第20話 諸葛孔明も結構地道だったのかも

「分かりません」


 それがシルビアの答えだった。


「ほう」


 カーチャの返事はというと、特にがっかりした様子もなく。

 だからこそ。


 より、先を促す視線が強くなる。

『それはどういう意図か?』

 と。


 シルビアは短く強く息を吸う。

 動揺やピンチではない。


 彼女とて、何もお手上げでそう答えたのではない。


 彼女なりに考え抜いた『アンサー』だからこそ。

 説明まえの深呼吸をしたのだ。


「デキマにて閣下に敗れた『地球圏同盟』軍ですが。彼らが閣下の不在を狙って

電撃戦ブリッツを選択したこと、間違いとは思いません」

「そうだね。私が逆の立場でも、同じ策を考えるだろう」


 ゆっくり頷くカーチャに、シルビアは手応えを感じる。

 半笑いとは違う、はっきりした微笑みに「間違っていない」と自信を得る。


「ですが実際は。閣下は戦場に間に合い、堅牢なドクトリンで待ち受けていました。結果、彼らは有効な戦果をあげるどころか。甚大な被害を叩き出します」

「そうだね」

「つまり!」


 前世でも幾度となくあった、プレゼンのクライマックスである。

 スライドやプロジェクターはない。彼女は背筋を伸ばし、せめて自分の見栄えをよくする。


 さぁ! アテンション・プリーズ!


「いかにこちらが事前に計画を立てようと! それは机上の空論であり、相手と噛み合わなければ意味がありません! よって、待ち構える敵の情報がない現状、『分からない』としか申し上げられません!」


 数学の答案用紙に当てずっぽうで『ー√2/3』とか書いているのではない。

 堂々と、確信を持って答えると。


「それだけ考えてるなら! キャンディ食べる?」


 閣下も満点の笑顔を返してくれた。


「では『どのように戦うか』の答えは、また今度にしよう。ただ、『見てから考える』では遅い場合もある。いくつか状況を想定して、パターンを用意しておくこと」

「承知いたしました」


『講義』は終わりというように、また寛いで紅茶を啜るカーチャ。


「なぁに、接敵まではまだ数日ある。味方艦隊の総力スペックを頭に入れる必要もあるし。では、シルビア・バーナード少尉、リータ・ロカンタン少尉」

「はっ!」

「はっ!」


 規律正しく威勢よく応える二人。


「諸君らは現時刻をもって、艦橋での待機任務を一部免除。二人でみっちり考えなさい」


 それを満足そうに眺めた『半笑い』は、


「期待しているよ」


 上手なウインクをしてみせた。






「やってくれたわね、リータ」

「でもうまくいったし?」


 無茶振りしてきたことを悪びれないリータ。

 しかし結果オーライ。シルビアも株を上げられたので気にしない。

 どころか


 もう! リータったら! 小悪魔な振る舞いまで覚えちゃって!


 ……幸せな生き物である。


 しかしもちろん、イチャイチャしている暇などない。

 ここからが本番。次の作戦立案が失敗すれば、上がった株は元どおり。

 元帥閣下レベルのお眼鏡に適うかは別にしても。

 普遍的な及第点はいただかなければならない。


「まえにも言いましたけど、見て察するのは得意なんですけど。やっぱり考えるのは得意じゃないんで。投げちゃいました」

「だとしても。今からしばらく、お勉強の時間よ」


 まずはリータの信頼と、互いが互いを必要とする意識を構築している。

 今回も真面目に取り組めば、結果はついてくるはずである。






「さて」


 食堂の片隅。たくさんのルーズリーフを並べているのはシルビアとリータ。

 そこには調べられるだけ調べ、聞けるだけ聞き込んだ味方艦隊の構成が記されている。


「まず特筆すべきことは」


 一番手前のレジュメ。


「本艦隊は、艦載機搭載数が多めのクラスを中心に編成している、ということね」

「特に旗艦『私を昂らせてレミーマーチン』。これはもう『戦闘空母』と言っていいくらいです」


 実際の戦争では。いわゆる戦艦と空母はそれぞれ独立した艦種である。

 が、この銀河時代、というかこのゲームでは違うらしい。

 重力化のものと違って、エンジンから何から何まで大型化した宇宙戦艦。

 そのため、逆に巨大すぎる艦体には、案外余裕スペースがあるのか。戦艦自身に一定の搭載数が見込める。

 単純に『宇宙戦艦ヤ◯ト』や『機動戦士ガ◯ダム』のイメージかもしれない。


「ただ、その分」


 では搭載数が少ない戦艦はデッドスペースまみれか、パスタ詰めてんのかと言うと。

 もちろんそうではない。

 その分強力なジェネレータを搭載したりと、単体での馬力を上げている。


「砲撃戦で正面から殴り合うのは、少し避けたいわね」

「まぁ前回で精鋭は叩いているので、今回に限っては平気でしょうが」

「でも基本、苦手は避けた提案をできるのが一番よ」


 だからこそ、相手を正面から受け止めない防御ドクトリンだったのだろう。

 以前カーチャが言っていた『命知らずどもとの正面衝突』。

 これも敵の勢いや練度以上に、そもそもの急所なのだろう。


「ということを踏まえて」


 戦争。戦術戦略。そう言われると大変なことに感じるが。

 情報をまとめて、強みや訴求点を洗い出し、提案する。そう考えると、


 なんだ、イベントの企画と変わらないじゃない。


 苦手意識が薄れるシルビア。

 もちろん前世での仕事は、殺しの方法を思索したりなどしない。

 そう思うと、イベリアでの罠も悪くなかったかもしれない。

 あの出来事が彼女に覚悟と志を与えている。逆にそれがなければ、罪悪感で任に堪えない可能性もあった。


「考えたいのは、『正面衝突を避け』『艦載機を活かした』『攻勢』ね」

「はい!」

「さぁて、バリバリ頭使うわよ!」

「だからキャンディ山盛りなんだなぁ」


 テンションだけは試験まえの勉強会。二人で一人、一人は二人。孤独でないことは力を与える。

 そうして取り組んでいるうちに。






 決戦の日が訪れる。

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