第99話 揺れる情勢、揺れる立場

「え? 私?」


 のんきにサバの骨抜きに集中していたシルビア。何かを聞き間違えたのかとすら思った。


「何せ『親皇国派』がテロ未遂を起こしたんだからな。同盟側イデオロギーの人間で、君の顔見て即座に『第4皇女だ!』ってのはね。そうはいないだろうけどさ」

「あ、しんこうこく、ってそういう」

「は?」


 つまり、逆に親皇国でない人間がピリついているから気を付けろ、と。

 忠告してくれているのだ。

『親皇国派』に過激なことをする奴がいるのだ。逆側の人間にも、シルビアと見れば袋叩きにするやつがいるかもしれない。


 たしかに昨日の騒ぎを思えば、サバ味噌を食べていてもどこか生々しい。

 シルビアは少しでも話題をズラしたくなった。


「同盟領なのに、そういうのがいるのね」

「指折りの係争地だからな。向こうの支配下にあった時期も、取り返した時期も、取り返された時期もある。そういう時代の残党が、いや」


 ジャンカルラはここで一区切り。カウンターへ向かって手を挙げ、白米をお代わり。

 皿にはまだまだ唐揚げがたくさんある。お代わり無料以前に、そもそも盛り方が豪快である。


「これは僕の持論だが、戦争には四つの時代がある。始める時代、戦う時代、終わらせる時代、顧みる時代だ。こいつらは順番にしかやってこなくてな。多少前後が重なることはあるんだが、前の時代が終わらないと次の時代も決着しない」


 何故か最初より増量した白米を受け取りつつ、彼女は少し寂しそうに呟いた。


「そういう意味ではあいつらも、今の時代の主役たちか。僕たちが終わらせないかぎりは」

「彼らとて、取り残された存在でもなければ、この星の部外者でもないのです。だからこそ見過ごせず、向き合わなければならない」


 引き継いだアンヌ=マリーが味噌汁茶碗を口へ運ぶ。さすがにスプーンは使わないらしい。


「つい最近、僕らは皇国と大決戦したところだ。連中は興奮状態だろうからな」


 ジャンカルラはまた白米を大口でいく。唐揚げを余らせそうな勢いである。


「続くようなら、考えなければならない」


 対照的にシルビアは。

 冷えた白米は喉を通りにくいと言うが、炊き立てでも大差ないように感じていた。






 それから一週間ほど。


「ただいまー。昼飯買ってきたぞー」

「ありがとうございます」

「お疲れさま」


 宿舎2階のアンヌ=マリーの部屋。

 シルビアは彼女とディナーカード(『梓』にとっては未来、この時代ではUNO並みの馴染み)に興じていた。

 そこに紙袋をつかんだジャンカルラが入ってくる。


「シルビア・バーナードがBLTでー、アンヌ=マリーがエビアボカドでー」

「そのフルネーム、でもないけど長いの、どうにかならない?」

「僕がハーブチキンとタンドリーチキン」

「流した」

「なんか今さらじゃないか」

「そんなこと気にするのね」


 テーブルの上に並べられるバゲットサンドとピタサンド。


「ちょっと。カードの上に載せないでください」

「いいのよ。やっちゃって」

「ははっ、展開が窺えるな」

展開はどうなの? お祈りのあいだに聞かせてちょうだい」

「そうだな」


 外の展開。

 取り調べにより、ビーチでの爆弾魔はやはり『親皇国派』と判明した。

 そのうえジャンカルラの予想どおり。

 数日後には音楽フェス会場でテロが起きたらしい。


 「もう厳戒態勢。路駐の一般車両とパトカーでオセロでもしてんのかね、ってくらい」


 だからこの二人もわざわざ、宿舎に籠ってカードゲームをしているのだ。

 せっかくのバカンスというのに。

 逆に暇すぎて自主訓練などに手を出し、体がなまらないのはいいかもしれないが。


「これだと十中八九、僕らも『危険だからステラステラに戻れ』となるな」

「戻っていいのよ」

「バカな」

「フランス人からバカンスを取り上げるなど、許されざる魂の侵略ですよ」


 逆に危険な情勢なのに二人がSt.ルーシェに残っている理由。

 それはもちろんフランス人だからではない。


『亡命者』シルビアの扱いがデリケートだからである。



 そもそも彼女がカンデリフェラに降りたのも、「一緒に遊ぼう!」ではない。

 捕虜ではないとかスパイ疑惑とか。ステラステラに置いておけないから降ろされたのだ。

 だから提督たちが安全のために要塞へ戻るとして。

 シルビアを連れていっていいかの判断が難しくなる。


 それでゴーギャンなどは


「彼女には申し訳ないけど、St.ルーシェでお留守番かな」


 となりかけたのだが。


「であれば、僕は地上に残らせていただこう。お目付け役の任があります」

「私もそうさせていただきましょう。皇族の『亡命者』を危険地帯に放置など、国際社会としての問題です」

「僕らはどうしても『同盟』、一つの思念体じゃない。仲間内でも道義にと思われる行為は慎むべきです。隣の異星人が信用できないやつと思えれば、容易たやすく瓦解する」

「『この宇宙をたすけ合って生きよ』と、『汝隣人を愛せよ』と。同盟の精神にも主の導きにも反します」


 そう主張したのが、ジャンカルラとアンヌ=マリーであった。



 かくしてゴーギャンとガルシア、副官たちは先にステラステラへ。

 二人はシルビアとともに残留となった。

 ちなみにラングレーは


「男気!」


 と叫んで1階に居残っている。


「本当に、ありがとう」

「いいよいいよ、気にするなよ。好きでやってるんだ。『陸では人間の証明がしたい』」

「懐かしい言葉ね。ストウハ」

「なんじゃそりゃ。アンヌ=マリー知ってる?」

「あ、シーザー系のソースでおいしいですよ、これ」

「あのさぁ、君のお祈りを待ってたんだぞ?」

「あとで半分こしましょうね、シルビアさん」

「えぇ」

「僕には?」


 そんな、意図的に危機感を排除したような部屋に、


「失礼します! ラングレーです!」


 ノックの音と、件の男気くんの声。


「どうしたんだい」


 ジャンカルラが鍵を開けてやると、


「どうぞ」

「はっ!」


 律儀に部屋主の許可を待ってから、彼は敷居を跨いだ。


「ステラステラから通信です!」

「なんだぁ? ぼかぁカワイイ女の子とハネムーンなんだ。野郎からの誘いなんか乗らないぞ」

「いえ、召還命令ではなく」


 ラングレーは電文の紙を差し出す。


「周辺宙域に、宇宙海賊どもが現れたようで」

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