第103話 歌が聞こえる

「悪、役?」

「あらやだ」


 勢いでつい、世界の外側の情報を持ち込んでしまった。

 が、どうやら、


「ふふ。悪『役』ですか。そうですか」

「何よ」

「あくまで『役を演じる』のであれば。私も悪にまわること、やぶさかではありません」


 違う解釈で伝わったらしい。

 まぁ説明するのも面倒というか、どうでもいいので、そのままにしておく。


「これでも私、教会の慰問で児童養護施設や小児病棟など行くのですがね。『聖ジョルジュと竜』の人形劇で、『若い子がいると助かるね』と評判だったのです」

「それ、演技力は褒められてなくない?」

「さぁ! 悪役修道女アンヌ=マリー! 目にもの見せてくれる!」

「あなたは追放聖女よ」

「えっ、いつ私が追放されたんですか? しかも『役』ってついてないし」

「あー」


 むしろ追放されたのはシルビアの方だし。

 彼女にとっての悪役のイメージなのだろう。『バンザイするレッサーパンダ』のアンヌ=マリーは、やはり演技力に疑問が残るし。


 何より、今は遊んでいる暇はない。


「提督! 敵の第二射がくるタイミングです!」

「全艦、回避・損害抑制を最優先! 応射は不要です! 次の一斉射で、足並みを揃え旗艦へ叩き込みます!」


 さすが提督でも指折り。切り替えが速い。


「艦隊左翼3隻、右翼3隻二手に分かれ、相手を挟むように展開してください! 割り箸の要領です! 本艦は下げ舵! 敵艦隊の下に入る!」

「アイ、サー!」

「砲撃、来ます!」


 報告に反応したのではなく、あらかじめの指示どおり。

 艦首が下がって無重力を沈むと。

 間一髪真上をエネルギーの塊が通過する。


「被害状況は!」

「ありません! 味方艦隊もシグナルロストなし!」

「よい子たちです!」


 報告を受けて、力強くほころぶアンヌ=マリーの口元。

 味方が生き残ったからか、作戦がうまく運んでいるからか。


 どちらにせよ、彼女は戦闘自体を愛するタチではあるまいが。



「鐘を鳴らせ! 祈りよ満ちよ! 歌え子らよ! 叫べ子らよ!」



 音はなけれど、やかましく揺れる鐘。

 好戦とはまた別の、謎の高揚感が艦橋に満ちる。

 得体の知れない何かに包まれたシルビアには、


 な、何? なんなの? 何かしら、この感覚は。



 歌が、聞こえる。



 アンヌ=マリーが歌っているのではない。

 ただ、彼女の体が教会となって、内側から賛美歌が流れ出ているような。そんな錯覚。

 シルビアの脳内に、前世の仕事でしつらえたコンサート。



 ホールで聞いた『ジェリコの戦い』の大合唱が、大迫力で響き渡る。



「さぁ! スピード勝負です! 走れ子らよ! 御使みつかいより速く!」



 よくないたとえかもしれないが。

 宗教戦争をする人間は、こんな気分で突撃していくのかもしれない。






 先ほど皇国軍が放った、殺意の殺到。

 あんなものぶつかったら、タダでは済まないだろう。

 が、



 逆にそれだけの壁は、向こうの視界も奪うフラッシュとなる。



 そこを大きく回避してやれば。


「何っ!?」


 皇国軍艦隊旗艦、艦橋。艦長の男が小さく声を上げる。


 彼らからすれば砲撃が晴れた時、一瞬敵が姿を消したと錯覚する。

 やったか、とも思うが。爆発がないので違うと思いいたった時、彼らは少し混乱する。

 少人数ならではのやり口である。


 が、それは目視での話。

 時代はメカニカル・ウォー。

 すぐに平面レーダーで左右へ展開した敵の姿を捕捉することができる。


 彼らはすぐに気付くだろう。


「これは! 敵は挟み撃ちを狙っている!」


 意図を察するだろう。

 自分たちは突破力を上げた、細長い刺すような陣形。

 大規模ならともかく、この数の艦隊なら。


「マズいぞ! 本艦の横腹が丸出しだ! 僚艦を防御に回せ!」


 対応が必要になる。

 逆に言えば、ここまでは対応できる。

 が、



 彼らはこれ以上気付かないだろう。


 左右合わせて6隻。

 1隻足りないことに。


 仕方ないのだ。ここまで混乱のなかで、左右へ反応できただけ優秀な方だ。

 だからこそ、そちらに敵艦隊全部が分かれたと思うのは、仕方ないのだ。


 まさか敵の旗艦が、


「艦長! 立体レーダーに反応が!」

「なんだ!」

「艦隊の下に1隻、潜り込まれてっ!」

「なっ!」






「アンヌ=マリー!!」

「主よ、哀れなる魂をあなたの御手みてに委ねます!



 ーっ!!」



 自ら警戒がかれたスキを突きに来るなど






「熱源反応っ! 回避、うわあああぁぁ!!」

「ぐあああああ!!」


 思いもよらなかっただろう。

 よった時には、遅きに失しているのだから。






主の庭は満ちたりヘヴンフィル』の艦首。

 撤退する敵艦隊を見送るよう、終わりの鐘が何度も揺れるなか。


 シルビアが感じていた歌も、気が付けば姿を消していた。

 教会のように思えたアンヌ=マリーの姿も、今は大きくも小さくもない19歳。

 目を閉じ、静かに祈りを捧げる姿。

 やはり歌ってなどいなかったのだと実感する。

 でもまだ少し、神が見せたかもしれない夢が脳のどこか。寝起きのしんどさのように残っている。


 そんな彼女の様子に気付いたのだろう。

 歌う代わりに、クールダウンを促すような声が掛けられる。


「最初は『あわや』と思いましたが、うまく収まりましたね」


 しかし、優しい微笑みは逆に聖女宗教っぽくて。

 シルビアは意図的にジョークを発して、意識をしっかりさせる。


「あなたが言うところの、『主のご加護』『思し召し』かしら?」


 これもなんだか宗教くさいが。

 腐すでもないが軽く口の端に上げてみる。

 すると意外にも、


「いえ、あなたの功績ですよ」


 『主を讃えよAlléluia』が口癖な聖女の方から、そんな言葉を返してくる。

 思えば『私が主を信じる時は』みたいな話もしていた。おかしくはないかもしれない。


「あなたが考え、あなたが決断し、あなたがつかみ取った。栄光Gloriaはあなたにあります」

「そ、そう? えらく褒めるわね、じゃなかった。褒めていただけますのね、閣下」


 そういえば敬語で話さなければならないのである。戦闘中は興奮で崩れていた口調を戻す。

 もちろん照れ隠しでもある。

 が、相手を照れさせるような人間というのは、得てして容赦がない。

 アンヌ=マリーは言葉を続ける。


「味方を討つ。辛い決断と戦いだったことでしょう。それでも乗り越えたのです。それに関して偉いのは、がんばったのは、主ではなくあなたです。今も、今までも」

「今、までも」


 そんなことを言われると、骨身に染みた今までの苦労が思い起こされる。

 ゲーム世界に飛ばされ、戦場へ追放され、死の運命の恐怖、暗殺未遂、戦争。

 それだけではない。『梓』だった頃からの勉強や部活、人間関係、仕事。


 この子、私を泣かせる気!?


 何故か戦闘が終わってからピンチに追いやられているので、話題を変えにかかる。

 が、特に何を話したものか。

 これといった手立てがないシルビア。

 苦し紛れに口をついたのは。


「あの」

「なんでしょう」

「……いえ、やっぱりなんでもないわ」

「それで私を騙せるとお思いですか」

「見逃しなさいよ」

「あなたが。どうしても言いたくないなら、そうしてあげないこともありませんが」

「う、うん」


 ずっと頭の隅に残っている疑問。


「あの、ね? 気分悪くしたら申し訳ないんだけど」

「まぁ言ってごらんなさい」



「『臆病風のアンヌ=マリー』……、って?」

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