第160話 めずらしいお誘い

 2回目の会談は、国際法などに照らし合わせた結果へ目を通し『持ち帰り』。

 繰り返しになるが、あまり早めに終わってはいけない。

 曲がりなりにも国家の一大事に介入されたのだ。すぐに平和的決着をすれば、『皇国は弱腰』と捉えられかねない。



 何より、初回の会談を終えた夜。

 シルビアが部屋で寛いでいると


『閣下』


 ノックの音とともに聞こえてきたのは、カークランドの声。


「どうぞ」

「失礼します」


 入室するなり副官は、敬礼も忘れて電報の束を振る。


「本国から長文で来てますよ。『これはいったいどういうことだ』『説明しろ』と」

「一応お伺いは立てて了解もらってるじゃない。何を今さら」

「半ば事後承認のうえ、何より報道のされ方でしょう。一発目からハグしてイチャイチャですからね。やり方の問題ですよ」

「何よ。方面軍での活動は司令官の裁量に任せてるんじゃなかったの。信長時代からの常識よ」

「ノブ……? まぁ、影響がユースティティアに収まらないから言われているんでしょう」

「でも本国からだし、両元帥閣下に言われてんじゃないでしょう? 会談の内容さえマメに報告して、予定どおりの合意したら文句ないでしょ」

「えぇ……」



 なんてことがあった。

 本国を軽んじているような態度だが。それでも彼女なりに『真面目に会談している』感を示したいところ。


 合間合間にアンヌ=マリーと遊ぶプランも、


「ドライブ、ですか。いいですよ、私が運転しましょう。麗しい湖畔の人気コースがあります」


「スポーツ観戦、ですか。ベースボール? いえ、あまり。サッカーならたまにテレビ中継を。はぁ? VIP席? まぁ無理ではないですけど、えぇ。贅沢な」


「温泉? いえ、なんでもありませんけど。狭くても湯船を貸し切れるところ? あなたねぇ!」


 前世でもニュースでゴルフ外交などと聞いたが。


『遊びに見えるかもだけど、会談の内容を詰めているんですよ?』


 とでも言い訳できるような。

 暇を作れて個室を設けられるものを選ぶ気の遣いよう。無駄な遣いよう。マッチポンプ。


 そんなこんなの苦心を経て、






「では、これにて決着、最終合意ということで」

「えぇ。これでお互い、心置きなく軍務に戻れるわね」


 2324年6月21日。

 3回目の会談にて、今回の件は正式に終了した。

 長引いても逆に険悪な印象だし、何よりアンヌ=マリーがアイドル生活に耐えられない。

 予定どおり『問題はなかった』という報告の結論に。

 これに関しては同盟も『文句言われなくてラッキー』。皇国側も『むしろ助かってたから構わない』。

 後世の歴史家が総括して、『必要ではあったが、若干茶番感のある』会談であった。






 その晩。

 結果を本国へ報告し、『用が済んだならさっさと帰ってこい』と言われたシルビア。

 なんと理屈を捏ねて滞在を伸ばそうか、ホテルの自室で思案していると、


「あら」


 彼女の端末に通知が。

 メッセージの差出人は『Anne-Marie』。


「また恨み節かしら?」


 苦笑しながら内容を確認すると、



『Would you like to head for a rendez明日、一緒にお出かけしませんか?vous tomorrow?』



「あの子の方から誘うなんて、めずらしいじゃない」


 それが少しうれしくて、シルビアは二つ返事。



『それってデートのお誘いかしら?』


『Hum.』


『まぁ、そういうことでもいいですよ。』


『じゃあぜひデートしましょう。せっかく肩の荷も降りたことだし。楽しみましょ!』


『時間は?』


『別に、一日空いてるわよ?』


『そうですか。』

『では、明日のプランは私に任せていただけませんか?』



「えらくグイグイ来るじゃない。モテる男子にでも生まれ変わったのかしら?」


 もしくは彼女に口説きの術を教えるような。

 シルビアの脳裏にジャンカルラの姿がチラつく。

 が、男子じゃないしモテるってかナンパなので振り払っておく。



『いいわね。楽しみにしておくわ』

『では、午前9時にホテルへ迎えに行きますので。』



「……早くない?」



『一日空いてるって言ったけど、一日遊ぶ感じ?』


『いけませんか?』


『そんなことないけど』


『では9時に。軍人ですから、よもや起きられないとは言いませんね?』



 なんだか妙に押しが強いというか、圧というか。

 嫌ではないが、意外な一面に面食らうシルビアであった。

 が、


「ま、忙しいって言ってたし。しっかり遊ぶために仕事片付けるとも言ってたし。明日ががんばって捻出してくれた一日なんでしょ。だったら時間のあるかぎり楽しまないとね」


 ま、なんだかんだ言って、アンヌ=マリーも私が恋しいのよ。


 あまりに気にせず、早寝して明日に備えた。

 あとで副官が端末の通知を鳴らしたり部屋へ訊ねてきたので、


「地獄に堕ちろ!」


 と、24時間営業の軍隊にあるまじきパワハラをしておいた。






 翌朝。

 シルビアがラウンジで朝食にクロックマダムを注文。

 食後はコーヒーを頼み、本国や元帥たちに報告書(カークランドがまとめた)を提出。

 その後はゲーム実況やら犬猫の動画を観て時間を潰していると、


「時間どおりに起きていますね。素晴らしいAlléluia

「あなたこそね」


 9時きっかり、時計の数字が切り替わった瞬間。

 アンヌ=マリーが姿を現した。


 7部丈の白いブラウスに黒いリボンタイ。ワインレッドの膝丈フレアスカート。厚底サンダル。

 そして、相変わらずの、シルビアがプレゼントしたマフラー。


「暑くないの?」

「暑いですよ?」

「外せばいいのに」

「分かってて言っていますね?」


 シルビアの方は大きめのロゴ入りTシャツにデニムシャツを羽織り、黒のスラックス。ベージュのパンプス。


「お忍びには、もっとサングラスとか帽子とか用意するべきだったかしら?」

「いえ、それででしょう」


 アンヌ=マリーは気にせずシルビアの手を引く。


「まずはピクニックにでも」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る