第96話 小説で水着回って需要あるんスかね?

「海だーっ! 遊ぶぞーっ!」

「なんかデジャヴdéjà vuな入りですね」


 砂浜に仁王立ちで、左脇にボールを抱え右の拳を突き上げるジャンカルラ。

 黒ビキニ、白いデニムショートパンツ、麦わら帽子。


「なんか海賊王目指してるみたいだわ」

「海賊? 海賊狩りはよくしますが」

「クルーまでいた」

「はい?」


 リアクション的にマンガはあまり読まないらしいアンヌ=マリー。

 青いチェックの袖付きオフショルダートップスと短いキュロット。

 確かにワンピースタイプよりは露出が増えたが。


 どうせこの程度にするなら、『エロくない』とか言わずに私のでよかったじゃない。


 シルビアとしてはそう思わなくもない。

 しかしそれ以上に気になるのが、


「寒いの?」

「寒くありませんよ?」

「暑くないの?」

「暑いですよ?」


 オン・ザ・ビーチで水着でサングラス

 でマフラー。


 周囲からはヒソヒソ、悪目立ちしている。


 一方、視線に巻き込まれるシルビア。

 ハイビスカス柄のクロスバンドビキニに同じ柄のパレオ。白いつば広帽。

 これは、



「おーい、こっちだよー」



「あー、いたいたー!」


 ブルーシート、ビーチチェア、パラソル。

 ガルシアとともにひと足さきに来て拠点を設営した、ゴーギャンのセレクトである。






 女子が水着を買いに来ていたころ。男子はビーチ用品を買いに同じモールへ来ていたらしく。


「うーん、もう一声、だな」

「じゃあパレオがいいよ」

「ひえっ! 急に現れた!」

「ヌルッと現れた!」

「変態が現れた!」


 エロスを追及するジャンカルラの背後から出現し、オススメしたのである。


「パレオいいよぉ? 水着だと剥き出しで当然、スルーされるはずのがあら不思議! 隠され、かつスリットから覗くことでグンバツの破壊力に」

「キモい」

「キモい」

「キモい」

「カーディナル提督にだけはねぇ。心外だねぇ」


 結果、その案が採用されたのだが、


「隠して見えるのがいいなら、私のシースルーでよいではありませんか」


 会計時、アンヌ=マリーもシルビアと同様の不満を口にしていた。






「ここからなら海の家や屋台も近いし。好立地でしょ」


 ドヤ顔のゴーギャンはサーフパンツ。柄はヤシの木とサンセットビーチ。あとサングラスと前を開けたシャツ。

 横でブルーシートの端を固定しているガルシアもボーダーのサーフパンツ。

 過激なブーメランパンツ決めてくる化け物はいなくて一安心である。


「ていうか、男性陣も一緒なのね」

「コキ使えていいだろ?」

「年長者になんという」

「じゃあガルシアくんだけコキ使おう」

「えっ? マジ?」

「大丈夫だよガルシア提督。ナオミちゃんたち副官ズも呼んだから。彼女らが来るまでの辛抱」

「あ、それまでは確定なんスね」


 ゴーギャンが高級そうな腕時計を確認する。光が反射して眩しいシルバー。


「あー、でもさっき連絡したから、少しかかるね」


 彼はフードトラックの方を指差す。


「いい時間だし、先に何か食べて待っとこう」






「ハンバーガー、ホットドック、チキンブリトー、いろいろお店出てるわねぇ」

「掻き入れシーズンだしな」


 一行はゴーギャンを留守に残し(と言っても目と鼻の先だが)、昼食の物色へ。


「ま、屋外だし、手に持って食いやすいのが一番だぜ」

「座って食べたい場合はあちらにレストランもありますよ。シーフードです」

「そうねぇ。あっ、タコライスなんてある。懐かしい」


 シルビアの目が懐かしの日本料理(異国情緒ではあるが)に止まったその時。


「あぁいや待った! ちょっと待った!」


 横から陽気な声が。

 振り返ると、サングラスに日焼けのイケオジ店主。キッチンカウンターから身を乗り出し、メニュー表をバシバシ叩く。


「St.ルーシェでタコライスなんて、何を言ってるんだ。このドネルケバブを食うのが常識だろうがぁ」


 陽気で人懐こい感じである。


「だってさ。どうする?」

「いいんじゃないかしら。ドネルケバブ」


 せっかくのバカンス・イン・リゾート。あぁいうノリに乗せられるのも、楽しみの一つである。


「よし! じゃあケバブにしようか。2つ3つ食べるだろ?」

「そんなに!?」

「軍人は食える時に食うのが仕事だぜ」

「食べすぎたら泳ぐ時しんどいですよ。私は1つでいいです」

「そうね、私も1つでいいかしら」

「OK」


 確認を終えて指折り数えるジャンカルラ。代表して注文へ。


「おじさん、ケバブ8つ!」

「まいどっ! ソースは?」

「そりゃもうチリソース」

「おいおい待て」


 さすが軍人、ガルシアが機敏に割り込む。


「ケバブっつったらヨーグルトソースだろ。ヨーグルトソース8つだ!」

「何言ってんだ。太陽とオン・ザ・ビーチにチリソース以外なんて、頭が冬になったのか。チリソース8つ!」

「店員さんには手間ですが、各々好きに頼めばいいではないですか」


 こういう時、正論を言ったり大人ぶったやつに矛先が向く。

 ケバブジャンキー二人が振り返り、宗教裁判スタートである。


「じゃあそういう君はどうなんだ!? チリソースか!?」

「ヨーグルトソースだよな!?」

「……もう両方かけたらいいじゃないですか」

「おぉ! 変態だ!!」

「なんちゅう邪道!」

「はぁ」


 力尽きた聖女。奥に控えるちょいワルおやじへパス。


「ゴーギャン提督はどちらに?」

「僕はビール付けてくれるならどっちでもいいよぉ」

「すいません、内2つはソースなしで」

「あれぇ?」


 ビーチチェアの上でサングラスをずらしてこっち見てるゴーギャン。

 しかし誰もテキトーおじさんには構わない。


「じゃ、シルビア・バーナード! 君は!?」

「えっ!? 私!?」


 そりゃ流れ的にいつかは来ると思っていたが。実際来ると困るキラーパス。


「え、えーと」


 腕組み仁王立ちでこちらを睨むケバブ三人衆(なぜか店長も同じポーズ)。


 あんな連中の土俵は嫌よ!? 私は平和主義者!!


 困り果てた彼女の閃きは、


「あ、ド、ドゥ」

「アンヌ=マリーでいいですよ。皆さんそう呼びますから、ファミリーネーム覚えられませんよね」

「そう、ね。じゃあアンヌ=マリーさん。違うの頼んで半分こしましょ?」

「いいですよ」


 よしっ! これで乗り切った!


 そう思ったのも束の間、


「で、どっちがどっちを頼むんだ? チリソース オア ダイ?」

「ヨーグルトヨーグルトヨーグルト……」

「ひえっ」


 そんなことで収まりつくなら、はじめからジャンキーにならない。



 結局、注文が決まるより先に副官たちが到着した。

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