第98話 戦慄ビーチバレー

「え? 急に」


 何を言っているの? 一般市民相手に?


 などとシルビアが続けるより先に。



「チィッ!」



 青年は走って逃げ出した。


「あっ!」


 状況に彼女の理解が追い付くより先に。

 アンヌ=マリーは反射的に追いかけようと数歩進んで止まる。

 彼女が荷物へ振り返ると同時に、


「アンヌ=マリー!」


 ジャンカルラが鞄から何かを投げてパスした。

 あまりにも速い一連の動き。物自体ははっきり見えなかったが。


 キャッチしたあとの構えで、シルビアはそれが拳銃であることを理解した。


「えぇっ!?」


 という声を掻き消すように響く



「Freeeeeze!!」



 あまりの気迫と内容、絵面。ビーチ中の視線がアンヌ=マリーに集まる。

 先ほどまで平和なバカンス日和だったのだ。引き裂いた分だけ反動がある。


 ではその対象の男はというと。

 実際、フリーズと言いながら撃つ相手はそういない。止まる猶予をくれるものである。

 その一瞬の間を突いて、リュックを肩から下ろし、


「くそっ!」


 銃を構える彼女に向かって投げ付けた。


 しかしそれは、たいした飛距離も出ず、相手にも届かず。

 すぐにドスッと砂浜に落ちた。

 そう。


 飛ばず、ドスッと。

 中身は分からないが、



 異様に重い何かが入っている。



 瞬間、アンヌ=マリーは弾け飛ぶように走り出し、


「ちょっ!?」


 に城の横でしゃがんでいるシルビアに、ラグビーのような強烈タックル。

 そのまま海へダイブ。


「ぎゃっ!」


 短い悲鳴が上がる一方で。


 まったく同じ動きをした人物がいる。

 ジャンカルラである。

 ただし、


「リュックを手放したな!?」


 彼女は逃げるのとは真逆。

 青年に向かって突進し、これまた強烈タックルで押し倒す。


「あっ!? グエッ!!」


 シルビアより情けない呻きが上がるも、


「観念しろ!」


 それで終わらず、彼女は熱い砂浜へうつ伏せの相手に馬乗りとなり、


「ぎゃあああ!!」


 容赦なく右腕を締め上げる。肩肘の安全など微塵も考慮されていない破壊力。

 それを片手で維持しながら。胸の谷間から無線機を取り出し、キッチンの陰から様子を伺うケバブ屋に投げる。


「軍の応援を呼んで!」

「おっ、おう!」


 この際軍人も一般市民もない。周囲の人間に指示を飛ばしつつ、リュックに目をやる。


「おいおまえ! あれには何が入っている! 爆弾か!? 正直に答えろ!」


 一段と大きくなる声。一段と軋む関節。

 腕が操作レバーかのように青年も声を絞り出す。


「ああああ! そうです! そうでずっ!!」

「起爆するのか!」

「じまぜんっ! 起爆装置ONにしてないああぁ!!」

「よし。アンヌ=マリー! もう出てきても大丈夫だぞ!」


 すると海の中から、


「……」

「はは、クラゲか海坊主みたいだぞ」


 水に潜って全身ずぶ濡れのアンヌ=マリーと、


「おっ、溺れっ、死ぬかと思った……!」


 顔面蒼白のシルビアが顔を出す。


「やっぱり爆弾だってさ」

「ですか」


 もはや解決したなら興味はないらしい。

 彼女は傍へ振り返る。


「手荒な真似をして、申し訳ありませんでした。爆発した時に危険だったので」

「え、えぇ、まぁいいけど。ちょっと海水飲んだけど」

「まぁ主のご加護がありましたということで。Alléluia Alléluia」


 ハレルヤ言っとけばいい、みたいに一件落着としようとするアンヌ=マリーだが。

 仕方ないとしても、である。シルビアとて思うところはある。

 なので。


「それよりアンヌ=マリーちゃん?」

「は、はい?」


 普段と違う呼び掛けに、向こうも怪しいものを感じたらしい。

 答えると同時に一歩遠ざかられる。

 が、彼女も逃がすものかと


「海、入ったわね?」

「うっ」

「入っちゃったわね?」


 思わずグショグショのマフラーへ手をやるアンヌ=マリー。

 逆に手をワキワキ動かすシルビア。



「ならもう遊ばなきゃ損よねぇーっ!?」

「ぎゃああ!!」



 さっきまで緊迫した現場だったとは思えない切り替え。

 変態銀河代表による、じゃれ付き水掛けが始まる。


 それを陸から眺めるジャンカルラが、


「くそっ! 僕も混ざりたい! 早く増援来い!」

「うがああ!!」


 うずうずしたツケは、青年が払わされている。






「ありゃたぶんテロリストだな」


 翌日、昼の13時まえ。

 昨日の疲れから昼まで寝た女子三人は、朝昼兼用を食べに街の食堂へ来ていた。


「テロリスト?」

「あぁ、『親皇国派』というやつだ」

「新興国」

「今、イントネーションおかしくありませんでした?」


 指摘するアンヌ=マリーだが。イメージが食い違っているとまでは気付かないらしい。

 シルビアとしてはそんなことより、別の方が気になる。


「にしても。よくあれがテロリストって分かったわね。二人とも反応してたわ」

「あぁ」

「それはな」


 ジャンカルラが勝手にアンヌ=マリーのお冷を足しつつ、左の手のひらを上へ向ける。


「格好だよ。海水浴場に来てるくせに、水着でもなけりゃビーサンでもない。すぐ逃げれるような、走りやすい運動靴。で、遊ぶでもないくせに、荷物が重そうに型崩れしたリュック。怪しいだろ?」

「はえー」


 怪しいのハードルが高いというか、日本人がテロの脅威に鈍感すぎというか。

 そんな感じのシルビアだが。


「液体火薬の匂いがしたんですよ」

「あの距離で? 海辺で?」


 アンヌ=マリーはもっと理解不能だった。

 そこに


「はーいサバ味噌定食お待ちどおさまぁ」

「き、き、来たー!」


 直前の話が難しかったせいもあるだろうか。

 シルビアの意識は話題よりも


 久しぶりの白米! 白米だわーっ!!


 この世界に来てからなかなかお目に掛かれない、和定食に持っていかれる。


「日本食のお店なんてあるのね!」

「お、和食好きなのか?」

「えぇもう! あなたも?」

「こっちは唐揚げ定食ね」

「そりゃもう。この店は僕の行きつけさ」

「和食が好きというより、白米お代わりし放題が好きなんですよ、この人は。」

「はい、生姜焼き定食ねー」

「ありがとう」


 食前の祈りが始まる横で、ジャンカルラは山盛りの唐揚げを一口。


「軍人は食える時に山盛り食わないとだからな。バゲット無料とかは、なかなか見掛けなくてね。特にここは観光地だから」

「シルヴァヌス担当なのに、行きつけのお店があるのね」

「提督はみんな、一度はステラステラの守将をやらされるからな」

「仮免許からの卒業試験みたいなものです」

「で、長くやってると何回かまわってくる。だからSt.ルーシェに土地勘ができる」

「へぇ」

「それで。そんな話をするために彼女を食事に誘ったのでしたか」


 祈り終えたアンヌ=マリーはというと。ナイフとフォークで生姜焼きを食べている。

 相方と違って箸が使えないらしい。


「あぁそうだ。僕らもっと真面目な話をね」


 言いつつ白米をガバガバ口へ運ぶジャンカルラ。

 キャベツに胡麻ドレッシングをかけると、細長い注ぎ口をシルビアへ向ける。


「だから君も気を付けた方がいいって話だ」

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