしまえば、彼女も夢中になって戦うしかない。

 しかし実際はジリジリした睨み合い。緊張が高まるだけ高まって、少しも爆発できるタイミングがない。

 強制的にクシャミを止められているかのような気分だ。


 そんな生涯二戦目のシルビアに対して。若くして元帥に昇り詰めた閣下は、余裕の雰囲気。

 艦長席で寛ぎ、シロナが持っているボウルからキャンディを取り出す。艦長室にあったやつ。


「うふふ。実はもう仕掛けているのだよ」


 言葉を発した本人の代わりにとするのはシロナ。

 キャンディ係で突っ立っているのも胸を張って誇らしげ。

「こんな雑用!」と言わないあたり、おそらくこれが彼女の仕事なのだろう。唯一まともにできる感じの。


「仕掛けてるって何を?」

「陣形しいたじゃん」

「えぇ……」

「何も攻撃するだけが『仕掛け』ではないのだよ、バーナードくん。勝ちはぶつかるまえに取りにいくものであり。戦闘が発生するまえから勝てるシステムを構築しておくのが将校でもあり」


 それっぽいことを言っているのは分かるが、具体的なことは何一つ伝わらない。

 その辺はもういいとして。


「陣形、といえば閣下」


 艦長席まえに用意された、大きな液晶付きのテーブル。そこには周辺の地図と敵味方の配置が映されている。

 そこを見つめ……。


 シルビアは戦争に関しては素人である。なので考えることが的外れである可能性は否定できない。どころか高い。

 彼女は一度、リータの方へ視線を移す。小さな半身はコクリと頷いた。背中を押されて、ようやく疑問を述べる。


「この艦隊配置、大まかに中央、左翼、右翼と分けた場合。左翼の付け根だけ、少し薄くありませんか?」


 対するカーチャは



「いいところに気付いたね。よく見てる」



 素直に認め、褒めすらする。

 ただし、最初から分かっている様子でもある。


「いいところって! ここを突かれたら、我々は容易たやすく瓦解してしまうのではないですか!? むしろ痛いところでしょう!」

「うふふ、お上手。キャンディ食べる?」


 不真面目な応酬ばかり繰り返しているうちに、



「敵艦隊、動きます!」



 オペレーターの声と同時。テーブルの液晶に映った点が動き始める。

 ご丁寧に予想進路が矢印で表示され、真っ直ぐに左翼の付け根へ。


「来たね」

「敵にもバレてるじゃありませんか!」

「そうだね」


 それでも閣下は落ち着いた様子で、ゆっくり椅子に座りなおす。


「いいかい? 戦場で最も恐るべきこと、なんだと思う?」

「えっ?」

「そいつは『不測の事態』っていうんだ。対策も立てづらく、一歩間違えれば取り返しがつかないダメージを喰らう。強者が弱者に、勝てる戦いに負ける時は、大抵こいつがどこかから見てる」


 ボウルの中から、もう一つ取り出されたキャンディ。口の中に最初のが入っているので、包装紙を剥かれはしない。

 ただヒラヒラと、指揮棒のように揺られている。


「逆に言えば、『不測の事態』を排除できれば。戦場の動きをコントロールできれば。何も恐ることはないんだよ」

「そういうこと!?」


 リータがテーブルへ乗り出す。


「どういうこと?」

「いいですか? シルビアさま」


 少女は精いっぱいマップを指差し説明しようとする。小柄なので満足にはいかないが。


「左翼の付け根が薄いということは、その分他は厚みを増しています。となると当然、相手は手ごわいところを避けて脆弱ぜいじゃくな部分を突こうとします」

「あぁ! 相手に有利なパターンを用意することで、逆に動きをパターン化させてるのね!」

「ですので不測の事態は起きず、あらかじめ攻められ方に対する罠を張っておけば!」

「注文どおりに勝てる!」

「これが私の十八番おはこなのさ」


 リータへキャンディを手渡すカーチャ。所作には勝利を確信した余裕がある。

 しかし、


「閣下。お言葉ですが、十八番なら相手も読んでくるのでは?」

「だからこそ、この小惑星帯に陣を構えたのさ」


 元帥閣下はようやく指揮棒を取り出し、マップを指す。


「ここはたくさんの細かい小惑星で、艦隊が進めるコースは限られてる。そう、ちょうど我々の側面へは回り込めないように」


 と思ったら短くされ、片付けられる指揮棒。


「よって敵は、頑強な面に正面衝突するか、罠と知っていて隙間へ飛び込むか。二択を強いられるわけだ。この『用意された二択を選ばなければならない』『どちらが正解か迷う』。二つのストレスを与えた時点で、精神的にこちらが優位。士気、勢いがものを言う戦場でイニシアチブを握れるのさ」

「なるほど」

「バーンズワースやカーディナル麾下きかの。ああいう命知らずどもの正面衝突ならともかく、人間辞めてないやつには破れんよ」

「間もなく接敵します!」

「艦載機、全機発艦! あえて左翼の付け根は通してやる! 顔を出したら狭い小惑星帯で通行料巻き上げてやれ!」


 説明終わりというように、カーチャは背もたれへ沈み込む。まるで戦闘すらも終わったかのように。



「さて、マコちゃん。ジンをもらおうかな。クラッシュドアイスで目の覚めるようなやつを」





 複数の文献で、数分のズレはあるものの。

 前哨戦で『地球圏同盟』艦隊は戦力の半分を喪失し。



『デキマ小惑星帯会戦』は2時間せずに決着したと言われている。

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