第101話 何から何まで信用問題
「ふふ、よく似合っていますよ。我がユースティティア方面軍の制服。
「マフラーまで制服なんじゃないかと不安だったわ」
その翌日。時刻は昼まえだが、宇宙では常に空は黒い。
シルビアは『地球圏同盟』ユースティティア方面軍旗艦、
『
アンヌ=マリーが艦長席の隣で立っている、その隣にこれまた立っている。
「これも主の思し召し。なれば主の課された労働を、信仰のお勤めをいたしましょう」
「あなたが神さまを信じるのはいいんだけど」
ニコニコの聖女に対して、シルビアはやや引き攣った顔で周囲を見回す。
「私なんかを乗せていいの? 大丈夫なの?」
「そう思われたいなら、そう努めることです」
小声に対し、鼻歌のような声が帰ってきたかと思うと、
「あなたの出自を、副官以外のクルーは知りません。『先の戦闘で母艦を失くした士官を乗せることになった』とだけ」
「えっ」
「藪蛇を望まぬなら、迂闊なことは言わぬが花ですよ」
小声で釘を刺される。
なんだか薄ら寒いので、シルビアは話題を変える。
「いいならいいとして、どうしてわざわざ私を指名して」
「『よいならそれでよろしいのですが、どうしてわざわざ私を指名なさって』」
「うっ」
「一応あなたはただの士官ということになっています。ご協力を」
「……失礼しました、閣下。なぜ私を本艦に?」
「そうですねぇ」
アンヌ=マリーは座席に腰を下ろした。
艦長席は艦橋メインブリッジの中で、特別高い位置にある。
たとえるなら雛飾りの最上段のようなもの。そこまでの段差構造ではないが。
彼女は眼下で出撃準備を整えるクルーたちを眺めながら呟く。
「現状あなたがステラステラへ避難できないのは、安全性と信用の問題。『敵か味方か』『要塞に入れて大丈夫なのか』」
アンヌ=マリーは艦長席デスクの引き出しを開ける。下段の、なかなか大きな引き出し。
中はどうやら冷蔵庫になっているようだ。彼女はそこからレーズンバターを取り出す。
甘いものとか嗜好品持っとくのって、結構常識なのね。
頭を働かせる糖分的にも、落ち着かせる精神的にも、重要なのだろう。
シルビアは正直カーチャ個人の趣味かと思っていた。
「であれば、その信頼を勝ち取ればよい」
彼女はナイフでカットしたレーズンバターを一切れ差し出す。
「つまり、あなたが『味方』になればいいのです」
まるで『味方』の証かのように。
受け取るシルビアを見て、アンヌ=マリーはニヤリと笑った。
表情の薄い彼女には、めずらしい動き。
「今回の海賊狩り、『同盟軍としての』立派な活躍を期待しています」
「はぁ」
それに関しては、たしかにそうだろうが。
シルビアにはもう一つ分からないことがある。
「では閣下」
「なんでしょう」
「今回で私の信用を勝ち取るって話だけど……ですけど」
「そうですよ。この件は私より、あなたの問題と言えるでしょう」
「でも、それ以前に」
シルビアが少しだけ言い淀んで、じっと横顔を見つめると。
「?」
アンヌ=マリーは純粋そうな顔でこちらを振り返った。
藪蛇というのなら、これも下手に聞かない方がいいのかもしれないが。
「まずあなたが私を信用してくれているのは何故? もしかしたらスパイで、ここであなたを暗殺するつもりかもしれない、しれませんわよ?」
「ぷくっ」
「真面目な話ですよ!? 笑わないでくださいまし!?」
「申し訳ありませんでございますですわ」
「くっ」
別段シルビアとて、敬語が苦手なわけではない。
が、今までタメで話していた相手に。
なんだか妙な難しさがある。
が、言われる方もこそばゆいのだろう。
横顔を向け、人差し指でクイッと招く。
タメ語でいいから、耳元で小声で。
正直彼女からすれば助かるが、反面
そもそもフランス人のくせに! 日本語の敬語表現にうるさいのおかしいでしょ!
恥ずかしさで逆ギレしそうだが、日本のゲームなので仕方ない。
それより本題に入るべきである。
形のいい耳に唇を寄せる。
「まんまとステラステラに入って、何かするために友人を演じているかもしれないわよ?」
「あー、そういうことですか」
軽い相槌にうなずかれると、シニヨンがシルビアの横面を叩く。
「ちょっと、これ邪魔ね」
「あなたの頭が邪魔なんじゃないですか?」
「私の脳みそなんて無駄って言いたいのかしら?」
失礼なシニヨンへ人差し指が突っ込まれる。
「ぎゃあ」
アンヌ=マリーは左手でシニヨンから指を引き抜きつつ、右の人差し指を振る。
「それに関しては、私はジャンカルラを信用していますので」
「カーディナル提督を?」
「えぇ」
アンヌ=マリーの白く細い指が、シルビアの鼻先に。
「そして彼女は、何ヶ月もまえの、雪の惑星で出会ったあなたを信じているそうで」
「オプスの?」
指と話、二重にびっくりしていると、そっと鼻先に触れる温度が離れる。
「もしあなたがスパイだとしても。ここまでの動きが成功するには、ジャンカルラの庇い立てが前提にありすぎる。かつて偶然出会い、そこでいくらか好印象を稼いだかもしれない相手。それをアテに計画を立てるのはお粗末すぎます」
「たしかに」
どうやらただのお人好しではないらしい。
「意外ね。『主を信じている』『主の思し召し』とか言うと思ったわ」
「たしかに私は経験な信徒と言われますが。こういう時に主を信じてはいないのですよ」
「あら、そんなこと言っていいのかしら?」
アンヌ=マリーはマフラーの内側に手を突っ込んだ。
内側、首筋が少し見えそうになって、シルビアは慌てて目を逸らす。
なんで目ぇ逸らしてるの!? そんな居間で家族と見てた映画で濡れ場始まったみたいな!?
逸らしてから、妙に顔が熱い自分に驚く。
私、リータ撫でてるうちに、百合にでもなったかしら?
彼女が勝手にドギマギしている横で、手がマフラーから抜き出される。
そこにつままれているのはロザリオ。
「私は主によって、無条件で勝利と生還をもたらされるとは思っていません。まぁ聖書などに描かれる原義的な主は、よくデウス・エクス・マキナを起こすそうですが。私にとってはそうではない」
アンヌ=マリーはロザリオに軽くキスをすると、ぎゅっと両手で握り込む。
よくイメージする、キリスト教の祈りの形。
「主は我々に、そのチャンスをくださるのです。『あとは努力でつかみ取ってみせよ。それが正しき信仰である』と」
本来の教義とは少し違った宗教観なのかもしれない。
日本人が作ったゲーム世界、認知の歪みがあるのかもしれない。
が、
「なので、私が戦場で主について信じるのは。その努力が実ろうと、実らなかろうと。最後はその
深く瞳を閉じる聖女。
その姿にシルビアは、
少なくとも私は、これも『正しき信仰』だと思うわ。
静かに納得した。
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