第97話 彼女はビーチでも静かに過ごしたい
結局髪の色でソースを決められ腹ごしらえしたあと、
「あぁ〜! いい!」
「サーフィンするならともかく。プールでも同じことできるのに、どうしてこう海は特別なのかしら」
「見ろよ、ゴーギャン提督なんて浸かってるだけだぞ。もう風呂じゃねぇか」
「風呂上がりはフルーツ牛乳だけど、海はやっぱりビールだよねぇ」
「飲んだらもう海入れねっスからね」
「だからさっきは我慢したじゃないの」
待望の海で、何はなくとも盛り上がったり、
「右、右、右!」
「おい。おい! なんか僕の方に向かってきてないか!?」
「そこよっ!」
「うおわっ!」
「カーディナル提督逃げたわよっ! GO! アンヌ=マリー!」
「やっぱり僕狙いかよっ!」
スイカがないのでボールで代用し『変態割り』に挑んだり、
「食らえっ! 『殺人スパイク2324夏』!」
「効かないよー」
「女子相手に高身長男性はズルだろ!」
「ビール権がかかってるからね」
「逆になんでこの人は執拗に禁酒を
「普通に昼間っから飲んだくれてるのはダメだろ」
「やっぱり元帥たちがおかしかったのね」
ビーチバレーに興じたり。
「あぁ! 疲れたわ! 誰か交代!」
「ラングレーくん! カモン!」
「ウッス!」
訓練とは違う遊びの、精神的な面がない分ダイレクトに体へ来る疲労。
シルビアは満面の笑みながら、砂に取られて棒のような足でフラフラ。
パラソルの下へ戻ってくると、
「はい、どうぞ」
アンヌ=マリーがスポーツドリンクを差し出してくる。
彼女はさっきから、日陰で音楽を聞きながら雑誌を読んでいる。ビーチチェアではなくブルーシートにお座り。
「ありがとう。隣、いいかしら?」
「どうぞ」
少し左にズレる彼女。ジャンカルラ割り以外、ずっとそこが定位置だった。
反応があるあたり、イヤホンをしているが音は小さいのだろう。
「
「ラングレーくん、ナイス顔面!」
「見た目で言われたかった!」
「あぁ疲れた。ナオミちゃん交代。僕得点係やるよ」
「アイス食べてるんで、お構いなく」
「ズルいや」
もしかしたら、ビーチバレー勢の絶叫も聞こえているのかもしれない。
「あなたはやらないの? バレー」
「暑くて死んじゃうじゃないですか」
雑誌から目を離さない、マフラーのアンヌ=マリー。
内容は女性誌の『QOLを上げる観葉植物特集』。
ニッコニコのお姉さんがカメラ目線でアイビーに水やり。ちゃんとアイビー見ろ。
「泳がないの?」
「マフラー濡れるじゃないですか」
ページが捲られ、伸びすぎた際の剪定方法へ。
「もしかして私、あんまり触れない方がいいこと聞いてる?」
「そんなことありませんよーAlléluia Alléluia」
と言いつつ、マフラーのポジションが直される。
気には障らないようだが、敢えてオープンにするでもないラインらしい。
火傷痕とかがあるのかしら。
シルビアも会って間もなく、これからも世話になる相手に妙なリスクは負いたくない。
「じゃあ一緒に砂のお城でも作らない? せっかくだから、海らしいことしましょうよ」
「それくらいならまぁ」
が、たとえぼっちだとかハブられているわけじゃないにしろ。
ずっと輪から外れている人がいるのは、なんだか寂しい感じもする。
余計なお世話かもしれないが、見ている側が気になる。
もしくは、リータの代わりではないが、誰かを構っていたいのかもしれない。
子育ての金言だが、構わせてもらうこともまた、構ってもらっているのだ。
「何してるの?」
「堀に水を引いているところです」
「そっちにこだわるのね」
「地下トンネルから爆薬のデスコンボは怖いですから」
「日本では聞かない戦法だわ」
「何故に日本」
あれから数十分。
アンヌ=マリーが全然建築を手伝わないと思ったらシブいことしてる頃。
「誰か……交代……ラングレーくん……!」
「もう全滅っスよ……」
ビーチバレーもダブルノックアウトという、史上稀な幕引きをしたようだ。
「疲れたねぇ。慣れない運動は訓練よりしんどいや」
「閣下におかれましては。体術どころか射撃訓練すらここ10年近く記録がありませんが」
「うはは、そうだった?」
ナオミのツッコミにも動じないゴーギャン。波打ち際で死んだように冷やされているガルシアをペチペチ叩いて起こす。
そもそも彼は後半休んでいたので、言うほど消耗した様子はない。
「
「0を1にしてもらう身分でゼータク言うな」
「そもそも前回が一昨年だったら……普通にアウトなんじゃ……」
「それよりさ、海の家行って何か飲んで、シャワー浴びて。それで解散なり晩ご飯行くなりにしよう」
「またビールですか」
「濃いめのスコッチ・アンド・ソーダかな。そっちのお城はできたかい?」
話を振られたシルビアたちだが。アンヌ=マリーが
しかし「待って」というのも気が引ける。
「どうする? 廃墟ってことにして完成にする?」
「水着をジャンカルラに変えられたのに、お城まで放棄したら。私とあなたの作業に悪いジンクスが付きそうです」
背中を向けたままの返事だが、意外とやる気らしい(なお堀しか作ってくれない)。
しゃがみ込んで片手用のスコップをガリガリやる、小さく愛らしいヒップライン。
少女性だろうか。何故かそんなところに邪魔してはいけない気がして、
「皆さんは海の家に行っておいてください。夕方までには済ませて、シャワーで合流するわ」
まだしばらくは作業することに。
せっかく雑誌を手放し海を楽しんでいるのだから。
すると、
「じゃあ僕はそこで二人の荷物番するよ」
ジャンカルラがブルーシートに腰を下ろす。
「え? いいのよ、気を遣わないで」
「いやいや、そっちこそ気にするなよ。ナンパな発言してるなりの格好は付けさせなよ」
「それは、そうね」
「じゃあカーディナル提督。ビーチチェアは置いてこうか?」
「いや、パラソルとシートだけ残してくれたら」
「分かった。ビール一本付けとくね」
「どうも」
こうして二手に別れた一行だったが。
それはすぐに訪れた。
ジャンカルラが缶ビール一本飲み切らないうちに。
「!」
「!」
穏やかに二人を眺めていたジャンカルラと、黙々と堀を湖にしていたアンヌ=マリー。
両者が急に、さっと立ち上がった。
じっと一方を見つめている。
「どうしたの?」
シルビアも問いつつ、同じ方へ視線を向けると。
Tシャツ、半ズボン、スニーカー、野球帽、リュックサックの青年。
アンヌ=マリーはブルーシートの方へ向かうと、荷物から軍服のジャケットを取り出す。
それを手早く羽織ると、真っ直ぐ彼の方へ歩いていく。
そのまま、青年に話し掛けた。
「もしもし」
「は、はい!?」
急に背後から、軍服を着た若い女に話しかけられたのだ。少しかわいそうなくらいびっくりしている。
しかし彼女は意に介さず、いつもの静かな調子で告げた。
「軍関係のものです。お荷物の中を確認させていただけますか?」
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