第161話 誓いの休暇
「わぁー! きれいなところねぇ!」
アンヌ=マリーが車を走らせ、たどり着いたのは花咲く丘。
「花畑には踏み入らないように」
「分かってるわよ」
一面、裾野まで埋め尽くす種々のアネモネ、カーネーション、カンパニュラ。
常春である代わりに、微妙に時期の違う春や初夏気味の花も一緒に育つらしい。
遊歩道を歩き、色を楽しみ香りに包まれて。
あと時々ミツバチにビビりながら丘の上まで。
「空気もきれいねぇ」
「よいところでしょう」
ピクニックにうってつけの、芝生が広がるエリア。
仰向けに転がったシルビアを尻目に、アンヌ=マリーはレジャーシートを敷く。
「ほら、そんな地べたに。ちゃんと慎みを持って。少し早いですが、お昼にしましょう」
彼女はシートに腰を下ろし、バスケットを顔の横に掲げる。
「あら素敵。中身は何かしら」
「開けるまえに手を拭きなさい」
メニューはサンドイッチ。茹で鶏とマスタード、エビとトマトとバジルソース。
水筒にはハーブティー。
「これ手作り!?」
「ソースから」
「手が込んでるのねぇ」
「自由に料理など、限られたタイミングでしかできませんから」
まずはお茶で喉を開いてから、茹で鶏サンドを一口。
淡白な胸肉に絡む粒マスタードの辛味、甘味、酸味。
口の中も、眼下の景色も色とりどりなことである。
「のどかねぇ」
シルビアが呟くと、
「えぇ、本当」
アンヌ=マリーもサンドイッチを飲み込んでから答える。
「こういう時間がずっと続けばいいのよ」
「そう、ですね」
「ま、そのために今がんばってるのよね」
「えぇ」
シルビアが会談の成功を噛み締める横で。
アンヌ=マリーは両手で持ったサンドイッチを、じっと見つめる。
「しかし、そうはいかないものです」
「えっ」
かと思うと、
「もがっ!」
詰め込むように頬張りはじめた。
「ちょっと、どうしたの急に? 似合わない食べ方するじゃない」
構わず、口の周りをトマトやソースまみれにした彼女は、
「んぐっんぐっんぐっ、ぱぁっ」
ハーブティーでパンを飲み下し、口元を拭うとパッと立ち上がる。
「ピクニックもいつまでもは続きませんよ! 今日はまだまだ予定があるのです!」
なんだかとっても張り切ってらっしゃる。
いつもは彼女を振り回すシルビアの方が、
「でも、せっかくなんだから、もうちょっと味わわせて?」
引くほどだった。
「このあとはどうするの?」
車は市街地へ戻ってきている。
趣味性が強い、真っ赤なツーシーターのオープンカー。アンヌ=マリーの自前だろうか。
左ハンドルの彼女は、真っ直ぐのヨーロッパ風な道の先を見つめている。
「15時15分から映画を観ましょう。古い名作ばかり流す、素敵な劇場があるんです」
「古いのね」
「つまり選ばれたものしか流されない、ということです」
たしかに、人を誘うならハズレがない方が安心だろう。
もちろん、知っている役者が出ていないと楽しめない系の女性を誘うと怒られるが。
シルビアにとっては古くない可能性もあるが、そこは気にしない。
「今は、13時42分ね。それなりに時間があるわ」
「映画のあとは食事に行きますので車はしまいます。それから歩いてあちこち寄ればすぐですよ」
「そう。あ、もしかして、車止めるのにあなたの家とか」
「基地ですが」
「なぁんだ」
あまりにも期待外れな声を出したシルビアだが。
実は『敵将ながら基地まで連れて行っても変なことはするまい』と。
信頼されていることに親密すぎて気付かない。
その後、車を置いて、街まではタクシーで。
適当なところで降りて、劇場までぷらぷら歩いていると、
「あ、アイスクリーム」
シルビアの視界に、路肩に停められた自転車が。クーラーボックスと
現実問題、2324年までこんなクラシカルな売り方が生き残るかは不明だが。
ゲームを作った世代が世代なので仕方ない。
自身のノスタルジーを入れ込みたいのだろう。
ギャグマンガでもないのに、好きなマンガのパロディを入れるようなものである。
「ね、ね、食べましょうよ」
「いいですよ」
「おにいさーん! アイス売ってちょうだい!」
二人に気付いた、おにいさんとおじさんの中間くらいのアイス売り。
ニコリと笑ってクーラーボックスを開ける。
「どれでも1ドル50セント! だけどおねえちゃんたち美人だから、1ドルにまけてあげるよ!」
「あらお上手。どれにしようかしら」
シルビアがアイスを吟味していると、
「これにしましょう」
横からアンヌ=マリーが一本抜き取る。
「あら、チュー◯ット」
「え? ポリエチレン製容器包装詰清涼飲料水ではないのですか?」
「グッ! 正式名称!」
こんなのが浸透しているのも、商品名を出すとデリケートなゲーム世界だからだろうか。
「分けませんか?」
「いいわね」
「え? 値引きしたのに一つしか買わないの?」
アイス売りには申し訳ないが。逆にバラ売りのこれ一本なら、カップアイスとかより割り高。トントンだろう。
二人は近くのベンチに腰を下ろし、
「あ、待って。私にやらせて」
「いいですよ」
真ん中からアイスをポキッと。
「これよこれ」
片割れをアンヌ=マリーに渡して一口。
「そうそう、この味」
「薄味のリンゴ味ですね」
「懐かしの味だわぁ」
「皇女なのに?」
「あっ、いや、その」
異世界人とかバレたからってどうってことないが。
正直に説明して頭おかしいとか思われたくない。
しかし彼女が答えに窮しているうちに、アンヌ=マリーは
「あぁ、皇国軍の酒保アイスはこれなんですか。リッチそうに見えて、意外とピンキリなんですね」
なんか勝手に頷き納得している。
「ま、まぁね」
シルビアも適当に流しつつ、
「ねぇ」
「なんでしょう?」
「今までも、皇国と同盟で政治的な会談自体はあったと思うのよ。歴史上」
「でしょうね」
手で直接持っているだけに、すでに液状化を始めたアイスへ視線を落とす。
「その時に、一緒に食事することもあったと思うのよ。睨み合い込みとは言え、ね?」
「そう考えると我々がしたことも、そう大きなことでもないのかもしれません」
「でもきっと、1ドルのアイスは食べなかったわ」
顔を上げると、幼い姉妹がアイスを買うのが見える。
「皇国と同盟の、エラくもなんともない人たちが。普通の日常で普通のアイスを分け合える。そんな日が来るようにがんばらないと、ね」
本日二度目のセンチメンタル・シルビア、いい話風に締めに掛かる。
が、
「そんなこと言われたら、いいお店予約したのがよくないみたいじゃないですか」
「あっ、いや、そういう意味じゃなくて」
「ふふん」
アンヌ=マリーにおちょくられた。
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