第22話 『宇宙世紀の真珠湾』作戦
「奇襲だと!?」
時間をかけてはいられない。
ギュストは手早く体を拭くと、下はともかく上半身は適当。シャツも着ずに裸へジャケットだけ羽織る。
そのまま廊下へ飛び出し艦橋へ。副官は背中で叱る。
「急に現れたならともかく! 何日もまえから目の前! メシ誘える距離にいるんだぞ!? 油断しすぎだ!」
しかし、副官の声は恥じ入るどころか悲痛であった。
「急に現れたのです!」
「なんだと!?」
血迷ったかとすら思ったギュストだが、
「うおぉお!」
またも揺れる艦体。しかしその衝撃は、明らかに横から。
彼はなんとなく察した。
そこに答え合わせが入る。
「隊列の横から、艦載機の編隊が!」
とにかく、起きてしまった事態はしょうがない。今重要なのは対処すること。
艦隊中央に位置する『
敵の攻勢が、より深く浸透してきていることに他ならない。
こいつはマズいぞ!!
祈るような気持ちで艦橋へ入ると、
「おおっ!!」
モニターに映るは、一大宇宙戦争パノラマ。
艦載機がドアップで通り過ぎたかと思えば。
端の方では僚艦が真っ二つ、量子エネルギーのライトグリーンに爆ぜる。
すでにあちこちで似たような光景が起きたあとらしく、忌まわしき小惑星帯に似た光景。
「なんてこった、なんて……」
もはや乗艦が揺れるのも感じなくなったギュストに、さらなる悲劇が襲いかかる。
「正面敵艦隊、動きます!!」
「提督!!」
副官の悲痛なボルテージに対して、
だろうな。
彼の精神は声にもならなかった。
「砲撃、来ます!」
「ああああ!!」
「艦隊、70パーセントを損耗! もはや組織的抵抗は不可能です!」
「『アンデルセン』轟沈! キースラー少将以下乗員、全員戦死!」
「被弾率上昇! これ以上は危険です!!」
「機関室被弾! 応答がありません!」
「出力低下! 40パーセント減! 止まりません!」
「艦長!!」
「提督!!」
当の指揮官から返事はない。彼は将校らしく、現状の二手三手先へ思いを馳せている。
常々『死ぬならせめて格好よく死にたい』と。軍人らしくも
どうやら
が、
失策したのはオレの方か。
じゃあ、
これ以上勝利の女神は微笑まねぇよな。
瞬間、目の前が緑の閃光に埋め尽くさ
少し時間を遡る。
ここは皇国艦隊旗艦『
「
「よしっ!」
艦載機による第一陣の大戦果に沸き立つ艦橋内。
ミルクキャンディの包み紙を弄ぶ元帥閣下は冷静だった。
「さて、バーナード司令官殿。そろそろですかな?」
「お
「よし! 艦隊前進! 攻勢に出る! 引導を渡してやれ!」
艦長席から立ち上がり、演劇のように大きく手を突き出すカーチャ。
「さぁ、仕掛けるよ!」
翻るマントを眺めながら、シルビアの意識はもう少し時間を遡る。
両艦隊が対峙する二日まえ。
「偵察機から通信!」
皇国艦隊は、待ち受ける同盟艦隊の情報をゲットしていた。
次々と詳細が読み上げられるなか、カーチャは聞いているのかいないのか。
キャンディを弄びながら、いつもの表情でシルビアを眺める。
さて、作戦立案最後のピースが揃ったぞ? どうする?
明らかに試す色がある。
なので彼女も、複数用意した手札から最適を思われるものを切る。
「元帥閣下。一つ質問がございます」
「何かな?」
「この距離から偵察機が飛ばせるということは。艦載機にはそれだけの航続距離が、パイロットにはそれだけの練度が。備わっているということでしょうか?」
カーチャは人差し指を頬に当てる。まるで遊んでいるかのようだ。
「うふふ、そうねぇ。偵察機とそれ用のパイロットって側面はあるけど。でもま、その他艦載機とパイロットも近いことは」
「でしたら、作戦がございます」
「ほう」
シルビアの力強い返事に、彼女も身を乗り出す。
「聞かせてもらおうか」
「では失礼して」
艦長席に備えられた、大きな液晶付きのテーブル。そこへ専用の棒を伸ばす。
「まず、敵艦隊と対峙した際。あえてデキマ会戦と同じ陣形をとります」
カーチャは相槌も頷きもしない。しばらくは語るに任せるようだ。
「同盟軍は前回で学習しています。必ず自らは仕掛けず、受けに回るでしょう。防衛側は『負けなければ勝ち』、持久策で敵の息切れを待つだけでもいいのですから」
チラリとリータを見る。彼女は真顔だが、それが背中を押しているようにも感じる。
何も気にしなくていい、自信を持て、と。
「そして我々も、しばらくそれに乗ります」
ほう、と元帥の眉が動く。
「何も起きず、有利な持久戦が続けば。さすがに同盟軍も気が弛むはずです」
前回もやったが、ここでクライマックスと声を張る。
「そこへ機動力がある艦載機で、全力の奇襲を仕掛けます! 持久戦と思わせて、相手の気が間伸びしたところを速攻で叩く! 言うなれば偽装
その後も、
『いくら艦載機はスピードがあると言えさ。さすがにまったく補足されず仕掛けるのは不可能じゃね?』
『正面は些細な動きも見張られて無理ゲーなんで。うっかりしてそうな左右から別働隊で。レーダーに映った時にはもう遅い感じで』
『でも別働隊
『そこはもう、母艦は少数で』
『それ、奇襲になる量の艦載機運べる?』
『宇宙だし、格納できなくても係留すればムリヤリ運べるくない?』
『でも結局、見つからないためには遠くでコソコソしなきゃじゃん。艦載機発艦もめっちゃ遠くからやんの?』
『せやで』
『めちゃ長距離フライトじゃん。ピーキーじゃね? パイロット大丈夫?』
『さっき聞いたとおりの練度と艦載機の性能ならいけるっしょ』
などを詰めた。
最後は根性論で解決しようとしているフシもあるが。
しかし、梓だった頃。
軍艦を擬人化したゲームのイベントを担当したことがある。
その時勉強したことだが。
旧日本海軍というのは、当時あり得ない航続距離を有した零戦を開発し。
技術だけでなく人間の限界でもあったそれを、パイロットの練度だけで克服したらしい。
相変わらずのブラック労働ぶりだが、前例があるってことで。
名付けて、『宇宙世紀の真珠湾』作戦。
一周回って古典的だが、
神の啓示と信じるしかない。
彼女もそこまで思ったかは知らないが、
「いいだろう。パイロットには、私が代わりに恨まれてやる」
カーチャはいつもの半笑い。
「さて、キャンディ食べる?」
独特の合格判定を出した。
そして今。
「敵艦隊旗艦『
「おおっ!」
「やったか!」
再度沸き立つ艦橋内で、
「おめでとう。キャンディ食べる?」
正式に合格通知が届いた。
2323年9月24日、午前3時44分のことである。
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