第190話 私の夢は

 翌日、12時ちょうど。


「ハッピーバースデー! リータぁ!!」


 ひた隠しにしてきた『カーチャの部屋』に少女を連れ込み、クラッカー斉射。

 シルビア、ケイ、カークランド、リモートのカーチャとシロナで奇襲すると。


「あっ、はぁ。はい」


 主賓は目をにして、口を引き結んでいる。


「今日でしょう?」

「15歳オメデトー!」


 バーナード姉妹に両手を引かれてようやく、


「えぇ、まぁ。ありがとうございます」


 なんだか冴えない感じ。

 割と軍事が絡まなければ頭がところがあるのだろう。

 が、


「ご馳走もケーキもあるし、チョコパフェもオニオンリングもあるよ!」

「チョコパフェ!」


 相変わらず食べ物に対する反応は早い。






「それにしてもリータ、15になるのねぇ」

「年齢はいいから背が伸びてほしい」

「あはは、切実ぅ」

「ダメよ。ロリロリでいなさい」

『うふふ、幻滅ぅ』


 丸ごと一羽のチキンを切り分けたり、ポテトを取り皿に取って回したり。

 カークランドが女子の会話に入れず食事に集中したり。

 カーチャが「これしか用意できんかった」とかき氷にラム酒かけたり。

 その横でシロナが普通にポテトチップス食べてたり。


 ご馳走を楽しみながらも、誕生日はとにかく年齢の話になるものである。

『このまえまでアンパンマン見てたあの子が、もうこんな歳に……』

 とか

『もう50も半ばか。生きてみればあっという間だったな』

 とか、老いも若きも。


「私たちが出会ってからもうすぐで一年になるでしょ?」

「そうですね」

「じゃああの時のあなた、14歳になりたてだったのね。フレッシュだったのね」


 その感慨は、何も過ごしてきた時間の長さのみに比例はしない。


「あの時のシルビアさまは、術科の違いもよく分かってなかったのに。今や元帥にまでなられるとは。この国の未来はお寒い」

「なんですってぇ!?」

『うふふ。バーナードちゃん自身の問題より、先達の不甲斐なさはあるわな』

「でも、先達たる閣下のご指導ご鞭撻の成果ですから」

『言うねぇ』

『さすがカーチャさま』

『おまえも育ててやろうか?』

『遠慮しときます』


 年齢以外、一生成長しなさそうなシロナはさておき。

 シルビアはパソコンからリータに視線を戻し、真っ直ぐ見据える。



「もちろんリータ、あなたの支えも。いつもいつも、ありがとうね」

「……いろんなことがあったものです。荒波ばかり」



 噛み締めるようにサイダーをあおる少女に、彼女は目を細める。


 過ごした時間の長さではなく。密度こそが、ものを言うのである。


「15歳も、濃い日々にしましょうね」

『シルビア閣下が言うと、やっぱりなんか怪しく聞こえるのです』

『こいつ幼女の年齢の話ばっかりしてんな』

「やーいお姉ちゃんのロリコン」


 または情念とも言う。


 すると、攻撃されている上司を助けるための話題転換か、混ざりたいだけか。


「そういえば」


 カークランドが口を開く。


「14が15もそうですが」

「軍学校同期なんだから今日くらいタメ口でいいよ」

「じゃあ失礼して。ロカンタンはもっと先、将来」

「はいその話題NG。リータは今を生きるビューティフル少女なの。未来とか将来とか大人になったらとかはノー眼中なの」

「私の生き方あんたが勝手に決めんな」

「娘が嫁に行く未来を想像したくない父親か」

『ビューティフル少女ってなんだよ』


 当の上司から素早く言論弾圧が入り、ケイとカーチャが笑う。

 その雰囲気でカークランドも黙る必要はないと判断し、言葉を続ける。


「将来どうするとかは決めてるのか?」

「というのは?」


 彼はシルビアの方へ目を向ける。

 別にNG話題を進めているから様子を窺っているのではなく、


「閣下は『戦争を終わらせる』とおっしゃっている。それが成された暁には、戦時中の現状と違い、退役しても許されるだろう」

「当たりまえじゃない。こんな危険な仕事、真っ先に辞めさせるわ」

「ちょっとお姉ちゃんは黙ってようか」


 横槍が多いので、ケイがシルビアの口にチキンレッグを突っ込む。


「もちろん出世しているのだから残るのもアリだとは思うが。何かこう、『将来の夢』とかはあるのか?」

「うーん」


 誕生日というよりは、正月久しぶりに会った親戚に聞かれるような質問。

 リータはオニオンリングを咥えつつ、少し思案げに目線を上へ。


「そんなの決まってるわ。私の専属メイドよ。業務内容は私の横ではべってること。雑用は一切」


 チキンレッグを噛みちぎったシルビアが余計なことをほざくので、ケイが再度封印。

 邪悪ロリコンに邪魔されることなく、少女がじっくり考えて出した答えは、


「軍を辞める、とか。どういう仕事する、とか。そういうのはちょっとよく分からないです。孤児寮で、ずっと軍隊に入るってことで育ってきたから」

「リータ」

「だからまぁ、そのへんはシルビアさまが言ってるのでもいいよって。食べていけるなら」


 同情に少し揺れた声を出すあるじに、彼女はすかさず微笑みを向ける。

 本心でもあるし、彼女に合わせてくれてもいるのだ。

 同じ運命を分けた、魂の片割れだから。


「なので『将来の夢』っていうよりかは」


 少女は、今度は思案とは別。

 何かを思い出すように首を傾げて視線を上げる。


「いつか地球に降りて。高級将校で稼いだお金はあるから、いいとこで暮らしてみたい。サントリーニ、バリ。あぁでもフーコックも捨てがたい」


 それは少女らしい大きな夢想でもありながら


「ね?」

「えぇ、そうね」


 叶えるためには、皇国と同盟の戦争が終わっていなければならない。

 つまり、


「全部に別荘持ったらいいのよ。私に仕えるんだから、それくらい福利厚生よ」


 やはりシルビアの目標に重ねた、リータらしい愛の結実なのであった。

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