第102話 我こそは悪役令嬢
「さて。情報局によると、この周辺宙域が連中の根城だとか」
『地球圏同盟』海賊狩り艦隊は、旗艦『
戦艦3隻、重巡2、軽巡2。総勢7隻の編成である。
相手が3隻で旧型の駆逐〜軽巡と聞き、余剰戦力を持っての出撃となっている。
逆に三倍も四倍もしないのは、やはり先頃の大会戦の疲弊。
修理中の艦も多く、あまり大きく動きたくないからである。
だからこそシルビアは気に掛かる。
やっぱり、正規兵よりたいしたことない相手。
海賊狩り。
『臆病風』……。
アンヌ=マリーはどう思っているの?
と。
そこに、
「レーダーに感あり! 海賊連中が姿を現しました!」
「お出ましですね」
椅子に座りなおすアンヌ=マリー。
カーチャ風に言うと「さぁ、仕掛けるよ」のタイミングだが。
「てっ、提督っ!!」
通信手の声は区切りを付けない。
どころか、ボルテージは上がってすらいるような。
「なんでしょう。落ち着いて報告なさい」
「はっ、はい」
こういう時、アンヌ=マリーの静かな声は人を落ち着かせるのに強い。
一呼吸置いた通信手の声はまだ大きいが、幾分震えはマシになっている。
が、
「敵艦隊、数9! 事前の報告と違います!!」
「なんですって!?」
内容の深刻さがマシになるわけではない。
「報告が間違っていたのかしら」
「いえ、そうではなく」
シルビアのは独り言だったのだが、通信手は律儀に拾ってくれた。
もしくは落ち着いたように見えて、提督かどうか聞き分ける余裕がないのかもしれない。
「うち6隻は、皇国籍のシグナルです」
「くっ」
隣から短い呻きが聞こえて、思わずそちらを振り向く。
「このまえのどさくさで、新しい艦を手に入れたとか!? もしくは脱走兵!?」
「いえ」
アンヌ=マリーは小さく首を横へ振った。
「残りの3隻は軍籍コードを書き換えている。宇宙海賊に仲間入りしたのなら、それに準ずるはずです」
「えっ。じゃあ、つまり?」
彼女の表情は、怒りに満ちている。
「こちらへの
「なんてこと……」
「間もなく敵味方双方、射程内に入ります! 提督!!」
ショックを受けている場合じゃない。
7対9、ボサッとしていると艦が沈む。
指揮官の決断は、
「コンディション、オレンジからレッド! これより敵艦隊と交戦します! 通信手! 現状をステラステラへ打電!」
「コンディション・レッド!! 繰り返す、コンディション・レッド!!」
男性の、おそらく副官だろう。力強い声が響き渡る。
しかし、それに負けない彼女の声。
「よろしいですか! 数のうえでは向こうに利があります、が! 三分の一は骨董品に乗った、正規の訓練など受けていない素人集団です! よもや勤勉なあなた方が、彼らに劣る日頃を過ごしてはいますまいね!?」
「はっ!」
19歳の少女がこの声量。
提督になるような者は、生物として根本的な出来が違うのだろうか、と。
シルビアがあり得ない錯覚をする凛々しさ。
「敵艦隊、射程距離、入ります!」
「
たとえ艦隊規模が小さかろうと、殺し合いにはじゅうぶんなエネルギー量。
「主と戦士たちと同盟の精神に、
手袋を投げる暇もなく、一気に交差する。
何度経験しても目を開けていられない、なれない迫力。
重ねて、緊急的な回避運動による凶悪なシェイク。
遊園地のアトラクションならハイクオリティと話題になるだろう。
シルビアなどは艦長席の背もたれにしがみ付いて堪えるのがやっと。
短い気絶をしていたのではないかと思うように、感覚を取り戻していると、
「被害状況!」
「本艦は損傷なし! 僚艦『
「
「敵艦隊! 『
「数で有利なうちに、勝負を急いできましたか」
「位置的に、旗艦はあの『
周囲はもう戦争に向き合っている。
いや、一瞬たりとも目を逸らしはしなかったのだろう。
と。
逸らされないはずのアンヌ=マリーの視線が、チラリと横目でシルビアへ。
合わせると露骨に外されたが、明らかに不安の色があった。
戦闘にも恐れる様子がなかったというのに。
少し考えて、彼女もその意味に思い当たる。
気にしてるのね! 私が皇国人だから!
海賊狩りだと思っていたのだ。
それが彼女にとっては、同胞を討ち同胞に討たれる戦場に。
その精神状態を気にしているのだろう。
たしかにシルビアからすれば、何も思わないなんてことはない。
そこにたとえば『
それでも同じイデオロギーの元、同じ守るべきもののため。
『どこかの戦線を味方が支えてくれている。だから自分たちも目の前に集中できる』
と、背中を預けた仲間である。
もちろん自分の命には代えられないが、とても気分がいいものではない。
そんな程度の感傷を。なんとでも放っておけるシルビア一人を。
生き残るために、他にいくらでも優先すべきことが他にある状況下で。
気にしてくれているのだ。
それは、きっと
大切に。
友と思ってくれているから。
シルビアは目を閉じ、一度だけ深呼吸をした。
目を開いたなら、迷ってはいけない。
「アンヌ=マリー提督!」
「なんでしょう」
軍帽とマフラーの、わずかな隙間にある瞳。
横目でも、たしかに彼女を真ん中に捉えている。
もしかしたらこれは、シルビアが手引きした罠なのかもしれない。
そうでなくとも、皇国に帰りたい一心で、これを好機と何かしでかすかもしれない。
そんなことがいくらでも考えられる今この時に。
アンヌ=マリーは彼女へ、主を信じることについて語る時と同じ瞳を向けている。
だから、
「相手が突っ込んでくるなら好都合よ! 先頭の海賊どもは闘牛みたいにいなして、旗艦を集中狙いで沈めてやりましょう!!」
横目は大きく見開かれ、顔がこちらを振り返る。
衝撃だろう。まさかシルビアの方から皇国軍への攻撃を発案したのだから。しかも『海賊より優先しろ』と。
「向こうもこの人数、せいぜい海賊とのランデブー現場よ! 命を懸けてまで死守したい戦線じゃないわ! 旗艦を失えばすぐに逃げる! で、海賊どもも、軍隊のために命張らないわ!」
「それは、そうでしょうが」
「これなら数の差とか関係ないわ! 1隻沈めるだけのヌルゲーよ!」
「しかし、よろしいの、ですか?」
彼女の声には、おもしろいくらい虚を突かれた細さがある。
怒っているか、呆れているか、水着を選んではしゃいでいるか。
それ以外は生意気にも年下のくせに自分より落ち着いている聖女サマ。
初めて一本取ってやった気がするわ。
心配されたアンニュイどころか、鼻息荒くなりそうなシルビア。
こうなったら勢いでぶち上げる。
「よろしいも何も、やらなきゃやられるわよ!」
「え、えぇ」
「それに私はねぇ」
腰に左手を当て、右手を口元へ。
「イデオロギーとか人情とか倫理観とかどうでもいい!」
彼女はよっぽど、オーッホッホッホッとか高笑いしてやろうかと思った。
「身内に甘く、自分勝手! 悪役令嬢シルビア・マチルダ・バーナードよ!!」
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