第18話 悪役令嬢に転生するということ
『やぁ皆の衆! 元気だったかい? まずはこのまえの勝利、おめでとう』
「ジュ」
デキマ小惑星帯での快勝から数日。
イルミがミュートのある辺りへ手を伸ばすのが見えた。今日はバーンズワースと一緒に映っている。
もちろんシルビアサイド。シルヴァヌス方面派遣艦隊元帥府・元帥執務室には奇声が響き渡る。
「よくもまぁ、数日ぶりであんなに騒げますね」
「逆にこれだけ頻繁に連絡取ってて、なんでこのまえショック受けてたんだろうねぇ?」
「いつもなんです。なんでもないんです」
「なんか君もそれで全部片付けようとしてない?」
あだ名の持ち主以上に絶妙な半笑いで両手を上げるリータ。そもそも彼女がフォローする責任もないが。
画面では、シルビアが沈静化したのを動きで判断。イルミがミュートを切る。
『それで本題に入るんだけど。イベリア基地司令官の尋問が終了したよ』
「早いねぇ」
『ウチにはミチ姉がいるからね』
「SMの女王かな?」
『私は何もしていません!』
さっそく話題が逸れかかるところだけが唯一、若き将校たちの年齢相応な姿だろうか。
『まぁ「博士号論文:ミチ姉には指揮杖より鞭が似合うかどうか」は置いといて』
『置くな!』
『えっ? みっちり議論した方がよかった?』
『違う!』
「おーい」
戻す気がないのも。
人の身の安全がかかっているというのに。シルビアとバーンズワースの
『あぁごめんごめん。それで、尋問の結果なんだけどね?』
「いかが、でしたか?」
ごく自然な問いなのだが。
なぜか彼は少し、居心地悪そうに体を揺らした。
『まぁ、黒幕が分かったよ』
「本当に!?」
『あとは中央へ伝えて、糾弾してもらうだけかな』
「よかった……」
ほっと胸を撫で下ろし、希望に満ちたで見つめ合うシルビアとリータだが。
『そうでもない』
「えっ」
イルミのいつもより、ほんの少しだけ低い声が割り込む。
「それはいったい、どういうことですか?」
『黒幕がな、シーガー卿だったんだ』
「シーガー卿?」
知らない人物
のはずなのに、なぜかシルビアはその名を知っている。耳に覚えのある響きだ。
どこかで誰かが話しているのを、小耳に挟みでもしたのだろうか?
いや、違う。もっとまえに。
梓だった頃に記憶がある。
「あっ!」
「何か心当たりでも?」
カーチャの発言は『命を狙われる理由について』だろうが、彼女の気付きはもっと根本。
シーガー。
クロエ・マリア・エリーザベト・シーガー。
今シルビアがいる世界の、ゲームの主人公。
彼女がプレイヤーだった頃に、何度も目にし、耳にした名前。
そして、その父シーガー卿というのは、
『宰相閣下だ。手強い相手になる』
そう、宮中の権力で言えば、一部の皇族すら凌ぐ政治家閥のトップ。
イルミは少し申し訳なさそうに咳払いをする。
『その、なんだ。相手は絶大な権力を握り、今をときめく人物だ。それに対してバーナード少尉は……』
言いづらそうな彼女を庇うように、バーンズワースが言葉を引き継ぐ。
『皇帝陛下からわざわざ「皇族ではなく一士官として扱うように」と。それも建て前やアピールではなくガチで根回しされるような。はっきり言って、最高権力者から見放された存在だ。つまり』
ゴクリと唾を飲む音は誰のものか。それは分からないのに。
首筋に汗が流れたことは敏感に感じ取れる。
『両者を天秤にかけた場合、政治的判断で揉み消される可能性がある』
「そう、ですか」
思わずソファへ、座るというよりは腰から落ちるように。崩れかけた彼女をリータが支え、ゆっくり着地させる。
それだけ彼女は愕然としていた。
悪役令嬢というものがここにきて、これほどまでに重くのしかかろうとは。
この世界に転生してからというもの、面と向かって来歴を非難されたことはない。
しかし彼女に、プレイヤーのされた記憶はあっても、した覚えはないとは言え。
それは確かにあったことで、消えたわけでもない。
しかもそれで命を狙われることになろうとは。
いつまで、どこまで私に降りかかると言うの……?
先も底も見えないトンネルが、彼女の精神を蝕む。
しかし。
先ほども言ったように、常に他者からそこを攻撃されていたわけでもなく。
全てがシルビアの敵というわけでもないのだ。
『でも安心してほしい』
彼女の耳に、包み込むような声が届く。
推しだとか、いい声優が起用されているとか。
そういうこと以上に心へ染み入る、特別な響きがある。
『僕が必ず、このことは追及してみせる。時間はかかるかもしれないけど、でも任せてほしい。君の安全を、僕に守らせてほしい』
「閣下……!」
今まではファンとして騒いでいたシルビアだが、今は一人の人間同士として。
心の底から、喜びと敬愛と、震える乙女心が脈打つのを感じる。
ただただ人の温かみに、目からも熱い温度が溢れる。
「閣下……! バーンズワース閣下! ご厚情、痛み入ります……!」
思わず顔を覆って、失礼にもつむじを向けてしまった彼女へ。
さらに温かい言葉が与えられる。
『まぁまぁ。気にしないでよ。僕のためでもあるんだよ。シーガー家には妹が仕えていてね。このことが正しく裁かれないと、僕が妹かわいさに隠蔽したみたいじゃん?』
「違いないや」
カーチャも静かに、空気を和らげるように相槌を打つ。
『そりゃ元帥としちゃ、たまったもんじゃないからね。まぁ、でも。元帥か。うん』
バーンズワースは一人納得したように頷くと、そっと囁いた。
『僕は元帥で、君は部下だから。どうしても、守ってあげたいんだよ』
その後の会話を、シルビアはよく覚えていない。
まぁ、特別頭に入っていなければならないような情報はなかったと思う。
なので、
やはり今日のことが。
またものちのち重くのしかかってくるとは。
予想だにしなかった。
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