第100話 『臆病風』

「宇宙海賊」


 瞬間、アンヌ=マリーが立ち上がる

 のを分かっていたようにジャンカルラが座らせる。

 一方シルビアには我が青春のクロスボーン。とにかくアニメやマンガの人々が浮かんでいる。


「そんなのがいるのね」


 のんきに呟くと、ジャンカルラは顔を少ししかめる。


「そりゃいるさ。いつの時代も、食いっぱぐれるやつはいる。減らしても減らしてもまた現れる」

「そ、そう」


『梓』としては概念や存在自体に『そんなのあるんだ』だったが。

 向こうには『もうとっくに絶滅したと思ってた。カラーギャング』的に受け取られたらしい。


「ま、それはいいとして」


 ジャンカルラは軽く座り直すと、バゲットから鶏胸肉を抜き取り奥歯で噛む。


「それをわざわざこっちに、いや」


 彼女は視線を、半分食べたバゲットをシルビア用に残している、


「アンヌ=マリーに知らせてきたんだ。うれしいくらいに露骨じゃないか」


 律儀な少女へ向ける。

 態度が悪い、というよりは機嫌が悪いか。


「どういうこと?」


 しかし答えが返ってくるより先に、


「電信機は1階でしたね。詳しい話を聞いてきます」


 当のアンヌ=マリーはまた席を立ち、今度こそ部屋を出ていってしまった。

 道を譲り、その後ろ姿を見送ったラングレーはボソッと呟く。



「『臆病風のアンヌ=マリー』、か」



「ラングレーくん」

「はっ! しっ、失礼しましたっ!」


 ジャンカルラの低い声に、彼は取り乱すようにして去っていった。

 発言に対してか辞去のあいさつか、今ひとつ判別がつかない。


「まったく」


 ため息混じりのジャンカルラに対して。

 シルビアは目を白黒させることしかできない。


「い、今の何? どういうこと? なんか、1から10まで理解できてないんだけど」

「まぁ、気にするなよ」

「無茶言わないでちょうだい」


 ラングレーに負けず劣らず混乱している彼女を、ジャンカルラはじっと見つめていたが


「戦わないんだよ」


 根負けしたように切り出した。


「えっ? どれについて? 何が? 誰が?」

「『臆病風』について。アンヌ=マリーが」

「戦わない? でもこのまえの戦闘にもいたんでしょ?」

「厳密には、『自分から仕掛けない』」


 彼女は人差し指でテーブルを一回叩く。


「あの子がなんて呼ばれてるか知ってるか? 『臆病風』じゃないぞ? 一番有名な二つ名だ」

「いえ」



「『オルレアンの城壁』。名前がドゥ・オルレアンで、由来はフランスの街だからな」



 さっきまでご機嫌ななめだった声が、少し誇らしげになる。


「なんだか、防御力高そうね」


 すかさずシルビアも乗ってみれば、


「『高そう』じゃない。実際高いとも。皇国の、任地ユースティティアへの侵攻を跳ね返すこと数え切れず。そのセーブ率脅威の100パーセントだ」


 やはり自分のこと以上に自慢げである。

 まるで推しを語るような。


「だけど」


 が、びっくりするほど一瞬で、表情がなくなる。



「逆に、敵が攻めてきた時しか出撃しない。奪われた領土を奪回しに行かない」



 ジャンカルラは一瞬だけ視線をドアへ向けた。

 本人が帰ってこないか警戒したのだろう。

 それから、紙袋から緑のペットボトルを取り出す。


「ごくまれに、行くこともあるんだよ。その時も奪取率は100さ。たいしたもんだ。あの子は負けない」


 蓋を捻るとプシッと音がする。炭酸水のようだ。


「でも滅多に行かない。動いたと思えば、海賊狩りにばかり精を出してる」


 彼女はグラス二つに炭酸を注ぐと、一つをシルビアに差し出す。

 もう一つはアンヌ=マリーが座っていたところへ。

 自身はラッパ飲みするようだ。


「勝てないわけじゃない。なのに戦わない。かと思えば、正規の軍隊でない弱い相手には積極的だ。だからあだ名が付いたんだよ」


 グイッとペットボトルをあおると、緑の容器の向こうで細かい泡が蠢く。



「『単純に強い相手と当たるのが怖いから、自分から仕掛けないんだ』『臆病なんだ』『臆病風のアンヌ=マリー』って」



 忌々しげに、一度閉められるキャップ。

 テーブルにペットボトルを置く仕草は、叩きつけるほどではないが少し荒い。


「ゴーギャン提督も、気をまわしたつもりなんだろうさ。『海賊狩り、お好きでしょ?』って。でもこれじゃ、雑言に薪をべてるだけだ」


 シルビアはただ、信じられないという表情。

 無理もない。


「そんな、どうして?」

「何について」

「あの子は絶対臆病なんかじゃないわ! 私が独房で襲われてた時、あんな細い体で殴り合いに飛び込んできてくれたわ!」

「あれであいつ、空手の黒帯だからな」


 他にも、ビーチでの爆弾魔にも臆せず真っ直ぐ。

 彼女の中では、二十歳はたちにもなっていないのに勇敢な、立派な戦士である。


「絶対おかしいわ! どうして!?」


 テーブルに身を乗り出すシルビアだが、ジャンカルラは


「あとは直接聞きなよ。本人のポリシーだ。あんまり他人が言いふらすもんでもないさ」


 ピタパンサンドを手に取る。


「えっ?」

「あの子も君のことは気に入ってるようだし。聞かれても怒ったりしないだろうよ」

「ちょっと!」


 しかし声は届かず、彼女は大口で食事を再開する。

 アンヌ=マリー本人に聞くとどうかより、ジャンカルラに話す気がないようだ。

 ピタパンを飲み込んだ彼女は、手にあごを乗せて窓の方を見る。


「それにしても、『臆病風のアンヌ=マリー』か」


 唇に付いたキャベツの千切りが、不機嫌な人のタバコのように上下へ動かされる。


「人としては好きだけど、軍人としては考えが合わないな」

「そんな……」


 シルビアが完全にどうしていいか分からず困り果てたところへ、


「ただいま」

「あっ、お、おかえり」

「? どうかしましたか?」


 アンヌ=マリーが帰ってきた。

 すると、さっきまでとは一転、ジャンカルラは気さくな声を出す。


「やぁ、早かったね。ってことは、話はすんなり進んだのかな?」

「えぇ、ここは私が行くということに」

「ふぅん」


 素っ気ない返事だが、彼女に気にする様子はない。

 気付かないのか、別に構わないのか。

 そんなことより、アンヌ=マリーは少し輝いた目をシルビアに向ける。


「それでですね。私、いいことを思いついたのです」

「へぇ、そりゃいいな」

「というわけでシルビアさん」

「な、何?」


 彼女は鼻からむふーっと息を吐いた。



「少しお付き合いいただけませんか?」



「わ、私が?」


 動揺するシルビア。

 その向かいでジャンカルラが、「あんまイジメんなよ」と、呆れたように笑った。

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