第191話 割れる国家、割れる家族

 リータの誕生日会は無事成功。一生忘れられない思い出となった。


 それに間に合わず泣く泣くリモート参加となったカーチャ。

 現状のキャスティング・ボートを握る人物の一人でもある。


「元帥閣下! 『私を昂らせてレミーマーチン』が姿を現しました!」

「宇宙迷彩も、空に来ると目立つわね」


 そんな彼女がディアナ入りしたのは二日後、8月17日の昼だった。


「ようこそセナ閣下」

「お出迎え光栄だね。バーナード閣下」


 あらかじめ各所に動向が伝わっているとはいえ。

 実際に合流すると、改めて世間の耳目を驚かせた。


 シルビアたちもディアナ総督府直付けの軍港でお出迎え。

 本来なら握手やら抱擁やらしたいところではあるが。


 それでは個人的な理由でこちらへ加担したと思われかねない。

 なので『公式の場での、公人としての判断』とアピールするため、敬礼答礼。


 正当性をおおいにプロパガンダさせてもらったところで。






 総督府内に入れば他者の目もない。

 ここからはもう私人モードである。


「改めて誕生日おめでとう、ロカンタンちゃん。遅れた分って言ったらだけど、誕生日プレゼント持ってきたんだ」

「本当ですか? ありがとうございます!」


 シルビアの執務室へ向かう途中の廊下にて。

 カーチャは引越し業者のように大きな箱を脇に抱えている。

 対するリータも、前日のパーティーがあってリアクションが早い。

 満足そうに頷いたカーチャは歩きながら、早速箱を開ける。


「とはいえ、何を贈っていいもんか分からなくてね。いろいろ買ってきたんだ。好きなの選んで」

「えぇー、もったいない」

「セレブはやることが豪快ねぇ」

「お姉ちゃんも皇族で軍高官なんだよなぁ」


 言うほど皇族の人生も送っていないし。

 高級将校として儲けても贅沢する暇がないし。

 一般人だった前世の金銭感覚が抜けないシルビアであった。

 なお、


「まずはテディベアでしょ? 次にほら見て、かわいいワンピース、かわいいよね? センス変? あとはね、これちょっと早いかもだけどオススメのコスメでしょー? それから」

「早い早い早い」

「今言った中で、なんか欲しいもんある?」

「うーん。だったら何か、お下がりとか欲しいです。ファンなので」

「お下がりかー」


 自分の体をキョロキョロ見回すカーチャだが。


「制服ー、は、使えないしねぇ。今パッと出るもんだと、サーベルか腕時計?」

「じゃあ腕時計いただけませんか?」

「そんなんでいいの? 君も持ってるような軍用の、しかも古いやつだよ?」

「はい!」

「ちょっと待ちなさいリータ。つまりそれは、使うの? 手首に巻くの? 素肌に着けるの?」

「そりゃそうでしょ」

「ダメよリータテディベアにしなさい時計は私のお下がりあげるから私の着けなさい私を素肌に纏いなさい私だけを素肌に触れさせなさい」

「セナ閣下。お姉ちゃんは討伐させといた方がいいんじゃないっスか?」

「でもこいつ、しぶといんだよなぁ」


 そんなこんなで女たち、無益でかしましい話に花を咲かせるも。






「さて」


 執務室に着くなり、


「ところで、私が持ってきたのはテディベアだけじゃないんだ」


 声が少し低くなる。


「と申しますと?」

「君たちはもう管制が敷かれてるだろうからさ。入ってきてない情報が結構あると思う」

「なるほど。それはうれしい手土産ですわ」


 目が笑っていないシルビアに、ずいっと人差し指を立てるカーチャ。

 彼女も目が笑っていない。


「いいニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」

「では悪いニュースから」


 シルビアが即答すると、『半笑い』の口角が、より挑戦的に上がった。



「敵さんの大将は、ジュリアス・バーンズワースくんだ」



「……そうですか」


 ショック極まりないニュースながら取り乱さないのは。

 彼女も薄々勘付いていたからである。

 何せ、カーチャなどと同じように声を掛けても、返事がなかった。


「まぁ、前回のコズロフ閣下と同じことだろうさ。妹さんが皇后のお付きだかんね。道義が情に勝るほど、我々生物として進歩しちゃいない」


 我々。

 逆にカーチャも『皇帝に従う』という大義より、元部下のかわいさが勝ったのだろう。

 たとえそれで、軍人一家であるがゆえに、骨肉相食あいはむことになろうとも。



 ──すでに彼女の兄弟は二人戦死しており

   さらにこのまえの内乱で、手ずから一人討ったと

   そうシロナに知らされたのは、ノーマン即位後のことである──



「バーナードちゃんには悪いけど。皇国といえば、いまだに我ら『元帥』だ。その片方が追討される側についた。これは重要な分岐点になる」


 しかし彼女は、胸を張って立ち、ケイへ向き直る。


「『二元帥』が割れるとなれば、内乱は泥沼化する恐れがある。そう考えて衝突を避ける舵取りも期待しましたがぁ……。うん。むしろバーンズワースを押し出してくるとなりゃあ」


 そのままカーチャは軍帽を胸に当て、片膝をついて頭を下げた。


「申し訳ありません、殿下。不肖カーチス・セナ、抑止力たりえませんでした」


 自分のより、他人の家庭が引き裂かれることを気にしている。

 おそらくバーンズワースが皇帝側につこうと恨みごとがないのも。

 一つの家庭が、せめて今は平和であることを喜んでいるのだろう。


 彼女が兄を討ったあと。

 実家からは英雄として、ずいぶんとお褒めの言葉が届いたらしい。


 過去の英雄カーチスとして育てられ、『家庭』から縁遠い育ちをした孤独な人。

 だからこそ、人一倍他人の家庭や孤立孤独には心をくのかもしれない。


 その悲壮な陰が滲むような礼に、さすがのケイも慌てた。


「そそ、そんな! 気にしないで! 元はと言えば、ノディがおバカだからいけないんだし! 閣下はじゅうぶんご立派ですわ!」

「もったいないお言葉です」


 わちゃわちゃ手を振る彼女に対して、カーチャは割とあっさり。

 スッと立ち上がると、今度はシルビアに微笑む。


「地獄から来た、いや、地獄そのものみたいな強敵だけどさ。悪い事ばかりじゃない」

「というのは」

「こちらによしみもあるし、何より内戦の愚かさを知る当事者だ。できるかぎりの配慮はある、と思うんだ」


 バーンズワースとて、何も『殺し合えればなんでもいい』みたいな人ではない。というか別に殺し合いが好きですらない。

 寄り添うイルミも聡い人物である。

 なので、おそらくカーチャの発言も的を射ているだろう。


 が、それ以上に、重い空気を励ます意思を感じる。

 なので、


「それで閣下。いいニュースの方は?」

「私が来た」

「なぁんだ」

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