第19話 新たなる出陣、全てへの第一歩

「まぁ、バーンズワースくんは言うがね」


 あれから数日後。


 突然の話で申し訳ないが。

 基地内には明るいフロア暗いフロア、広い廊下狭い廊下がある。それで言うと。

 この廊下は全体平均と比べてやや光量が強く、そのくせ結構狭い方と言える。


「割りとね、早くにせると思う」


 シルビアはカーチャの一歩を後ろをついていく。隣にはキャンディ係のシロナもいる。

 カーチャの声と三人の足音。廊下が狭いゆえによく響き渡り、聴覚を強く意識させられる。

 五感を、そこから脳を叩き起こしているのだ。この照明の強さも視覚を刺激するのが目的だろう。

 この廊下の先にある場所が取り分け眩しく、徐々に慣れさせる目的もあろうが。


「軍部は一枚岩じゃなかったりするけど。でも『プライドの問題』になった瞬間、この世の何より速く堅く結束する。『皆さんが静かになるまで、10秒もかかりませんでした』。校長先生にもご満悦いただけるだろう」


 意外に長く、まっすぐな廊下。

 足元も左右も見ず、ひたすら目の前に集中するだけで歩ける。というか他に注意を向けるものがない。

 そんな『拘束』が長い廊下。


 シルビアは思う。

 これは戦士の廊下なのだ、と。

 脳を、感覚を研ぎ澄まし、それを戦いへと注ぎ込む。

 そのための演出なのだ、と。


「それだけに、シーガー卿の差し金が噂の流れに乗ったら。『政治屋がナメやがって』と感じた陸海空宇から方面軍各位。怒りの結束と敵愾心てきがいしんで旗を染め上げるだろう。そのうえバーンズワースくんが基地司令官を尋問、罷免ひめん。もう誰もが事実関係を漁るのは止められない」


 こうして軍人の生態について語る彼女も。

 普段はヘラヘラと絡みやすい空気で、

 キャンディ抱えるしか能のない女子高生相当を連れ回す、

 実際どれだけ立派でも、年齢は20半ばの若い女性も。


 この廊下を経て、蜘蛛か蜂の巣のような陣形で相手を撃滅する英雄に。

 元帥に。

半笑いのカーチャラッフィング・カーチャ』に。

 切り替わるのだ。


「そうなると、おそらくシーガー卿は切られる。宰相一人、政治家一人なら代わりはいるけど。皇国軍全軍の代わりはポッと出てこないからね」

「なるほど」


 ようやくシロナの相槌が挟まる。

 それと同時に、廊下の先。

 より強い光、なんらかのアラーム、機械の稼働音、人の声。さまざまなものが差し込んでくる。


「でも、君もそれだけじゃ不安だろうし。ただ火種ってんじゃ居心地も悪いと思う。だから」


 長く狭い廊下も終わり、広がるのは、


 広大なドック。

 鎮座する、黄色いラインが目立つ黒い艦体『私を昂らせてレミーマーチン』号。


「シルビアさま」


 一足先に待機していたリータ。

 彼女にも聞かせるように。



「ここは一つ武功をあげて、君自身の価値を高めておこう」



 振り返って両腕を広げるカーチャ。


 元よりそのつもりよ。私は出世なんてもんじゃない、この国の頂点へ駆け上がるんだから。


 シルビアも闘志のこもった瞳を返した。






 大艦隊が銀河の大海原おおうなばらを行く。

 シルビアにとってこの光景は二度目だが、旗艦だけあって外には艦、艦、艦。

 圧迫感のある光景である。


 その中で平然としているのは、やはり元帥なるものの機能だろうか。

 カーチャは艦長席がマッサージチェアかのように沈み込み、紅茶を嗜む。


「さて。過日、我々はデキマ小惑星帯での会戦に大勝した。敵も私の不在を狙った電撃戦ブリッツ、つまり総力戦ではなかったが。逆に言えば準備時間がない作戦にも即応できる部隊、少数でも勝てる自信があった部隊。精鋭部隊であったと考えられる。『地球圏同盟』方面軍としての体裁ていさいには大差なかろうとも、その中枢は崩壊している」


 別段、マイクを使った全艦隊への演説でもなければ、艦橋内に向けてもいない。

 シルビアとリータに聞かせているのだ。それも講釈垂れているのではなく、前提の説明。

 そんな話をする理由と言えば。


「ゆえに我々シルヴァヌス方面艦隊はこれを好機と捉え。やつらを徹底的に撃滅し、シルヴァヌス宙域の支配をより盤石なものとするべく。こうして艦隊を動員している」


 カーチャは一度ティーカップをソーサーに下ろし、はっきりとこちらへ向けて微笑む。


「さて、ここで問題。今回の遠征で大会戦となった場合、我々はどう戦おうか?」


 今、シルビアは試されているのだ。

 武功をあげようとは言うが、『無償でくれる』の『あげる』ではない。実力で勝ち取らなければならない。

 そのためにも今、指揮官としての器を問われている。


 しかし現状、彼女がどこまで的確な答えを出せるかというと。

 何もシルビアとて、延々航海法ばかり学んでいるわけではない。少しずつジャンルは増やしているし、戦術戦略も取り組んでいるところ。

 それでもまだ、元帥の下問や艦隊運用に堪えるとは思えない。

 だからこそ。


「閣下。まず、デキマで取った戦術。あのたぐいは用いないものと思われます」


 リータが一歩、前に出て答える。

 ともすれば割り込みとも言えるかもしれないが、カーチャも特に咎めない。


 半身。コインの表裏。二人で一つ。


 この僅かの期間に、それだけの認識を勝ち得ているようだ。


「なぜそう思う?」

「あれは敵が仕掛けてくる前提の、防御に強い布陣です。ですので前回のような、敵が侵攻を目論んでいる場合には。アイギスにも剣閣けんかくにもなるでしょう」

「うむ」


 カーチャも肘掛けに身を乗り出す。


「しかし今回はこちらが遠征する側。もし向こうが一歩も進ませまいと立ち塞がるだけなら。我々は遠路はるばる、睨めっこをしに来たことになってしまいます」

「よろしい。では『どのように戦うか』。これについては?」


 ここで急にリータはシルビアへ視線を向ける。


 え? ここで私? 最後までリータが言わないの!?


 少し驚いたシルビアだが、確かに彼女に頼りきりでもいけない。

 このままでは、半身どころか尻尾程度である。

 必死に己の脳みそを働かせる。


 落ち着きなさい。同じ戦術の話よ、さっきの話にヒントがあるはず。


 電撃戦、防御に強い陣形、相手の目論み、遠征、『どのように戦うか』。


 いくつかのワードを反芻はんすうし、彼女が出した答えは

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