第95話 同性同士なら距離なんてガッと詰めるに限る

「ショッピングだーっ! 水着買うぞーっ!」


 寝起きしかできなさそうな宿舎は見なかったことにして、さっさと外へ。

 意気揚々とヘイタクシーするジャンカルラを見て、


「カーディナル提督って意外とハイテンションな方なのね」


 シルビアはボソッと呟く。

 すると、隣のアンヌ=マリーも呟いた。


「意外ですか?」

「あっ、いえ、えっと」


 不機嫌ではないのだろうが、物静かな話し方。例えるなら、落ち着いたシスターがゆっくり聖書の話をするような。

 にしては、不釣り合いなサングラスしているが。


 付き合いがあるならともかく。よく知らない人がこういう雰囲気だと、どう話していいか分からない。

 そんな距離感でいたため、独り言に乗られてちょっとビビる。

 が、逆にそういう距離感だからこそ、黙ってしまっても感じ悪い。


「以前オプスで会った時は、もっとクールで知的というか。情熱はあるけど理性的な感じだったから」

「そういう人ですよ」

「えっ?」


 あっさり肯定されて、逆に混乱する。

 もちろんシルビアもそういうイメージでいたが。今のジャンカルラを前にそれは誇大広告である。

 が、彼女の困惑をよそに、アンヌ=マリーは話を続ける。


「割りと一人なら、本質的にはそういう人です。ところで、私は19歳で地球生まれ地球育ちです」

「へ?」


 急な自己紹介と、こんな大人びて年下という事実に戸惑うシルビア。

 とにかく外さないような相槌を打つ。


「お若いのね」

「えぇ。非常に若いです。提督が集まると浮くくらいには」

「あぁ」

「そして、『地球圏同盟』と言いますが。で、目に見えない線を引かれがちです」


 大学の後輩が言ってた、九州ヒエラルキーみたいなものかしら。

 福岡が一番エラくて〜みたいなやつ。


 もしくは青葉台に住んでいるか葛飾区に住んでいるか埼玉に住んでいるか、みたいな。

 皇国人であり世界の外から来た彼女にも、なんとなくイメージはつく。


「そんな私に、彼女はあんな感じですよ。そして、あなたにも」

「そういうことね」


「おーい! タクシー捕まえたぞー! 早くー!」


「今行きますよ」


 当のジャンカルラが大きく手を振っている。

 今聞いた説明以上に。

 あの陽気な動きと、アンヌ=マリーの表情が動かないながら優しい声色。

 言いたいことはよく伝わった。


 孤独な人がいると、肩を組んでくるのね。


「なるほど。ケイみたいなタイプ、と」


 シルビアはタクシーへ向かった。






 そんなこんなで流されるまま、たどり着いたのは衣類売り場。

「そういえばお金持ってないわ」問題は


「経費で落ちるから」

「亡命者保護亡命者保護」


 と即殺。

 宿舎はあんなんで、太っ腹なのかケチなのか。


「水着もそうだし。ずっと軍服も窮屈でいけない。君の服も買おう。外出は最悪なんとかなっても、部屋着や寝間着なんかはね。『シャネルの5番』でも使ってないかぎりは」

「下着も同じものを着続けられませんし」

「そうだ! それでいうと化粧品もだな! いくら普段は簡素なメイクだって、ないのはあり得ない」

「朝は簡単メイクで素早く艦橋ブリッジへ上がっても、夜のスキンケアはじっくりやるものです」

「あとは」

「分かった分かった分かったから! でもとりあえず水着でしょう!? 部屋着はなんでもいいけど、水着は急がないと売れちゃうわよ?」


 軍服とかいう真逆の極地でファッションコーナーの入り口に立つ一行。

 あごに手を当て何かぶつぶつ話し込む姿に、一般市民の視線は釘付け。


「おや、もう真夏の主役になってしまったかな」

「なんといっても、年頃の娘ですから」

「早く行きましょ!」


 小市民日本人『梓』はこの目立ち方に慣れないが、提督二人は肝が座っている(?)。

 寝ぼけたことを言っているのは、これも彼女への気遣いであると思いたい。


「あ、そうだ。僕は試着用にインナーショーツ見繕ってくるから、君たちは先に選んでいたまえ。ちょっとキツめがいいよ」

「年齢的にですか?」

「サイズ的にだよ」


 二人とは進路を変えたジャンカルラ。去り際に振り返ってウインクを飛ばす。


「エロい意味でキツいのは歓迎だよ☆」


「ねぇ、本当に気を遣ってラテンに振る舞ってるの?」

「そろそろ女性ファンが泣きますよ」


 少なくともジャンカルラは、マジで寝言ほざいてるとしか思えない。






「あぁ、そうだ」


 目も眩むようなカラフル水着ディスプレイ。

 シルビアがどうしたらいいか分からなくなるその刹那、アンヌ=マリーが切り出した。


「せっかくです。お近づきのしるしに、お互いの水着を選びませんか?」

「えっ、お近づきにはハードル高くない?」

「まぁまぁ」


 あまり表情が動かないし、口元もマフラーで隠れがちなので分かりにくいが。

 ご好意で気を遣っての提案なのかもしれない。

 何より、


「そうね。サイズとかの兼ね合いはあるけど、『これ似合うと思うー♡』とか言ってね」


 前世で一度やってみたかった(できなかった)青春の憧れでもある。

 もちろんリータにはさんざんやったが、あれはロリコン的欲求なのでカウント外。


「一応、どういうのがいいとかある?」

「あまり露出をしたくないので、マリンスポーツとか海底探査とかで着るような」

「それ、ほとんど選ぶ余地なくない?」


 そもそもそういうのは売り場が違うのではなかろうか。

 というのは置いておいて、要望は可能なかぎり考慮すべき。


「露出ねぇ」


 となると、ビキニよりはワンピースタイプか。

 ハンガーを取っ替え引っ替えしながら、アンヌ=マリーをチラ見する。

 着るのは自分ではないのだ。いい加減なものは選べないし、言外のニーズにも応えたい。


 私は元イベントプランナーよ! 戦場簡単メイクどもに、格の違いってやつを見せつけてやろうじゃない!


 なおシルビアも出世してからは簡単メイクである。


 その是非はいいとして、後頭部を見ただけで一つのテーマが浮かぶ。



 お団子ヘアー! チェックのマフラー!

 そう!


 名付けて『ハイティーン・ファンシー』!


 パステルカラーで、目立ちすぎない程度のフリル付きで攻める!

 ちょうどいいことに、ワンピースタイプはこの手のデザインに困らない!


 さて、色は髪に合わせて淡黄色か、多少の大人っぽさでパープルか、いっそモノか。

 いろいろ脳内着せ替え。


「人のために選ぶって、楽しいわね」

「施す者に幸いあれ〜♪」


 独り言だったが、向こうも楽しげな声を返してくる。


「あら、鼻歌とか出ちゃうタイプ?」

「ヴッ!」


 聞かれると恥ずかしいタイプらしい。

 アンヌ=マリーは終始無言となった。


 そして、






「じゃじゃ〜ん!」

「パリコレ〜!」


 戻ってきたジャンカルラにお披露目タイプ。


 シルビア→アンヌ=マリー

 パステルイエローのワンピース。さらにネクタイのように長く広く垂れるフリルで、布面積以上にガード感を演出。


 アンヌ=マリー→シルビア

 黒のペプラムトップスとハイウエスト。シースルーの上着を重ねて皇女のシックさと露出・日光対策を両立。つば広帽でキメ!


「すごいわ! さすがフランス人〜!」

「楽しかったですねぇ〜! Alléluiaアレルヤ〜Alléluia〜!」


 お互いコーデが気に入ったようで、手を合わせてキャッキャと

 それを腕組み眺めていたジャンカルラは、



「エロくない。やり直し」


「あいつ殺しませんか?」

「ジャパニーズ・スイカ割りって知ってる?」

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