第189話 きな臭い事情、優しい事情
一方ガルシアの方も、
「それより、このあとはどうするんスか? まさか花だけ捧げて終わりじゃないでしょう?」
そっち方向のトークに熱を上げるのはやめたらしい。
今後のスケジュールをゴーギャンに尋ねている。
「えー? 一応パンフレットに書いておいたと思うけど」
彼は小冊子をパラパラめくる。
「えーとね、司祭の聖書読みがあって、讃美歌とか音楽があって、終わりかな」
「『立てよ国民!』みてぇなのはやんないんスか?」
「僕ねぇ、そういうのガラじゃないしねぇ」
「ゴーギャン閣下のそういうところ、僕は好きだよ」
「おっ。じゃあ今度デートする?」
「そういうところは嫌いだ」
「同族嫌悪じゃねぇかよ」
ガルシアがケラケラ笑う。
すっかり機嫌が直ったようだ。
直情的だが、悪感情を長続きさせない好青年である。
ゴーギャンもそれに気をよくして笑う。
「その代わりと言っちゃなんだけどさ? 式典のあとにワインパーティー用意してあるから。アンヌ=マリーちゃんが大好きな赤ワインをたっぷり飲んでさ。それを弔いにしようね」
「いいっスね」
「そういうところはもっと好きだな」
実にゴーギャンらしいやり方に賛同を示しつつ。
ワインパーティーにやつも来るのかな。
ジャンカルラは視線をまたコズロフへ向けた。
来たならその時にはいろいろ話したいところだったが。
彼もそこには姿を現さなかった。
長い回想を終えた彼女は、軍帽を被って仕事モードに切り替える。
「それで? 僕らに上から『あーしろこーしろ』は来てるのかい?」
「あっ、いえ」
ビクッと背筋を伸ばすラングレー。
どうやらジャンカルラが記憶の世界に飛んでいるので、彼もボーッと待っていたらしい。
「現状はまだ何も。まだ第一報が来たところですからね。今後なんらかのお達しがあるかもしれませんが」
「ま、
ジャンカルラは悪態レベルの言葉とともに部屋を出る。
誰が聞いているわけでもないが、ラングレーは慌てて話題を変えに掛かる。
「それにしても本当、アクシデントの絶えない人物ですな。シルビア・マチルダ・バーナードというのは」
「当たりまえさ」
彼女は振り返らずに答えるが、その声には確固たる信念がある。
自分自身のことではないのに、同じものを見据え、共有していると。
たしかに信じている強さがある。
「新しい時代を作るやつにとって、今の時代っていうのは常に向かい風だ。だから時代を変えられる」
そのジャンカルラを信じているように、ラングレーも頷くと。
ここでようやく彼女も振り返る。
「だからこそだ。僕らも『四つの時代』を進めるべく、逆風の中を切り抜けていこうじゃないか」
ジャンカルラにとってはダメ押し的な一言のつもりだったが。
「御意。しかし」
副官は彼女を信じているからこそ至った結論に、少し眉根が厳しくなる。
「上層部に怪しい動きがある以上、タイミングの見極めが肝要です」
副官の忠言に。
ジャンカルラは何も言わず、相手の肩をポンポンと叩きながら隣を抜けていく。
どうやら事情がややこしいのは、皇国だけではないらしい。
そんな、どこもかしこも嫌なニュースで溢れるこの頃。
惑星ディアナでは明るいニュースがあった。
「おねーちゃーん」
部屋をペーパーフラワーで飾っているシルビアのところに、ケイがやってきた。
つい先日と似たシチュエーションだが、今回は執務室ではない。
『セナ閣下がいらっしゃったら、この部屋を使っていただくから』
と布告してある空き部屋である。
他にも壁にはペーパーチェーンが掛けられていたり。
生花もあしらい、大きなテーブルにはクロス。小型の冷蔵庫まで備えられている。
では、カーチャをもてなすために準備しているのかというと。
さすがに向こうもそういう年齢ではない。せいぜいビールが冷やしてあれば、くらいだろう。
「セナ閣下から『間に合いそうにない。非常に悔しい。が、その分プレゼントは
「そう、分かったわ。まぁここは通信設備もしっかりしてるし、リモートでいけるでしょう」
花瓶や写真立てのあいだに置かれているデジタル時計。
そこに映る数字は、
『15:16 Thur. 8/14/2324』
そう、知る人ぞ知る。
明日はリータの誕生日なのである。
わざわざここを『カーチャの部屋』と宣伝しているのもサプライズ。
主賓がうっかり準備中に入ってこないようにするため。
「いや〜、リータちゃんも15歳かぁ」
ケイは棚の食器を数えながら呟く。
「嫌だわ……。あんなに小さくてかわいくて天使でロリロリなリータが……。着実に大人になっていってしまう……」
「おいおい。そんな子が軍人やってるのヤバいでしょ。早く大きくなってもらえ」
ふざけた願望を垂れ流すシルビアの後頭部に、妹から制裁の薔薇(紙製)が飛ぶ。
「そんなこと言ったってぇ」
彼女はそれを拾い、壁にテープで貼る。
「ま、小さい頃の時間が貴重だっていうのは分かる。15日に15歳の誕生日なんて、一生に一度だし」
「その理論だと、30日に三十路の誕生日でも通るじゃない」
今度はシルビアがツッコミを入れる番だが。
「クロ公も一緒に、祝いたかっただろうなぁ……」
帰ってきた返事は切なげな、いや、返事ではなかった。
彼女も一瞬、聞こえなかったフリが優しさかとも思ったが。
「そうね。来年は一緒に祝えるようにしないとね。明日はその決起集会にもなるでしょう」
淡々と、しかししっかりと。
希望を届けておくことにした。
そのあたりはケイも、
「……うん! そうだね!」
受け取り上手である。
その後は姉妹二人、
「ケーキは私に任せてネ!」
「買ってくるより確かなんでしょうね?」
「何をぉ!? これでもよくクロ公と厨房に乱入して作っては、料理長に『あー困りますっ! 殿下っ! 困りますっ! あーっ!!』って言われてたんだぞ!?」
「不安しかない」
楽しく飾り付けに時間を費やした。
迫る危機に多忙ではあるが。正直こんなことしている場合ではないが。
この世界で『梓』の誕生日は祝えない。
シルビアの最初の誕生日は、従軍したての騒動のなか流れた(本人も知らなかったし)。
何より、
アンヌ=マリーという、もう祝いたくても祝えなくなった友。
こういうのは一つ一つ、大事にしようと思うシルビアなのであった。
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