第21話 若き提督の苦悩
「レーダーに感あり! 提督! 皇国艦隊が現れました!」
「ヤロウ! やっぱり来やがったか!」
ここは『地球圏同盟』シルヴァヌス星域艦隊旗艦『甘
シルヴァヌス艦隊独特の、
一転シンプルな、純白に金のサイドライン入りな『同盟軍』共通のボトムス。
高級将校用の軍帽も、白基調に黒と金で全軍共通。
それらに艦長席で身を包むマルセル・ギュストは、若くして提督に昇り詰めた男である。
……まぁもっとも。苛烈な戦争で前任者が戦死し、若い者がどんどん押し上げられるなんて話。同盟皇国両者とも、めずらしい人事ではないのだが。
むしろ老人のために若者が相次いで死に、新進気鋭〜中堅が払底よりはマシか。
彼もまた、お寒い情勢でベテランがいない恐怖と戦う後任指揮官である。
「数は!」
「えー、200、300……、500以上!」
「チクショウ、前回と比べてガチだな……!」
「モニターへ転送します!」
「おぉ!」
大画面で広がるレーダーには、敵艦を示す赤い点が無数に。
決して数で負けているわけではないのだが、やはり圧倒されてしまう。
正面衝突すりゃあ、なかなかエラいことんなるな……
口に出せば味方の士気に関わる。ギュストは頭蓋の内側で呟くにとどめる。
と、神経を尖らせていると、
「ん?」
彼はあることに気づいた。映るマップに既視感があるのだ。
というか、
「この陣形は」
数が膨大であるゆえ、怪物のように膨らんではいるが。
「こいつは、こいつはデキマの時と同じだ!」
目の前に広がるのは、重厚な構えの防御陣形
と見せかけて、大きく三つに分けた左翼の付け根。誘い込むように切れ目が入っている。
まさしく過日、手痛い目に遭った恐怖の陣形である。
トラウマか、思わず頭痛を覚えるギュストだが。
悪くねぇ!
正直これは、彼にとって僥倖とも言える。
第一に彼を支配している恐怖は、未知。
相手は狡猾な罠を張って、こちらの精鋭を食った魔女である。
今回は何をしてくるつもりなのか、どのような策があるのか。
『内容は知らないが、世界一怖いと評判のお化け屋敷』へ強制的に放り込まれるような。
避けられない闇が彼を
第二に、正面衝突。
いくら数のうえでは大差ないとはいえ。
充実し、先の大勝で勢いある敵。比べて味方は精鋭を欠いた、背骨のない獅子。
まともにぶつかり合えば、出血を
迫る死刑宣告に、告解もできず喘いでいたところだ。
それを、
やつら、ケチりやがった!
欲をかいて通行料をチョロまかそうと、さりとて新しい策も講じず。
明らかな手抜きで構えている。
結果、ギュストが怖れていた
『手の内が見えない』
『単純に実力差で敵わない』
この二つが解消されている。
あぁ、なんという。
罪なる怠惰、邪悪なる傲慢、愚かなる失策。
このような不誠実不信心、勝利の女神も赦しはしないだろう。
「いいかっ! 向こうは前回と同じ作戦で来ている! だが怖れるな! あれは相手を引き込んでこその戦術、こちらが仕掛けなければ何もできやしねぇ! そして今回は向こうが遠征軍! 背後の基地から常に補給を受けられるオレたちと違って! 持久戦になりゃ、撤退しなきゃなんねぇのは連中の方だ!」
ありったけの大声を張り、身振り手振りも交えて檄を飛ばすギュスト。
艦橋のクルー全員が彼を、艦内放送や通信で聞いている同盟軍人全員がスピーカーを。
希望と戦意に輝く、熱っぽい瞳で見つめている。
「今回の戦い! ただじっと膠着しているだけで、オレたちの勝利だ!」
しかし、大きくぶち上げたはいいが。
向こうも気づいて、明日には猛攻を仕掛けてくるかもしれない。
「警戒は怠るなよ! 防衛戦の強固さが鍵だ!」
当座の安心材料があるだけ。気が抜けないのは変わらない。
「ふぁく」
ギュストはあくびを噛み殺した。
提督ともあろう立場、見られでもしたら士気に関わる。
それだけ、現状はゆるくなってしまいそうなのだ。
あれから三日経った。
しかし、眼前に鎮座する憎き怨敵どもは。
仕掛けてくるどころか、少し足を組み替える程度にも動いてこない。
やる気があるのか、そもそも人が乗っているのか怪しいレベルである。
最初は
「こちらが仕掛けないから困ってるな」
とか
「攻めあぐねてるな。どうやら敵将、守りは硬いが攻めは苦手らしいな?」
とか思っていたが、ここまで沈黙していると言葉も続かない。
結果
副官からも、クルーの気持ちがダレはじめていると報告を受けている。
緊張感が高まっていた分だけ反動か、規律もギリギリのところ。
特に賭け事なんかは普段、多少目溢しするものであるが。
最近は皆、そこにエネルギーを注ぐので、トラブルの種になりつつある。禁止する日も近いかもしれない。
有利なのに士気を保つのに四苦八苦たぁ。戦争は、指揮官ってのは難しいな。
「観測手、レーダー異常ないか」
不謹慎ながら、少しだけ「何かあってくれ」とすら思うギュスト。
好きな子と連絡先を交換した日のSNSのように、何度も通知を確認してしまう。
が、
「ありません。艦が動くどころか、哨戒機の一つも飛んじゃいませんよ」
「そうか」
あの子は今日も、つれない様子。
「これなら、さっさと帰ってくれりゃあなぁ。こっちもエネルギーの浪費ですよ」
「そう言うな。引き続き警戒頼むぞ」
ダメだな、みんななんとなくイライラしてらぁ。こっちが有利なはずなのに。
かく言う彼も落ち着かない。
こちらが有利なはずなのだ。さっき観測手が言ったとおり、エネルギーの問題がある。
こうして時間が過ぎれば過ぎるだけ、向こうはタイムリミットが迫る。のちのち戦闘に割けるエネルギーの残量も減る。
黙っているだけで、自分たちはアドバンテージを稼いでいるはずなのだ。
なのにこの居心地の悪さ。
ギュストはパンパンと頬を張る。
ダメだ! 冷静さを欠いている!
指揮官であるオレがありもしない影に怯えてちゃ、勝てるもんも勝てねぇ!
「すまん。少しシャワー浴びてくる。そのあいだのことは任せた」
「はっ」
少し頭をシャッキリさせるべく、彼は艦長席を離れた。
「あー」
冷たいシャワーも考えたが、結局熱めのシャワーにしたギュスト。
血行をよくした方が、頭が回る気がしたのだ。
その甲斐あってか、少しだけ冷静になれる。
こりゃあれだ。結局『相手の手の内が読めねぇ』不気味さから逃れられてねぇ。
逆に、それに気付けたのは大きい。
「惑わされてはいけない」という使命感が、程よい緊張感をを取り戻すだろう。
一安心、シャワーを切り上げようとレバーに手を伸ばしたその時、
「おわっ!?」
地震かのように大きく揺れて、ギュストは思わず尻餅をつく。
「がっ!
混乱しているところに、こちらへ走ってくる足音。
続いてドアの向こうから響くのは副官の叫び声。
「提督! 大変です! 敵襲です! 奇襲を受けています!」
彼は驚きのあまり、しばし立ち上がるのも忘れた。
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