第94話 現実逃避で物理的距離移動するやつ

 惑星カンデリフェラ。

 皇国と『地球圏同盟』の戦いにおいて、古くからホットスポットとなっている。

 わざわざ独立要塞を作ってまで防御を固めていることからも、お分かりと思う。

 その理由は、他の主要な星々とのちょうどいい中継点にあることもそうだが。



「すごーい! ドバイみたい!」

「皇国人もドバイは知ってるんだな」



 別名『8割地球』


 気候風土や地下資源が地球に似ており、農業からインフラまで高い再現度を誇る。

 宇宙に上がって久しい人間も心惹かれ、大体のものが関税なしで安く買える。

 観光と輸出で星自体の経済状況もズバ抜けて好景気。


 この宇宙社会において、あらゆる面で金の卵なのである。



 そのなかでも、今シルビアがシャトルの窓から見下ろしている港湾都市の島こそ、


「『St.ルーシェ』。地球を除いた同盟加入星国家の都市で、常に観光地ランキングTOP3内だ」


 隣の席のジャンカルラがガイドブックを手渡してくる。

 もう何度も隅から隅まで頭に入れたが。

 ガイドブックの一番の楽しみは新規の情報ではない。写真や文章と立てたプランを照らし合わせて、ニヤニヤすること。

 何より、シルビア個人としては。






「これ読んどくといいぞ。暇だろ?」

「旅行雑誌?」

「僕らの保養地がそこだから。戦闘の事後処理と今後のプランニングが終わったら、君もしばらくそこで過ごすことになる」


 一週間ほどまえ。サロンで今後の処遇を聞いたあと。

 独房を引き払い、客室へ移された時のこと。

 ジャンカルラから渡されたのがこの雑誌だった。


「これって」

「雑多な街だから、予習しないと困るぞ」

「え、えぇ」






 つまりそれは、観光できる、外を出歩けるということ。

 軟禁生活にはならずに済むという、裁判後に掲げる『無罪』の紙なのである。

 間もなく大気圏突入で揺れるという時でも開いていたので、一時没収されたが。


「ここに載ってるあれもこれも、あの街の中にあるのねぇ」


 表紙と景色を交互に見やるシルビア。

 つい先日暗殺されかかって、望まぬ亡命をしたにしては能天気だが、だからこそ。


 皇国には帰れない。

 リータも、バーンズワースも、他の誰にも。

 親しんだ人たちの誰にも会えない。

 ゴーギャン始め、提督方は観光気分を推奨するが。

 別に遊び終わったら帰らせてくれるわけじゃない。


 その事実から必死に目をそむけるため。

 また、彼らの庇護下にあるからには、不機嫌を表に出して機嫌を損ねないため。

 ある種、被虐待児童のような思考で、彼女は全神経をリゾートに注いでいる。


 聡い提督でも、さすがにそこまでは思わないようだ。

 純粋にワクワクしていると思ったジャンカルラは、少しため息混じりに呟いた。


「ま、どこまで君の要望が通るかは知らないが。とにかくおりするんだから、あまり振り回してくれるなよ?」






 St.ルーシェは島の限られたスペースをフルに観光地化している。

 そのため宇宙港は近くの大陸である。

 シャトルを降りたシルビアたち、今度はすぐに船に乗る。

 本来なら移動が長すぎて気分がダレてくる頃合いだが、


「あーっ、潮風なんていつ以来かしら」


 この世界に来て半年するかしないか程度。

 元からそんな海が好きでもない。

 仕事関係で『シーサイドパークなんたら』みたいなところにもよく行った。


 そんな海に対して憧れも執念もない彼女ですら、胸が高鳴る匂い。


「養殖用の人工水槽じゃないからな。貴重なことさ」


 まるでお香を嗅ぐように手で潮風を招くジャンカルラ。

 デッキの手すりから身を乗り出さんばかり、軍服でなければジ◯リヒロインである。


「タバコくさい人もいませんからね。邪魔が入らない」


 逆に中央のベンチで、落ち着いてファッション誌読んでるアンヌ=マリー。デカいサングラスを掛けている。

 暦は2月だが、St.ルーシェは今が夏らしい。日差しが強い。

 が、あれは日除けというより芸能人の変装である。

 そこにマフラーと軍服のジャケット。暑苦しくて変装どころではない。


 まぁシルビア自身も、皇国の軍服では周囲がざわつくので。

 借りたシルヴァヌスジャケットを着込んでいるが。


「地球育ちはゼータクでいけない」


 そのジャケットを脱いで肩掛け、はしゃがない彼女に首を捻るジャンカルラだが。

『梓』はテンションぶち上がりなので、地球関係なく『育ち』の問題だと思う。

 まぁ年長者を『タバコくさい』とか普段の態度とか、育ちがいいか疑問だが。


 ちなみにその年長者とガルシアは別便で先に行っている。

 同じ船に提督が集まって事故でもあったら、のリスクヘッジである。


 それでいうと欄干に足を掛ける危機感ゼロのジャンカルラ。

 グイッとシルビアの肩に腕を回す。


「あらっ」

「なぁ、シルビア・バーナード。なんか予定は立ててるのか?」


 彼女の瞳は真っ直ぐ、遠くで光反射する白いビーチへ。

 実はシルビアも釘付けだった。


「えぇ、いろいろ立ててたけど、メモをなくしたみたいだわ」

「ほほう」

「だからまずは」

「う?」

「み」

「イエーッ!! いい子だ!」


 肩組み拳を振り上げる二人を、少しだけサングラスを下げてチラ見したアンヌ=マリー。

 ため息混じりにファッション誌を閉じた。


「いい子は公共施設で騒がない」



 そんなわけで現実を忘れるよう、大盛り上がりのシルビアだったが。






「こ、これは」

「うん?」

「ずいぶんとまた、ノスタルジーそそられるわね、トキワ荘みたいで……」

「トールキン?」


 まずは荷物を置こうと案内された宿舎。

 狭い部屋に小さい机とベッド、あとは水回りのみ。

 思わず言葉を選ぶほどの質素さ。


 パパの会社の保養所でも、もっといい感じだったわよ?


 現実に引き戻されるというか、より深いところに落とされるシルビア。

 どうやら同盟は皇国より庶民的らしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る